映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

フリッツ・ラング監督「激怒」3472本目

1936年、ラング監督のアメリカ第一作。彼の作品は、ドイツのもアメリカのも、カメラワークにキレがあって、ヒッチコックの胃に来るストレスとは違うスリルを感じさせてくれるから好きです。わくわく。

シルヴィア・シドニーは「暗黒街の弾痕」と「サボタージュ」に出てたのか。可愛らしく弱弱しげな容貌でありながら、気丈にふるまう女性をいつも演じている感じ。スペンサー・トレイシーはこのとき36歳、私が見たことのある彼の作品よりずっと古い、かなり若いころの作品です。

母の結婚指輪の内側の名前を彫り足して彼にプレゼントする場面があります。「おみやげ」「記念品」のことをmementoと言うらしいけど、momentumとmementoを混同して、彼はmementumとこの語をつづったので、たとえ新聞の文字の切り貼りでも、これが彼だと彼女にはわかってしまう。

スペンサー・トレイシーが、不器用な好青年から復讐に燃える男に変わっていき、”激怒”を胸に抱えたまま出頭する演技が素晴らしいです。

これってUSの国会議事堂襲撃事件とか思い出しますね。彼らは義憤に駆られたというより、日ごろの不満のはけ口をそこに見出しただけ。放火までしない例ならそんじょそこらにうじゃうじゃある。この映画が普遍的なのが悲しい。この映画では22人が特定され、映像まで残ってる。でもジョーは生きていた。彼の無実がこの時点で確定していたから、彼がボールを持っている状態になってるわけです。ここがすごい。可哀そうな無実の男、というより、復讐で心が燃え上がっている男はどう判断するか?というテーマなのがすごいよ。だからフリッツ・ラングが好きなのだ。

(追記)

リンチで「わらの犬」、犬の復讐で「ジョン・ウィック」を思い出しつつ、今ちょうど「映画監督に著作権はない」を読みながら1本ずつ見ているのでラング自身の言葉を参照してます。これはマンキーウィッツにとっても初の作品だったんだな。そして監督は「最後のキスシーンはひどかった。男の心情の吐露で終わるべきだった」という。確かにあの場面だけメロドラマっぽかったな。ラングが最初、黒人男性が白人女性をレイプしてリンチに遭う話を考えたとか、黒人がリンチの話をラジオで聞いている場面をいくつか入れたけど全部カットされたなどの逸話も。でもハリウッド的修正が入ったことはマイナスだけでもなくて、主役を弁護士でなく「ジョン・ドウ」、ごく普通の男にしたのは正解だったと思います。

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