映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

濱口竜介監督「偶然と想像」3284本目

<各短編の結末にふれています>

このタイトルは、確信犯だと思うんだ。ジェーン・オースティン「自負と偏見」みたいに日本語だと全くピンとこないけど、欧米の映画の原題みたいな感じがあるから多分、欧米言語話者には響くタイトルなんだろう。実際初公開の映画祭で受賞したしなぁ…。

さて、大注目の濱口監督の新作。ソフト化を待とうかとも思ったけど我慢できず劇場へ。都内はBUNKAMURAル・シネマでしかやってないので、スクリーン2つ駆使してばんばん人を入れてます。劇場で見ると臨場感があるけど、日本では誰も大笑いしないし踊らないし(cf.インド)、家で見た方が手を叩いて大笑いできた部分もあったと思う。劇場で見る派のみなさんは、そういうの平気なのかなぁ。

で短編3本、どれも面白かったー!どれも大口開けて「ポカーン」でしたよね。実際に起こる可能性はどれも限りなく0に近いけど、ありえなさすぎて実写でいまだかつて誰も撮ろうと考えなかった隙間を、ずんずんすり抜けて行かれました。モーニングあたりの、ちょっと尖った新人の受賞漫画にならありそうかな?

「魔法(よりもっと確か)」…古川琴音の暴力的面倒くさキャラは、最近ちょっと流行ってる気がする。(cf「勝手にふるえてろ」「生きてるだけで、愛」)多数実在するけど、若い娘なのであまり大人たちが触れなかった、急所のような存在。中島歩は「花子とアン」のイメージが強いけどもう8年も前か。声が良すぎて、聞いてて照れる。玄理は清潔できれいで、見るからに中島とお似合いなのだ。観衆を味方につけてこの二人を応援させようとしてるのか。

「扉は開けたままで」…森郁月、大学のゼミの3歳年上の同級生を思い出した。ちょっとみんなより大人で、なんともいえずエロくて。彼女のキャスティング理由は、独特のえもいわれぬエロさだと思う。対する”セフレ”甲斐翔真のムカつくようなチャラさ。(魔法の「チャラいんじゃなくてイケメン」にあえて中島、この大学生に甲斐を充てる恣意性!)渋川清彦の初めて見る無表情トーク。ロンドンのパブでエキゾチックダンサーのポールダンスを、さも”たまたま入ったらこんな催しですかへぇ”みたいな顔で見ていた、肘あてつきのジャケットを着た英国紳士たちみたいな(例えが長い)内に秘めた下衆がほほえましい。賞とったんだしフィジカルな接点はないので、クビにまでしなくていいと思うけどな…。最後、編集者になった若者にはもうちょっとお灸を据えてほしかった気もします。

「もう一度」…この二人、既視感あると思ったら濱口監督の「PASSION」で共演してたのね。この作品も強烈で、最高にありえないようで、現実と皮一枚スレスレで起こってしまいそうな。「人違いかも?」と思ったら、普通は声をかけないし家にも連れて行かないけど、もしも一歩踏み出してしまったら、こんなに意外で面白いことが起こるかもしれない。映画化未踏の地は、世界の果てじゃなくて、見ないことにしていたごく日常的な気まずさの中にあったんだな。

こういう意外性の妙って、映画をほとんど見ない人には「繰り返し映画化されてきたテーマ」との区別がないけど、たくさん見てきた人ほど、何千本も何万本も見ても出会わなかったテーマだからインパクトが強いんじゃないかな。

やっぱり「スパイの妻」の脚本は(ex.「お見事!」)濱口監督の力が強かったんじゃないかなと改めて思う、会話の匠の作品でした。夏目漱石に見せてやりたいくらいだ…。