映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ダニエル・アービッド 監督「シンプルな情熱」3537本目

原作者のアニー・エルノーがノーベル文学賞を受賞したと聞いて、すぐにこの原作を読んだ。なんて面白いことを書く人なんだろう、って思った。ある女性が年下の既婚男性と恋をして、バカみたいに溺れて、やがて恋が終わる、その間の自分の心の動きや行動を客体的に観察して冷徹に書く、その筆致といったら、論文を読んでるかのようでした。

原作が書かれたのは1991年。この映画はつい最近、2020年の制作。ここ数年、原作者のブームとか再評価とかが起こっていて、それが受賞やノミネートにつながったのかな。

彼女がおぼれた男を演じるのは、世界一美しく踊る男、セルゲイ・ポルーニンだ!小説の中では、かなり堅い仕事をしてる男だったので、こんな刺青だらけの”野獣系ダンサー”が演じるのはかなり異色だけど、中年にさしかかった女が溺れる相手としてはふさわしい。そういえば原作でも相手の男は旧ソビエトのどこかの出身だった。あまりロマンチックでもなく、趣味がいいわけでもない男だった。

「女」エレーヌを演じるレティシア・ドッシュ、透明感があってきれいです。でもなんとなく、論理より感性の人に見えてしまう。アニー・エルノーは眼光鋭い人だからちょっとイメージが違うけど、原作者に似てる必要はないかもね。一人の女の物語、だから。

劇中映画として「二十四時間の情事」が使われててロマンチック・・・とか思ってたら、情事の描き方は即物的だ。女の独白は冒頭にあるだけで、あとはすべて映像として見せる。この映像から、あの微に入り細に入った描写を感じ取るのは難しい。だから「大学教授が年下男性との不倫に溺れていくさまを赤裸々に綴った官能ドラマ」って紹介文を書かれてしまう。原作は「大学教授が年下男性との不倫に苦しみ、苦しむ自分を客体として観察し、綴ったエロい論文のような小説」なのだ。