映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ジェーン・カンピオン監督「パワー・オブ・ザ・ドッグ」3624本目

<結末にふれています>

これは見ごたえあったなぁ。見る前にいくつか他の方の感想を読ませていただいたのですが、かなり違う印象を受けた気がします。面白いなぁ、多分もともとの興味の方向性とかで違ってくるんでしょうね。

最初は、カンバーバッチ演じるフィルが気味悪くて、キルスティン・ダンスト(年取らないなぁ!)演じるローズとジェシー・プレモンス演じるジョージの無垢さがひたすら傷つけられていくように思えたし、ローズの息子ピーターを演じたコディ・スミット=マクフィーは弱弱しくて印象があまりありませんでした。まんまと監督の意図にひっかかった! 

前半では、ピーターの”女々しさ”が荒野の男たちのなかで見下されているようで息苦しかったのですが、徐々にさまざまなことが明らかになっていきます。フィルが語る故ブロンコ・ビリーは男らしさの象徴というより、最愛の男の思い出だったのか?ピーターが花を飾ったり、フィルの水浴びを覗いたときの叱咤は、世間をあざむくための過剰な演出だったのか?・・・初めて人間らしい優しさを見せるようになったフィル。こうなると、彼のローズに対する意地悪の数々が、異常というより、同性に対する嫉妬のような、わりと見慣れたものに思えてきます。ここまでくると、フィルが集めていた動物の皮を売り払ってしまった場面で、ローズではなくフィルの心の痛みのほうに共感している自分に気づきます。

登場人物の心の動きの表現が非常に繊細で、クラシックな油絵みたいな作り込まれた映像もあって、途中からぐいぐいと引き込まれていきます。最後に悲劇が訪れるのですが、運命の鉄槌のように静かで、ピーターが読む聖書の「犬の力に支配されるな」という言葉だけで彼の痛みが語られます。深い・・・。

派手さや将来に続く希望はまったくないので、2022年のアカデミー作品賞には届かなかったのかな。でも監督賞はなるほどです。次回作も楽しみだなぁ。