映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

春本雄二郎監督「由宇子の天秤」3173本目

<すこしネタバレあります>

面白かった。すごい力作だった。

瀧内公美が主役の社会ものと聞いて気になっていた上、私がいつも拝読しているレビュアーの皆さんが軒並みすごい点をつけているのを見て、行ってきました。ミニシアターエイドでもらった「未来チケット」で行ったユーロスペース、9割は埋まってて大盛況。

内容は、東海テレビが制作してドキュメンタリー界隈を沸かせた「さよならテレビ」を思い出しますね。あの作品の、次に来るべくして来たもの、という感じ。春本監督はきっとテレビ出身の人だなと思って経歴を見たら、実際そのようです。でなければあんなにリアルに、局の人に細かくお伺い立てたりナレーションつままれたりする様子は描けない気がします。

ドキュメンタリー作品を見て「恣意的にまとめすぎ」と批判的な感想を書くことが最近多いのですが(特にマイケル・ムーア作品)、それに加えて、ドキュメンタリーに限らず、ドラマであれ何であれ、テレビは時間枠が厳密で狭いため、わかりやすさだけを抽出してそれ以外を捨てる傾向がすごく強いし、制作会社にとっては生存競争がし烈なため、生き残りをかけて誠実さをなおざりにする場面が多くなる。ネットで見た情報によると監督が「由宇子は自分だ」と言っていたというのもうなずけます。「さよならテレビ」は自嘲で終わったけど、その先には、仕事と自分を分けて都合よく自分を守っていた由宇子が、最後にやっと一瞬だけ、自分にカメラを向ける場面があります。やっぱり私は、テレビにしろ何にしろ、他人を撮って自分の作品として発表する人には、自分にも同じように厳しいカメラを向ける覚悟を持ち続けてほしいんですよ。

出演者についていうと、瀧内公美、よかったですね~。こういうディレクターいそう。男勝りで肝が据わってて、やり手でちょっと人たらしで。(わかりやすい演出をつけがちなディレクターの人たちには、この映画の彼女の演技を見て、ショックを受けたとき人は安易に眼を大きく見開いたりしないと認識してほしい。)中学生かしらと思ったくらい幼い演技がうまかった河合優実は、実はもう20歳。人はいいけど仕事も家事もまるでダメなその父を演じた梅田誠弘もなんかすごく良かった。久々に見た丘みつ子のうまさ、そして光石研の、どうしても悪い人に見えない感じ、他のキャストの方々も含めてみなさんハマってましたね。

由宇子は父の事件がなければ、富山に続いてしれっと局内の人間に成り代わり、委託先のナレーションをつまんだりしていたかもしれない。あるいは春本監督のように、テレビの小さくて窮屈な枠を出て、映画を撮り始めただろうか。

実をいうと、映画の見過ぎで心の汚れた私は、どっちの事件の犯人も実の父親ではないかと疑ったり、やけに綺麗な文字の遺書は本物かとか、由宇子がもっと悪に振れたりしないか、等々いろいろ頭の中がぐるぐるになっていました。もっと悪い監督(どういう監督だ)なら、最後みんな死んじゃうとか、どうにでも転べる選択肢があったと思うと、この映画の結末は優しく、この国もまだ捨てたもんじゃないと思えるほうだったんじゃないかなぁと思います。

次の作品にも期待してます。