映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

西川美和監督「すばらしき世界」3283本目

<ネタバレあります>

「ゆれる」の、「夢売るふたり」の、西川美和監督の作品。明るい未来やすばらしい世界など一切期待せずに見ます。

原作の佐木隆三は「復讐するは我にあり」の原作者か。あれも北部九州が舞台の犯罪小説だ。

これは…「由宇子の天秤」の前日譚みたいだな。番組制作者の描き方は、もしかしたら「天秤」のほうが辛辣かもしれない。(長澤まさみvs瀧内公美)でも役所広司演じる三上の描き方は容赦ないな。出所したばかりの人の中には、当たりの強い人や、典型的な”いい人らしさ”を感じにくい人もいるだろう。普通の中年男だってスマホやATMの操作に戸惑うことがあるのに、何年もシャバを離れて戻ってきた不器用な男が、うまくやれって言われても。。。

結局頼る兄貴を演じてるのが白竜ってのがまた、いかにもすぎる配役。今にも落ちそうになってたところを、どうにかこうにか非・極道の世界に戻ってきた三上は、コスモスの束と元妻の声に動揺しながら持病で息絶えてしまう。考えうる最もよい死に方かもしれない…出所以来誰も傷つけず、いい人のままで仕事も失わず、応援してくれる人たちの信頼も損なわず。(「よい死に方」って何よ?)

今初めて思ったけど、西川監督が”反社”とか王道を外れてしまう人たちを見る目には親しみがある。がんばっても空回りしかしなくて、こうなったら嫌だなというイメージばかりが現実になる人たち。この映画の三上を見る視線は、特に優しい。「ゆれる」や「夢売るふたり」では普通の人たちが落ちていくまでを描いていたけど、この映画ではすでに落ちていた男の魂が立ち直るのだ。死ぬけど。なんだか背中に羽が生えて天国に飛んでいけそうな死に方なのだ。

私がときどきボランティアに出かけている施設には、そこに関わったあとで亡くなった人たちの写真がたくさん飾られてる。みんな、いいことばかりじゃなかっただろうけど、いい笑顔なのだ。三上の写真もそこで笑ってるような気がしてくるな…。