映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

レオス・カラックス監督「アネット」3356本目

「クラスに一人はいる変わり者のみなさーん」と、スパークス初来日公演(確か)で岸野雄一は観客に話しかけた。…確かにスパークス好きは変な人が多い。「ハーフネルソン」時代からアルバムは全部持ってるし来日公演はフェス以外全部行ってる(※FFSまで見た)40年来のファンである私も、その一人だと言われればそうなんだろう。自分の好きすぎる小説が映画化されたりすると、はしゃいでしまってまともな感想が書けないので、今回も自分史語りのつもりで書きます。

やっと日本で公開されたので制作に関わり配給元でもあるユーロスペースの初回上映を見てきました。なんでこれほど映画を見てるし大ファンの私に試写会の招待が来ないんだろう(←誰に言ってる?)夕方のカラックス監督舞台挨拶の回のチケットを買おうとしたら、夜中の0:00にアクセスしたのに3分足らずで売り切れてました。まぁいいか。

感想は、「まさにスパークスだった」。音楽が、いつもと同じなんですよ。既存の楽曲も数曲使われてる。キツすぎて笑えないジョークをヘンリーが舞台で繰り広げるときの「Laugh, laugh, laugh」とか…「Rock, rock, rock」って歌詞が以前の曲にあったくらいで、動詞を3回繰り返すのはパターンのひとつだ。あと、「So may we start」とか「We love each other so much」って、しゃべるときとメロディの高低が同じ、つまりおそらく詩先で話すように作曲された楽曲、という特徴もいつものスパークスだ。そもそも、LA生まれとは思えないどこかの星の地下室で育ったような、誰にも似ない、コマーシャリズムの対極をいく彼らの楽曲は、コマーシャリズムに対する皮肉(冷笑というほど冷たくないけど、かなりキツイ)と美しいメロディが特徴です。これほど聞きこんでる割に、歌詞はあんまり見ないで流して聞いてるので、彼らの詩の世界がこれほどアイロニカルというか悲劇的だと思ったことはなかったな。「オペラ歌手は毎日舞台で死ぬ」とか「コメディアンは毎日舞台で人を殺す」とか、普段からそんな歌詞ばっかりなんだけど映像化するとこんなに悲しいものができるのか、とちょっとびっくりしています。

まさにスパークスの世界のうち、私が40年かかっても理解できてなかった部分を、カラックス監督が「こうじゃない?」と開いて見せてくれました。カラックス監督って「作家」つまりゼロからクリエイトする人、だと思ってたけど、種が開花したらどうなるかを見抜いて咲かせる人、「演出家」だったんだな、ということも、分かってる人には「何を今さら」なんだろうけど、私には深い驚きでした。

それにしてもアダム・ドライバーは怖い。”本当に人を殺したことがある人”のような凄みがある。彼の筋肉も表情も、清潔なジムでプロテイン飲みながら均質につけたというより、彼が生きてきた中で育ててきたように見える。そしてマリオン・コティヤールは壊れそうな女性の演技がうまい。二人で並んでるだけで、男のほうが女を殺す映画だろうと予想してしまうくらい。…だから、Blu-rayが出ても買わないかも。絶対自分のものとして持ちたいと思ってたけど、怖くて悲しいので映画は何度も見ようと思わない(今は)。でもサントラは買わなければ。(その前に楽曲のコンプリートリストが欲しい)