映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

山田洋次監督「霧の旗」3381本目

「キネマの神様」を見たあとに、たまたま見つけた山田洋次監督の唯一のサスペンス映画を見てみる。なかなかの本格サスペンスで、寅さんシリーズの監督って気がしないけど、そういえば渥美清にも「拝啓天皇陛下様」という名作があるし、山田監督は「砂の器」の脚本を書いたりもしている。意外性が一番大きいのは、さくらを長年演じた倍賞千恵子がこの役を演じきってるところだなぁ。何があってもフーテンの兄を慕い続ける一途さは、ここでは「すべてが兄のため」と思い詰めた妹となって現れる。白い千恵子と黒い千恵子・・・

弁護士の大塚先生(滝沢修)が、ときどき「ロリータ」のジェームズ・メイスンに見える。似ているわけじゃないけど、人の好さを感じさせる笑顔を見せるとき、「ああこの人、今この瞬間、罠に落ちてる」って思って落ち着かない気持ちになってくる、その感じ。今ならこういう大物弁護士が、小娘の罠にこれほど簡単に落ちるストーリーでは説得力がないかもしれない…はめられないようにお金と知恵を駆使して、自衛手段を考えるだろう。第一、桐子(倍賞千恵子)の逆恨みに説得力はあまりない。

でも逆に今なら、まったく同じ前提でも逆恨みする桐子側に入れ込んで、悪徳弁護士にリベンジした!という筋の作品が作られてしまいそうな気もする。この作品では、桐子の一方的な攻撃を客観的に見る視点がある分、どこか冷静にも感じられます。

結局2つの事件の犯人は誰だったんだろう、という点は明確には明かされません。そういう意味でこの映画はミステリーではなくて、思いつめた一人の女性の物語なのでした。見ごたえありました。

 

霧の旗

霧の旗

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