映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ポール・トーマス・アンダーソン監督「マグノリア」3482本目

<結末にふれています>

最新作の「リコリス・ピザ」を見たら、改めてこれが見たくなった。あの映画で、私はこんな感想を書いた。

『この監督のほかの作品は重いものも多いけど、どれも”どうしようもない人間のサガ、あるいは運命”を描いてるように思える。この作品では、年齢差も性格の違いも、お互いの欠点も、他の魅力的な異性たちも乗り越えてしまう二人を描いたのかなぁと思ってる。理性にも親にも他の誰にも止められない。』

一方のこの作品。監督が運命を描く人だと私に刷り込んだのはこの作品。強烈に不吉な運命論的な作品なのになんだか明るい。運命の存在を信じ、かつ、しれっと受け入れる覚悟でいる。

何かに巻き込まれている警官とジャンキーの女性。女を落とす方法を教えて儲けてるカリスマ伝道師と、死の床にあるその父。錯乱するその若い妻。昔の天才少年。クイズ番組で倒れる余命わずかな司会者。おしっこを漏らして答えられなくなった現在の天才少年。

ずっと、静かなお葬式みたいな音楽が流れているのが「バッドエンディング・フラグ」なので、なんだかいたたまれない気持ちのまま、引き込まれて見入ってしまいます。

胸が詰まるような状況に陥った全員が、ふと同じ歌を口ずさみはじめる。・・・この間見た「龍とそばかすの姫」は、すごくいいとは思わなかったけど、ネット上に広がる膨大な数のユーザーたちがリアルに歌いだした場面はすごく好きだった。言葉でも気持ちでも通じ合えない人たちでも同じ歌は歌える。雨が降って歌を口ずさんで、ここからこの映画はテンションを下げていく。

最終章は「カエル落ち」のあとにもうひとくさりあったんだな。最初に見たときは、カエルまでずっと緊張して見てたけど、この「最後のひとくさり」大事だな。「何を赦すか、それが大事だ」と警官が言う。

エンディングの楽曲で歌詞がよく聞こえるようにしながら、各場面の人たちを追うのって、この頃のアメリカのテレビドラマみたいだな。優しくて好きだった。今もアメリカのドラマはこんな感じなんだろうか。

愛の伝道師の父アール・パートリッジを演じたジェイソン・ロバーズは2000年没。余命わずかな司会者を演じたフィリップ・ベイカー・ホールは2022年6月に亡くなってた。フィリップ・シーモア・ホフマンが亡くなったのは2014年だった。

トム・クルーズは史上最低の役だけど、最高の演技だったなぁ。説明できないけど、やっぱりこの映画は名作だと思う。