映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

P・B・シェムラン 監督「博士と狂人」3048本目

OEDといえば、英文科にいた者にとっては、教授たちがときどき口にするけど、ほとんど手に取ってみたことのない”生きている古文書”、”大層なお宝”、”権威そのもの”のようなものでした。SukiyakiやKaraokeも載っているという…。世界中のすべての英単語を1巻の書物に集めるなんて、大英帝国的な壮大な世界支配観ですよね。日本より狭い島国のこの発想の大きさ、アカデミック偏重でありながら必要とあれば学歴のない実力派の男を採用するパンクさが、UKの魅力。

カードに単語と用例を書いて送ってもらうという”民主的な”手法は、インターネットが世界じゅう津々浦々まで行き渡った今でいえば、まさにWikipediaそのものです。しかもWikipediaは英語だけじゃなくあらゆる言語版があります。博士はWikipediaを見たら自分の今までの努力を嘆くか?いや多分狂喜して、執筆者になるに違いありません。

ショーン・ペンはちょっとエキセントリックな役が実にうまい。一方メル・ギブソンにそんな多面性はないので、真面目一本の博士的な草の根学者は合ってるんじゃないでしょうか。それにしても冒頭の姿は、あんな小さい子どもたちがいるにしては老けすぎてないか?

看守役の見覚えのある彼は、「おみおくりの作法」とかで印象的だったエディ・マーサン。私でも彼を当てるだろう、というくらい順当、かつ意識に残る配役。

しかし実際、これほど博学な「歩くOED」みたいな人(博士のほう)がよく存在したもんだ。 ことばの世界のレオナルド・ダ・ヴィンチか、魚介類の世界のさかなクンか。多分世界はあまたのオタク中のオタクに支えられてるんだろうな。こういう単調で細かい仕事は、ある種の障害がある人の中に得意な人がいると思う。すごく適切な作業配分だったと思うけど、”治療”のあと、アメリカに戻ってからも貢献したという話がなかったのは残念です。

しかし、誤って命を奪ってしまった人の妻との関わりは、あまり本筋じゃないような気もします。タイトルに「OED」も入れちゃって70年間の編纂の歴史とか描いてもらったほうが、私としては好みだったかも…。

博士と狂人(字幕版)

博士と狂人(字幕版)

  • メル・ギブソン
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