映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

フレデリック・ワイズマン監督「ボストン市庁舎」3457本目

4時間半あれば羽田から台湾まで飛べちゃう。映画館だとその間、水も食事も出ないし体勢を変えることもままならない。家で画面を前にしても、いろいろ済ませる準備が要る。映画館で見た方々に敬意を表したいです。(「ハッピーアワー」はなかなかソフト化されない気がしたからがんばったけど、これは家で見る)

ワイズマン監督はいつも、何のコメントも加えず「中の人」を撮る。彼らはみんな一生懸命だ。考えはそれぞれだけど、その施設のために人生をささげてるように見える。怠け者やいい加減な人は出てこない。感情的になりすぎず、予算と支出と労働のバランスを賢く検討する人たち。LGBTを排除しない、立ち退き問題も冷静に議論する。市のスタッフも市民もなんて大人なんだろう。(カメラが回ってるからカッコつけてる部分は多少あるにしても)「ピルグリム・ファーザーズ」の上陸地マサチューセッツ州、プロテスタントの伝統、かな。これが、数々のドキュメンタリーを撮ってきたワイズマン監督が生まれ育った町。だからああいうドキュメンタリーが撮れるのかもしれない。

実際、この映画は民主主義のお手本だ。今までのワイズマン作品もみんなそうだったけど、市民の生活のすべてを扱う市役所が舞台なので、今までの作品の集大成のように思える。・・・強烈に民主的なこのボストン市長は誰だ?ググったら民主党のマーティ・ウォルシュという政治家だった。2014年からボストン市長を務め、バイデン内閣の組閣の際に労働長官に任命されて辞任したとのこと。メキシコ人雇用説明会で「昔はアイルランド人が犬とか豚と呼ばれていたが、政治で力を持つため努力した」って話をしてたのは、自分自身のことだったんだな。彼の後任は黒人女性のキム・ジェイニー、今は台湾系女性のミシェル・ウーが市長だ。ウーが選出されたときの主要候補者4人は全員民主党で全員女性だったとニュース(産経新聞)に出てました。筋金入りの民主党エリアだな!白人男性の意見も尊重してあげてね(こんなジョークが言える町があるなんて)

さまざまな立場の市民が、みんな弁が立つのだ。自分には権利を主張する資格があると知っていて、理路整然と意見を述べることができる。市役所の人たちが話を聞くのもうまい。

このような政治が自分の自治体で成立してないのは、第一に私自身がこの作品の中の誰よりも、自分の周囲の問題を把握もしてないし、議論の場を作ろうとも議論の場に出席して議論しようとも思ったことがないからだ。これは「お上」じゃなくて市民がボストンを作る映画。ワイズマン監督はずっと前から、見る人たちを感動させるんじゃなくて、動き出せってハッパをかけてきたのかもしれない。議論をするためには、まず自分の意見を構築する。そのために事実をよく調べる。・・・自分と敵対する立場の人の調査や理解は、ここでは必要じゃないみたいだ。みんながきちんと自分の立場を言えれば、取り持つことができる調停役がちゃんといるから。まぶしく見えるけど、それは、私たちの町に優れた調停役がいないという前に、自分が自分たちの立場を代弁するレベルにないところをちょっと恥ずかしく思うのがこの映画の主旨なんだ、きっと。

宗教やデマに踊らされたり、無力感でいっぱいになったりしない市民の町を想像することから始めるしかないのかな。