映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

大森立嗣監督「光」3959本目

<ネタバレあります>

この監督の作品「さよなら渓谷」「かぞくのくに」「海炭市叙景」がかなり好きだけど、これはどうだ?…と聞かれたら、まず「音楽が。」

「ナミビアの砂漠」のときに書いたんだけど、唐突な電子音楽は、唐突だと観客に感じさせている時点で挑戦的すぎるというか、映画音楽ではなくなってるんじゃないかと思う。こういう激しさで彼らの内面を表現しようとするのって、昔のAGT映画みたいじゃない?共感できないとしても、その挑戦がとても面白いなと思う。ナミビアもこの映画も、がんばってみたけど、意図がつかめなかったのは残念だけど。そのうちもう少しわかるかな。

そして、この映画は間がとても悪く感じる。登場人物たちに、心ゆくまで間をもたせるのはいいんだけど、それを観客のためにぶった切ってまとめる、生け花みたいな勇気が監督にはぜったい必要なんだけど、せりふに対する思い入れが強すぎて切れない、みたいに感じられます。いち観客の勝手な感想だけど。

原作の三浦しをんって、「舟を編む」は(ドラマ2種しか見てないけど)人間の機微をよく描いていてとても面白いけど、これはいったいどんな原作なんだろうな。

二度見直した結果、ストーリーを把握できたけど、思ったのは、結局、弱い子どもが弱い大人になって自分より弱いものを痛めつけて、やられた子どもは大人になってもやっぱりクズになるっていうこと。その中でも強いクズは生き延びるために人を殺す。ぞっとするけど、それが人類における弱肉強食ってことなのかもしれない。すごいな、もう結論が出ている分、「そこのみにて光り輝く」の登場人物より終末感がある。

輔の最後の行動は、「プロミシング・ヤング・ウーマン」だ。以前読んだ小説、「柔らかな頬」だったと思う、この小説の最後の一文が「私はこの人に殺される、と、少女は首を突き出した」っていうのも思い出した。痛いのは嫌だ、死にたくない気持ちもある、だけどもういい。という気持ち。最後まで生き延びるのは美花で、信之の破滅は津波の予感みたいに近づいてきてる…

奇天烈な音楽をあてられたことで、これが全部作り話かもしれないと思えてくる効果がある。作り話だったらいいのに、と私が思い始めてるかもしれないけど。