映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ヴァーツラフ・マルホウル 監督「異端の鳥」2975本目

ものすごく構えて見たからか、怖くはなかった。怖そうで映画館には行けなかったけど、行っても大丈夫だったかもしれない。残酷シーンは、最近のスプラッターなホラー映画と違って、露悪的じゃなく、むしろ抑えてる。血の色が見えない白黒映画だし、切り落とす場面や抉り出す場面からはカメラが目をそむけてる。監督の感覚は私に近い。

この作品の怖さは、悪い妖精の神話みたいな世界の怖さ?でもそれより、映像の美しさに目が行ってしまいます。この作品に関しては、カラーにすることは考えられないくらい、白黒の画面が美しい。ベルイマンとかタル・ベーラ、やっぱり連想しちゃいますね。

少年のまなざしの図太さ、瞳の中の強い光も、映画を強くしてる。監督はこの子には「自信」がある、という言葉で表現してた。この子は行く先々で、災いをもたらす子として様々な嫌がらせを受けるけど、ほんとは逆だ。村人たち、通りすがりの人たちは彼を利用したり憎まれっこ役を押し付けることで楽になろうとしてる、病んだ心を持った人たちだ。これほどの目にあいながら生き延びて、生き延びて、生き延びて、親と再会できるなんて、この時代のこの状況下では奇跡だ。「地獄めぐり」と書いた人も多いけど、私は別府の近くの出身なので地獄めぐりと聞くと温泉卵や硫黄の匂いみたいな平和であったかいものしか思い出せなくて…やっぱり怖さが薄れていく…

よく見ると、見知った俳優が何人も出てるのも、現実味があって民話的な怖さを弱めてくれてる。知ってる人が一人もいなくて、言葉が一言もわからない映画のほうが私は怖いです。ウド・キアー、ステラン・スカルスガルド、ハーヴェイ・カイテル、ジュリアン・サンズ、バリー・ペッパー、彼らは個別の演目みたいに、入れ代わり立ち代わり、少年に影響を与える。少年はドイツ軍、ロシア軍、村人、彼を殺そうとするさまざまな悪意に取り囲まれるけど、生き延びる。生き延びるために殺す。

見るのも2回目になると、後半、この子がゆがんだりいじけたりしないで依然として強いことがちょっと痛快にすら思えたりしました。子どもがひどい目にあうのを見るのは辛いけど、その子が辛そうにしてるともっと辛い。

この子がしゃべらないのは、周りの人たちと同じ言語を話せないからだったのかな。最後に自分の名前を列車の窓に書くのは「父が収容所に入れられたことを知って和解に至ったから」というより、直接的には「父は数字で呼ばれた、でも自分には自分の名前がある」という自立心も感じさせる演出なんじゃないかな。見れば見るほど、民俗的じゃなくてクレバーな作品だという気がしてきます。この本の原作までは、なかなか読み切れないけど…でも次回作は見てみたいな。この映画はどんどん印象が変わる、深みと面白みがあったから。 

異端の鳥(字幕版)

異端の鳥(字幕版)

  • 発売日: 2021/03/01
  • メディア: Prime Video