映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

コラム エノキダケイコの「空中シネマ」第1回 「ナイトメア・アリー」(149分)

国際線の機内で見られる映画からおすすめ作品を紹介する「空中シネマ」。第1回はANA国際線プログラムガイド5月号の表紙にもなっている、ギレルモ・デル・トロ監督の「ナイトメア・アリー」です。

半魚人と人間の女性が恋に落ちる映画、覚えてますか?あの「シェイプ・オブ・ウォーター」でアカデミー作品賞や監督賞を獲得したデル・トロ監督の、最新の監督作品です。

タイトルを見て「悪夢のようなアリー(多分ケイト・ブランシェットの役名?)」と思った人が多いと思いますが(私のことですね)、このアリーはAlley、小道という意味で、人名ではありません。ナイトメア・アリーは「悪夢小路」。この映画の中では、道を踏み外した者たちが住む、暗く貧しい通りを指しています。

ブラッドリー・クーパーが演じる主役スタントンは、なにやら過去がありそうな、謎の男。サーカス団に転がり込むと、さまざまな知恵をめぐらして人心を操る術を得て、のしあがっていきます。ケイト・ブランシェットは引き込まれるような圧倒的な演技力で、野心的な医師リリスを演じます。スタントンがサーカスで見染めた純真な女性を演じるのは「ドラゴンタトゥーの女」以降大活躍のルーニー・マーラ。ここで「あれ?」と思った方もいるかもしれません。ケイト・ブランシェットとルーニー・マーラは、「キャロル」で女性どうし恋に落ちる役で、素晴らしい演技を見せてくれましたね。今回の作品では共演の場面は少ししかありませんが、それぞれの女性のスタントンに対する思いが、彼を間にして激しくぶつかり合うようで、大きな見どころになっています。

他にも、アクの強いウィレム・デフォー、ちょっと荒んだトニ・コレット、純粋さがちょっと怖いメアリー・スティンバージェン、ほどよく枯れたデヴィッド・ストラザーン、デル・トロ監督に欠かせないロン・パールマンなど、とてもいい演技を見せてくれています。

彼の作品にはいつもちょっと残酷な場面がありますが、常に妖怪、悪い人、幼い子どもなど、全ての者に対する温かいまなざしが感じられるところが好きなんですよね。デル・トロ監督は日本の映画やドラマのファンとしても知られていて、初対面の押井守を思わずハグしてしまったというエピソードもあります。だから日本人の私にも訴えかける、共通の哀愁が彼の映画にはあるのかもしれません。ちなみに、デル・トロ監督の初監督作品「クロノス」は1967年の日本の実写ドラマ「コメットさん」(主演は九重佑三子)の「わんぱく受験生」という回がモチーフになっているという話。Wikipediaに出典が記載されていないので事実かどうかわかりませんが、両方見てみた私の意見は…まあ、そうかも?と言ったところでしょうか。

今回は妖怪も半魚人も出てきませんが、華やかな場面にはっとし、人間のはかなさや愚かさにしんみりする149分間です。ぜひご覧になってみてください!