映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

今井正監督「武士道残酷物語」2111本目

なんて激しいタイトル。でも思っていたのと全然違う内容でした。

確かに、侍が農民を切り捨てるようなタイトル通りの武士の残酷さも描かれますが、不倫に対する罰だったり、会社組織の厳しさだったり、「武士」より後にも続いてきた序列とか組織とかの残酷さを、飯倉家の子孫を追って描いていきます。

同じ人間が様々な場面で別の人物を演じるというのは、クラウド・アトラスだ・・・。あるいはイントレランスか・・・。面白いなぁ、この映画。最初はまさかクラウドアトラスだと思わなかったので、筋が追えなかったんだけど、見返してみるとなんとも斬新です。まだチョンマゲや和服姿がちゃんとできる人が多くいた時代だと思うので、姿が自然なぶん昔っぽい映像なんだけど、やっていることは挑戦的。

中村錦之助が初々しくて純な感じが新鮮ですね。貫禄たっぷりのおじさんになってからしか知らなかったから・・・。

監督が「左翼映画人の筆頭」と紹介されているのを見て、なるほどこれは組織に対する反骨の映画なんだなと納得しました。村上春樹が「踏み潰される卵の側に常にいたい」みたいなことを言ってたのと同じで、どの時代のどの社会においても、自分は忠義を尽くして裏切られる側にたつ、という。

興味深い作品でした。見てよかった。 

武士道残酷物語

武士道残酷物語

 

 

イェジー・スコリモフスキー 監督「早春」2110本目

1970年のイギリス映画。(否、監督自身がDVD収録のインタビューで、アメリカと西ドイツの合作だと言ってる)

「エロティックな青春」系の甘酸っぱい映画かなと思って途中まで見てたけど、よく見ると「11ミニッツ」で私の度肝を抜いた老監督の監督デビュー作ではないですか。最後まで見るとやっぱり、甘くも酸っぱくもない、不思議で苦い物語でした。本当に面白い監督だなぁ。「11ミニッツ」の感想で私は「犬死に」という言葉を使いましたが、こんな初期の作品にすでにそのテーマが出てきてるじゃないか。不運な偶然が重なって重なって、誰も予想していなかった、全く意味のない死に至る。死はちっとも暗くも辛くもなく、ただやって来る。この達観した死生観。日本の侍や若い兵士みたいに。この感覚を、第二次大戦下の監督の祖国で起こったことと結びつけようとするのは、無理があるかな・・・?

Well, I might die tonight---っていう印象的な曲が冒頭や最後に流れるんだけど、キャット・スティーヴンスとカンによるものだそうで、贅沢なコラボです。

まだ女性を知らない綺麗な少年と、男好きする年上の女性。二人ともとってもチャーミングだけど。ジェーン・アッシャーはこの映画では見せない、思い切り笑ったときの顔の方が可愛いですね。

少年の最初のお客さんとして登場するおじさんが、スコリモフスキー監督自身に見えるんだけど、違うかな・・・?

早春 デジタル・リマスター版 [DVD]

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ウィリアム・ワイラー 監督「おしゃれ泥棒」2109本目

原題は「How to Steal a Million」。邦題「おしゃれ泥棒」、いいですね。古き良き時代のファッションやトレンドも楽しめる映画、って見る前からワクワクしてきます。

おしゃれ泥棒っていう美容室が実家の近所にあったっけ・・・1980年代までその名前でやってるのが驚異だったけど、カットが上手だったな・・・。

さて。コミカルで可愛くて美しくて、ほんとに素敵な映画ですね。素人のはずの泥棒たちが、あまりにも準備と手際が良すぎて困るけど、いいんです映画だから(笑)。

オードリーの綺麗さと可愛らしさはいつもだけど、ピーター・オトゥール(=アラビアのロレンス)ってこんなに二枚目だったっけ?おひげのパパ男爵や、うっかり者の警備員たちもいい味です。なんというか、外国の新聞の4コママンガみたい。

高価な美術品のオークションや贋作が出てくるけど、それを皮肉る部分はありません。美しいものは素敵、という素直な世界。ルパン三世の世界です。この映画はかなり小さい子どもにも単純に楽しめそうですね。 

 

スタンリー・キューブリック監督「シャイニング」2108本目

また見てしまった。初めて見たときは心底震え上がったけど、それから6年近くを経たいま、暗号文書を読み解くように、隅々まで見落とさないように見入っている私はさほど怖がっていません。シェリー・デュヴァルの表情や、のったりとした動きは、なんだか可笑しい。なぜこの人をキャスティングしたんだろう?ジャック・ニコルソンの表情も、飲み屋の隣の席の女の子にからんでるおじさんくらいしか怖くない。前半ではずっと、このホテルは拍子抜けするくらい明るい昼間の光に満ちているし、怖いのは実は音楽だけなんじゃないか。緊迫した場面は、実は最後の4分の1くらいなんですよね。

キューブリックってほんとうに不思議。「2001年」とかは冷徹に一切感情を込めずに描き切ってるのに、この映画には純粋な恐怖を描こうという意図が感じられない。笑わせようとしていないのに、笑える要素がたくさん仕込んであるのが、不思議。

そして今回は、「シャイニング」という不思議で美しい能力のことが光って見えます。邪悪なるものに魅入られてしまう人、決して侵せないダニー少年や黒人シェフの中の「光」。魅入られてしまったパパは、雪の中をあんなに走り回っても、どうして正気に戻ることがないのか・・・。

完璧主義のキューブリックがこの映画で描いた「完璧」は、謎めいたホテルの血塗られたロマン・・・なのかな。怖さがゴールではなかったのではないか。と、今は思えてきます。 

シャイニング (字幕版)
 

 

 

冨永昌敬 監督「パンドラの匣」2107本目

太宰治作品が最近(といっても10年前あたりだけど)映画化されている。人間失格も、ヴィヨンの妻も、斜陽も。歴史は繰り返す。

染谷将太が、比較的アクの少ない「ひばり」と呼ばれる役どころの分、川上未映子の怪演が目立ちます。この人やっぱりなんか変わってる。というかこの療養所がすごく変だ。ニックネームの名札が縫い付けられた服。「やってるかー」のような妙な掛け声の決まりごとや、決まりごとのように繰り返す口ぐせ「いやらしい」など。サナトリウムという言葉の響きに甘い憧れを少し感じてしまうんだけど、その道の場所ではこんな遊びが行われていたのか。

マァ坊と呼ばれる仲里依紗は可愛らしい。(「布団部屋で待ってる」)しかし、竹子と呼ばれる川上未映子の腹の据わった、すこし謎めいた魅力は、「ひばり」のような知的に貪欲な男を引き込んで離さない。

すごく不思議なサナトリウム(という言葉は使われないけど)の設定だけで最後まで興味深く見られました。映像美の魅力。音楽もとても良いです。大人のメルヘンのような映画だけど、終戦の前後にほんとうにこんな場所が日本のどこかにあったなんて、なんとも言えない不思議な気分ですね・・・。 

パンドラの匣 [DVD]

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山下敦弘 監督「午前3時の無法地帯」2106本目

面白い・・・。同じビルの同じフロアの会社の人たちって、エレベーターで顔を合わせて会釈するだけなのに、妙にいろんな噂話が聞こえてきたりして、近くの他人?という不思議な関係ですよね。その人たちの間に何かが生まれたら?というラブコメです。

専門学校だか美大だかを出て、ブラック企業でパチンコ屋ののぼりをデザインしてる女の子と、隣の商社で働くだいぶ年上の男。彼女と彼とそれぞれの同僚たちと、関係ない会社のOLたちと、夜中に一堂にエレベーターホールに会して大騒ぎ、という場面が最高です。

カッコいい若者だったオダギリジョーが、すっかりヨゴレたおっさんになってますが、やっぱりどこかカッコよかった匂いがします。この、おっさんになってもやっぱりモテそうな感じ。(うまく説明できない)

本田翼って「竹を割ったような性格」女子が似合ってますよね。ノーメイクというより、顔色悪い徹夜明けメイクでもよし。カッコ悪いこともいっぱいやらかすけど、正直で頑張り屋さんだから味方したくなる。

会社ってこんななんだよね〜、仕事って甘くないけどうまくいくと最高だよね、という当たり前のことだけど、グレースーツのお偉方が出てきて権威を振りかざしたりしない分、ちょっと清々しい。新卒のころの同年代の仲間たちのことを思い出したりする。

つってもやっぱり日本の標準働き時間は長すぎるよ! 

 

 

岡本喜八監督「大誘拐 RAINBOW KIDS」2105本目

なんか懐かしい雰囲気。昭和のころのテレビの娯楽ドラマっぽい。この頃はまだ、木造の昔ながらの納屋のある農家もたくさんあったのかな。

おばあちゃん&誘拐団「レインボウ・キッズ」が主役だと思うんだけど、ジャケットは刑事を演じた緒形拳ひとり。実態はスーパーおばあちゃんvsこの敏腕刑事だからかな。この頃は、警察がテレビに出るし誘拐事件は秘密にせずにおおっぴらに報道してましたよね・・・。

誘拐団の少年たちはどこか抜けてて憎めない。おばあちゃんは全てを見通したうえで、彼らをいたずらっ子を見るようなあったかい目で見守る、というよりガンガン先導します。きっかけは少年たちだけど、まあこれは自作自演の誘拐劇ですね。対する緒形拳刑事もこのおばあちゃんのお陰で学校に行ったというエピソード。(この背景がなければ、真相にたどり着くこともなかっただろうなぁ)

ただ、山林の相続がキモになので、このストーリーが成り立つのはバブルの真っ最中だけですね・・・。銀行から身代金を借りて、返済が終わる前にバブルがはじけて一族郎党全員破産とかなったらただの悲劇です。2008年にもテレビドラマ化されたらしいけど、その辺はどう描いたのかな。

なんにしろ、強くて頭の切れるスーパーおばあちゃんが仕切る映画は全部好きです。途中、立て板に水の勢いで資産について語り続ける場面があって、実力を晒してしまいますが、一見弱そうなお年寄りがここまでやりきるのが痛快です。

「そなら、これはお礼がわりの誘拐か?」(笑) 

大誘拐 RAINBOW KIDS

大誘拐 RAINBOW KIDS