映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ジュスティーヌ・トリエ 監督「落下の解剖学」3778本目

<ネタバレあるかも>

すごい映画だった。映画の宣伝文句には「(サンドラの)人気作家としての知的なポーカーフェイスの下で、底なしの冷酷さと自我を爆発させる圧巻の演技」とあるけど、彼女の普段のありかたは、感情を抑えるのが苦手な私がああなりたいと思う姿だなと思って見ていた。確かに彼女は冷静だけど、感情がないわけじゃなくて抑えていたので、ある時点で爆発する。その爆発の破壊力は大きかった。

彼女は確かに強い人間だ。辛さは他の人たちと同じかもしれないけど、他の男女に安らぎを求めても夫を愛しぬいたし、裁判を生き抜いた。弱点を見せずに演じきったサンドラ・ヒュラーはすごい。一方の夫は、多分、本人や家族や周囲の人たちが思っていたよりもっと弱かった。この事件を推理して、ひもといていくのは結局のところ、盲目の息子ダニエルなんだ。彼には繊細さだけじゃなくて、裁判を傍聴して情報を集めて、自力で謎を解いて証言する強さがあった。すごい少年だし、演じたミロ・マシャド・グラネールの演技もすごかった。

しつこく彼女を追い立てる検事、すごく記憶にあると思ったら「ビート・パー・ミニッツ」のナタンだ。サンドラを弁護し擁護するのは「グレース・オブ・ゴッド」で傷ついた男を演じたスワン・アルロー。みんな演技凄かった…。

脚本賞を取るのも納得の、すごみのある構成とリアルなセリフ。安易に誰かを悪者と決めて糾弾することを、映画のなかの人物たちは止められないけど、監督と脚本家は許さない。真実に近づくことがどんなに過酷でも、手綱は最後まで緩めない。サンドラとダニエルも強かったけど、彼らを作り出した監督と脚本家を尊敬する。

じっさい…以前の職場には、自分の海外移動(昇進)に夫を帯同した女性が何人もいたけど、夫婦関係をうまく保てなくなって離婚した人たちもいた…ということを思い出した。男の自尊心ってしょうもないものかもしれないけど、これをないがしろにすると、心が壊れてしまって、自分自身や、立場によっては仕事や政治や戦争でも周囲を壊滅させかねないのだ。

この辺の関係性を冷静に記述することって女性にしかできないかもしれない、と思ったりして…。