映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ペマ・ツェテン監督「羊飼いと風船」3441本目

原題は「Balloon」だけど、「羊飼いの転生」みたいな邦題だったら、牧歌的なものを期待して気持ちを持て余すこともなかったかな・・・

この映画はチベットの伝統的文化vs中国の一人っ子政策、という観点から見るものなのかもしれないけど、ブータン好きの私としては、これがブータンだったらどうなんだろう、と考えてしまうな。

この映画を見るかぎり、ものすごくざっくり言うと、チベットの人たちの暮らしぶりはブータンと”スタン諸国”の中間みたいに見える。敬虔なチベット密教がベースにあるのは同じだけど、ブータンは小さな山岳国(九州くらい)で、チベット自治区は世界最大級の広さのチベット高原が国土(日本の6倍)だ。ブータンはネパールやインドとの行き来が多いけど、チベットには漢民族やおとなりの新疆ウイグル自治区からの遊牧民もいそうだ。ブータンは伝統的な文化を守りつつ、国王や優秀な青年たちは欧米に留学して先進的な学問も修めている。「Gross National Happiness」が具体的にどういう政策をやってるのかほとんど知らないけど、人口はずっと増加してるので少子化政策は取ってないんじゃないかと思う。一方のチベットは、中国への同化政策が過剰だという報道もある。

日本とは比較が難しいからブータンを思い浮かべてみたけど、この映画の妻の悩みは、伝統文化vs先進的な文化、だけではなくて、もっといろいろな要因がある気がしてしまうんだよなぁ。

それにしても、子どもを作るかどうするかは夫婦二人の問題だけど、妊娠は100%避けられるとは限らないし、身体をいためることなので最終的には妻が苦しむことになる。少子化政策があろうとなかろうと、望まれない子どもを授かってしまう可能性は地球上のどこに生まれてもあるからな。4人、5人、と産める財力はない家が多いけど、医療が進んだ国でも、妊娠・出産には病気や死亡のリスクが大きいけど、身体のリスクを負うのは女性だけ。

この映画は「産めない理由」に注目すると、チベット仏教vs少子化政策だけど、もろもろの事情を全部かぶって堕胎するのは、肉体的にも辛いけど精神的には出家するくらいのもんなんだぞ、という点に着目すると、普遍的な女性の問題を描いた映画なんだな。

こういう映画は、女性の感想をもっと読んでみたいな・・・。