映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

アニエス・ヴァルダ監督「ジャック・ドゥミの少年期」3279本目

ジャック・ドゥミといえば、「シェルブール」と「ロシュフォール」と「ローラ」ですよ。対するアニエス・ヴァルダは「5時から7時までのクレオ」。なんて美しい、日本の女子たちがみんな憧れる(※若干、極論)フレンチの世界を作ってきた人たち。

この映画は、エイズで余命いくばくもないとわかっている59歳のジャック・ドゥミが自伝的脚本を書き、少年時代のインスピレーションがどのように彼の名作を作り出していったかを妻があふれんばかりの愛情をもって描いた作品。彼にとっての現実を白黒、インスピレーションの瞬間をカラーで描きつつ、その後の名作映画の数秒ずつをはさみこんでいます。

このジャコット(ジャック・ドゥミのあだな)少年の世界が本当に素敵なんですよ。優しくてたおやかなお母さん、感動した人形劇、いっしょうけんめい自作したストップモーションアニメ映画、夏休みに出会った少女…。アニエスが夫自身と、彼の中に培われてきた世界全体をどれほど愛していつくしんできたか、ということが伝わってきて、その愛情の大きさに胸がいっぱいになります。

下世話に彼らの私生活をのぞき見したいわけではないけど、生前どちらからも語られなかった、彼がエイズにり患した経緯は、可能性としては、バイセクシュアリティかもしれないし、女性への関心や興味を持ち続けたからかもしれない。そんなこんな全部合わせて夫を受け入れてこの作品を作り上げたアニエス・ヴァルダはもう聖母なのだ。がんの告知を恐れて2時間街をさまよったクレオや、夫の不貞を知って身を投げたテレーゼは、若いころの不安を表現したものだったけど、晩年の彼女はここまでの境地に至っていたのです。私は生きているうちにどこまでいけるんだろう…なんてことまで考えてしまう作品なのでした。