映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ポール・トーマス・アンダーソン監督「リコリス・ピザ」3458本目

ロマンチックさが皆無な恋愛映画。

リコリスといえば日本でぜったい売れないフレーバー、それがピザになったらどんなにマズいだろう?アメリカでは大人気らしいので、甘酸っぱい青春のイメージなのかな。

主役のルックスが平凡で、性格もしょうもない(という設定)。ドラマチックな事件はたくさん起こるけど、それぞれの人脈やビジネスに関連して起こるだけで、二人で心を一つにして切り抜けるわけじゃないのが新鮮。

でも、これが現実なんだよね。私たちも平凡な見た目で、一目惚れして運命の人だと思っても、他にもステキな女性はたくさんいる。彼女も、彼に興味がないわけじゃないけど、10歳も年下の生意気な小僧よりも、親に紹介できそうな男性を頭では優先してしまう。

だけど彼が突然警察にしょっ引かれると、死に物狂いで探すし、見つかったら息ができないくらい抱きしめる。
彼女が怪しげな中年にレストランで口説かれてたら、傍の美人を放って助けに走る。

自分の中の気持ちが本物かどうかなんて、最初は誰にもわからないのだ。胸がつぶれるような事件をいくつも経てやっと、この人と一生暮らしていくんだ、とわかる。この二人はいろいろあったけど、きっと別れない(もし別れても一生家族だ)。相手の笑顔が世界で一番素敵に思える。アバタはもうエクボにしか見えない。

こんな確信を持って人と付き合ったことはないので、すごくいいものを見せてもらった気がする。こういう関係に憧れる。

この監督のほかの作品は重いものも多いけど、どれも”どうしようもない人間のサガ、あるいは運命”を描いてるように思える。この作品では、年齢差も性格の違いも、お互いの欠点も、他の魅力的な異性たちも乗り越えてしまう二人を描いたのかなぁと思ってる。理性にも親にも他の誰にも止められない。”良い”運命の話ならこんなに楽しく見られるのだわ。