映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ロマン・ポランスキー監督「オフィサー・アンド・スパイ」3416本目

ポランスキー監督の作品も、新作はだいたい映画館で見てる。園子温やウディ・アレンの作品も、反感持ちつつよく見てる。人格と作品は別と割り切ってるというより、いろいろな観点で語弊があると思うけど、アール・ブリュットの作品に惹かれるように、彼らだからこそ生まれてくる作品に惹かれるものがあるからだと思ってる。

この作品は、88歳の監督が「生きてるうちに作っておきたい」遺言的作品を作る域に達したのかな。世界史にうといので、最初に「史実にもとづいてる」とテロップが出てもピンとこなかったけど、私でも名前を知ってるエミール・ゾラが実名で登場したところで「はっ!事実なんだ」と実感。ゴダールみたいな女々しい(失礼)男だと思い込んでたルイ・ガレルが受難の役を静かに演じてて説得力あったなぁ。ジャン・ドゥジャルダンって「アーティスト」で見たはずだけどあまり印象がなかった。この作品では端正でブレない軍人・・・胸板が厚くて軍服が決まります。もともとコメディアンなんですね。彼の出てるフレンチ・コメディを見てないのは残念。機会があれば見てみよう。エマニュエル・セニエは、今回は弱弱しく女っぽい女性。マチュー・アマルリックは盲従型の鑑定士。(それでは鑑定とは言えない)

ユダヤ人の迫害は、この裁判ひとつに何年もかけてやっと勝ったところでハッピーエンドにはできない大きさと深さがある。軍籍に戻れたドレフュスの昇進の問題も、要求して当然だし、一方で自分の信じることを通す、ブレないピカールも素敵。だってこれはユダヤ受難の映画じゃなくて自分のなかの正義を貫き通すピカールの映画だから。この終わり方で全体のバランスを取ってると思う。この映画をスカッとハッピーエンドで終わらせたりしたら、この後に待っているナチスの台頭をどう予感すればいい?私は、ユダヤ系のドレフュスの嫌疑が「フランス軍の秘密をドイツに流したこと」っていう時点で戦慄しました。固まってマイノリティをいじめる人たちって、デタラメだな、何でもいいんだな。今もいくらでもいるよ、いじめる人たち。世界中にもいるし日本中にもいる、あなたの会社にも私の会社にも。ということを監督は明確に認識しているから、観客に安易なカタルシスなんか与えるつもりはない。生きていて映画を作れるうちに、この作品を世に出さなければって思って作った作品だと思います。心して堪能しました。