映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ジャック・オディアール 監督「エミリア・ペレス」3954本目

ジャック・オディアール監督作品って「パリ13区」「ゴールデン・リバー」「ディーパンの闘い」と、いまひとつ監督の意図を汲めたかわからない感覚のままだったのですが、この作品はずいぶんエンタメ要素が強そうです…というか、そもそも舞台が麻薬とサボテンとソンブレロの国メヒコつまりアドレナリン高め、絶対うつっぽい映画じゃないし、冒頭すぐに歌が始まり、なんだか無理やりテンション上げられていきます。

個人的に(スペイン語をゆるゆると5年以上勉強してる者として)特筆したいのは、ミュージカルだとセリフが多少はわかる!もともとゾーイ・サルダナが活舌がいいんだけど、歌だとさらに音節区切ってくれる。スペイン語って動詞も形容詞も名詞も、しつこく男女の別をつけないといけないんだけど、エミリアが全部女性表現にしてしゃべってるのが、彼女の「女として生きる」という強い意志のように感じてしまう。(スペイン語圏の人にとっては、簡単に切り替えられることなんだろうけど)

カルラ・ソフィア・ガスコン。強く望んで女性になった彼女を、むさくるしい男に戻す特殊メイク!男女の別ほど01、陰陽で明確に区別できることはないと信じてた人が大多数だった時代とくらべて、なんて世の中は複雑になったんでしょう。「リリーのすべて」でエディ・レッドメインが演じた、1930年に世界で最初の性別手適合手術を受けた男性が、100年後に生まれていたら彼女のようになれたのかな、と想像。

リタ弁護士がずっとエミリアの味方を続けるのは”シスターフッド”の一種なのかな。エミリアが元妻ジェシカの愛人に嫉妬するのは家族としての愛情ではなくて、男としての嫉妬に見える。

この映画は日本での公開は今年だけど、フランスでは2024年に公開されて、カンヌやアカデミー賞の候補にもなったけど、作品賞は逃したとのこと。「アノーラ」が歴史に残る名作かどうかはわからないけど、いろんな世界の問題をさりげなく取り上げて、末端に生きる人たちの痛みに共感させたことは確かで、この映画はそれに比べると、比較的保守的な人たちにはまだ共感しづらいものだったと思います。だって大悪人の大金持ちが莫大な富を使って自分の好きなように生きようとした映画だもんね。いま一番、一般大衆に反感を持たれそうなテーマかもしれません。登場人物たちに憑依して映画を見られる人になら、この映画は新鮮な経験になったと思うけど。

私たぶん、自分が見たオディアール監督作品の中ではこれが一番好きです。