映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

廣木隆一 監督「月の満ち欠け」3557本目

<ネタバレあります>

この映画の感想もまっさらな気持ちでは書けないな、私は佐藤正午が通うという佐世保競輪を見るためだけに長崎行ってくるくらいのガチなファンだから。といっても長年、すぐに人妻と寝る金欠の小説家が出てくる作品(イメージ)を書き続けてきた彼が、とうとう直木賞をとったこの作品は、それまでの彼の作品とは違って人の心のヒダの微妙な部分や、理屈で割り切れない不思議を描いていて、すごく異質だった。なんか・・・ホラー界のレジェンドであるスティーブン・キングが「スタンド・バイ・ミー」を書いた、みたいな感じ。

映画を見ながら、この作家がこの原作を書くに至った気持ちを想像してました。仕事にも恋愛にも真剣になれず、競輪でいつもスッカラカンという、彼の小説の主人公たちは、もしかしたら、この映画で小山内堅が家族を失った後のような状態だったのかもしれない。佐藤正午はニヒルなようでいて、心の奥底で純愛を信じ続ける作家だったのかもしれない。

・・・原作にも作家にも興味のない人にはまったく無駄なコメントで失礼しました。

で、映画は、「鳩の撃退法」も原作を読んでいない多くの人には雑多でややこしく映ったようだったし、大泉洋と柴咲コウというキャスティングに既視感が強くて、かなり引いて見てたんだけど、この二人の既視感が枯れはじめていて、意外に良かったなと思いました。何かに突き動かされて長距離移動をする女性が彼の小説にはよく出てくるんだけど、これほど信念を貫き通すヒロインは初めてだな。一方で、悪霊のような恐ろしい存在もけっこう出てくる(ハトゲキの秀吉や「身の上話」の竹井)のが、今回は正木か。

細かいところまで覚えてないけど、小説と違うように思えた部分もあったので、読み直してみよう。瑠璃さんのスーツケースが大きすぎてイメージと違うな、とか・・・。(佐藤正午のヒロインはスマホひとつで失踪するような女ばっかりなので)