映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

アニエス・ヴァルダ監督「落穂拾い」3303本目

ミレーの名画が「落ち葉拾い」じゃなくて「落穂拾い」だと気づいたのは割と最近。それでも、単に刈り取った人たちが残りを拾い集めて出荷するくらいに思ってました。この作品はミレーの有名な名画について探る作品ではなく、畑のじゃがいも、パン屋の朝のごみ箱や市場で棄てられた野菜を拾う人たちに焦点を当てたもの。今ならSDGsのような、限りある食料を無駄にしない、あるいは落穂を残さず刈り取るテクノロジーの進化といった流れで語られそうな内容かもしれないけど、ヴァルダ監督の関心は常に「人」です。彼女は拾う人たち、それを食べたり調理したり、積み重ねて何かを作ったりする人たちの暮らしや、彼らの先にいる、フランス語を毎晩習っている人々のことが気になってたまりません。

この映画は、前提がまったく理解できていなかったので3回見てやっと全容が把握できましたが、見れば見るほどヴァルダ監督の愛あるまなざしに惚れるよなぁ…。こんなに愛にあふれた人が自分の近くにいたら、それだけで世界はちょっといい場所になりそうな気さえしてきます。

さて、あと何作か、レンタルDVDで見られるものを調達してみよう。

 

アニエス・ヴァルダ監督「ダゲール街の人々」3302本目

ドキュメンタリーなので比較的新しい作品ではあるけど、1975年なのでもう50年も前です。中年の夫婦が「1925年に生まれた」と話してたりすると「ん?」と思うけど、今ご存命なら97歳だ。取り上げられたお年寄りたちはもとより、中年の人たちもほとんど生きてはいないだろう。

肉は店頭で羊の大きなアバラを切り分けて量り売りしていたりするのが、すごくクラシックなんだけど、その頃私が住んでた団地だって肉屋は量った肉を紙で包んでくれてたのだ。

ヴァルダ監督が実際に住んでいる町の、旧市街なのかな、昔ながらの店が立ち並ぶエリアで、店の人たちに「いらっしゃいませ」「それいくら」を超えて会話を試みる。

たいがいが地元パリでなくフランス各地の田舎から出てきた人たちで、夫と、妻との出会いから思い出を語る。懐かしそうに、温かいほほえみをうかべて。…これが、最近読み始めた岸俊彦「東京の生活史」となんだか似てるんですよ。行ったこともない町の会ったこともない人たちの語りが、なんともいえず懐かしく、うれしく感じられる。

この町は今どんな風になってるんだろう。多分、若い夫婦はもう肉屋じゃなく大きなスーパーマーケットでパックされた肉を買ってるんだろうな。

「東京の生活史」もだしテレビの「ドキュメント72時間」もだけど、この映画も、最後になんとも言えない切ない気持ちでいっぱいになる。うまく説明できない理由で泣けてくる。今初めて出会ったこの人たち、比較的若い人でもおそらくもう年を取ってこの世にいなくて、この町も様変わりしてしまっただろうけど、会えてよかった…。

ダゲール街の人々(字幕版)

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  • アニエス・ヴァルダ
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アニエス・ヴァルダ監督「ラ・ポワント・クールト」3301本目

タイトルは、この映画に出てくる夫婦の夫のほうの生まれ育った町の名前らしい。映画ビジュアルの、男女の顔が重なってる写真、完全に「写真美術館」に展示されてる往年のフォトグラファーの作品に見える。彼女のビジュアルセンスは卓越してるよなぁ。デザイナーとかになっても良かったと思うけど、彼女は洋服よりもっと人間になまなましく近づきたい人だったのかな。

不思議と、この次に作られた「クレオ」より「顔たち、ところどころ」みたいな町歩き映画に感触が近いのが面白い。内容は「クレオ」や「幸福」と同様、ぱっと見にはわからない内面の複雑さを描いてると思うけど。

編集がアラン・レネってどういうことなんだろうな、「夜と霧」「24時間の情事」「マリエンバード」より前だけど編集者としてクレジットされてる作品は他にない。「アニエスによるヴァルダ」にしっかり登場してたらしいけど見落としてたので、見直さなければ。

内容についていうと、田舎の港町(海じゃなくて湖?)出身の夫に対して妻のほうはずいぶん都会ずれしているというか、理屈っぽく哲学っぽく、めんどくさい女と感じられます、周囲は漁網や渡し船ばかりだから。妻だけ見てると、顔立ちや画面の雰囲気からも、ベルイマンの作品だっけ?とか思ってしまう。それと、打ち上げられた猫の死体や幼い子どもの死。汚染された貝を売って逮捕される漁師。妻は夫の故郷に彼を追って離婚を持ち掛けるんだけど、初めて訪れた港町で彼と向き合ううちに、かすかに気持ちに変化が起こる。最後の夜、妻は言う。「でもわかったの。二人の絆は私たちより強いと」若いころの恋愛が、母性愛のように変わることのない愛に変わったと。ヴァルダ先輩すごい、未来の夫と結婚する前に作ったデビュー作にして、自分と夫との末路を予言している。

このあと「アニエスの浜辺」を見てから「アニエスによるヴァルダ」を見直さなければ。それにしても「冬の旅」は中古DVDが18000円とかで、とても見られる気がしないな…図書館探してみるか…。

 

ジャック・ドゥミ監督「モン・パリ」3300本目

もうこうなったらジャック・ドゥミ&アニエス・ヴァルダ夫妻の作品を片っ端から見るのだ。

この作品はカトリーヌ・ドヌーヴとマルチェロ・マストロヤンニという豪華キャストで、なんとマストロヤンニが「妊娠する」というコメディ。彼フランス語しゃべるのかな。(自分でしゃべってるように見えるな)なんとなく、ペドロ・アルモドバル監督あたりが映画化しそうなテーマ。

この頃のドヌーヴはショックを受けると卒倒するという、中世のお姫様のような繊細な役だったな。「真実」での大女優っぷりがまぶしく感じられます。

オチが普通なので、見終わったときの満足感も「普通」という感じですが、カラフルで楽しいジャック・ドゥミ監督の夢の世界のひとつとして、見ておいて良い作品だと思います。

モン・パリ(字幕版)

モン・パリ(字幕版)

  • カトリーヌ・ドヌーヴ
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ウィーラチット・トンジラー監督「2gether THE MOVIE」3299本目

さんざん毎日KINENOTEでお世話になっているキネマ旬報の「キネ旬シアター柏」に、初めて行ってきました。友人に、どうしてもこの映画が見たいから付き合って~と言われて。コロナで席が1つおきになってるため、すぐに満席。客層は(マスクでよくわからないけど)女性95%、私たちは最年長くらいで、韓流おっかけのオバちゃんたちより若め。

人気ドラマの映画化というよりダイジェスト版という感じで、ドラマを見てない私にもよーくわかるナレーションで見どころをつないだ作品でした。だからストーリー、飛ぶ飛ぶ。

要はBLなのですが、主役の二人、特に純情なタイン君を演じた男の子が童顔で初々しいので、ちっともいやらしくなく、とってもほほえましく可愛い恋愛ドラマでした。それにしても今のタイの映画もドラマも、俳優たちが東南アジアにあるまじき色白で、主役級の中に占める東アジア系が非常に目立つのは、韓流ドラマがどれほど浸透しているかを見せつけられるようです。そしてこのドラマの10人中8、9人はゲイカップルで、このままではタイの人口は著しく減少してしまうのか、いや男性同士のカップルの場合精子バンクは使えないからまた別の方法で子どもをなんとかするんだろうか。

初めてタイに行った20年前、食事のあとに美しいトランスジェンダーの女性たちが舞い踊るショーパブに連れていかれたけど、あの人たちが女装していたのは本意だったんだろうか、男性の見た目のまま交際することは今は比較的寛容になってきてるなろうか…などなど、私が心配してもまったく何の役にも立たないことばかり心配してしまうのでした。

ジャック・ドゥミ監督「天使の入江」3298本目

冒頭の60秒間の、まぁなんてスタイリッシュなこと。何度も見ちゃった。くわえタバコでやさぐれたジャンヌ・モローからすごい速さで遠ざかっていくカメラ、ミシェル・ルグランのドラマチックなピアノ。(最初クイーンの「セブン・シーズ・オブ・ライ」イントロかと思った、あっちのが新しいけど)人生は劇場だ、すべてを賭けて走りぬくのだ、だけど盛り上がりだけじゃない、音楽は転調して、未来が反転する運命は止められない…… そんな彼女の人生があの冒頭だけで予告されてる。

もっというと、堕ちるべき運命なら堕ちてしまえ、と語りかけてくる。映画見てるとときどきありますよね、まじめにコツコツ働いて安定した暮らしをする現実の自分に対して、飲んだくれて異性におぼれて家族をかえりみないパラレルワールドの自分を一瞬、夢想してしまう瞬間が。この映画を見ている間だけ、自分が遠い国、遠い時代のカジノに入り浸って賭けまくっていられる。堕ちていくことって本当に不幸なんだろうか?とかね。

映画の結末は、恋愛に関してはいちおうハッピーエンドだけど、冒頭と同じ音楽で、今度は二人で雪崩のように落ちていくという未来を感じてしまいます。現代アメリカ映画にこの二人を持っていったら、一緒にセラピー通うしかないだろうな。でもドゥミ監督は、雪崩堕ちる女の美しさに夢中だ。彼は不思議と不幸を志向する。でも確かに、だからこそ美しいのだ。

この映画のジャンヌ・モローはマリリン・モンロー的ブロンド(当時のブロンドについてきた意志の弱いイメージを使ったんだろうか)で、”とにかく強い、怖い女”という他の映画でのイメージとはちょっと違う。その分堕ちる勢いはすごい。もう、雪崩打って落ちていく感じ。

真面目で地味な銀行員にしか見えなかったクロード・マンが、旅行先で彼女に出会ってから急に自信たっぷりの魅力的な男になるのは、お金と恋愛のおかげ。彼はこの出会いで本当に生まれ変わったのだ。

私もいつかニースに旅行して、さんさんと日の当たる地中海に面したテラスでカクテル飲んでみたいわ。「天使の入江」で賭けてみたい(ちびちびと5ユーロずつくらい)…なんか、大金持ちになりたい、とかじゃなくて、映画を見に行くように一瞬だけ放蕩することにあこがれるんだな。ど貧乏になっても大金持ちになっても、多分私はそのうち飽きる。(なんてことを言ってるんだ私は)

ジャック・ドゥミ監督って、ロマンチストで、自分自身ちょっと弱さのある(自覚してる)人だったのかな。ギャンブルの魅力や依存症への優しいまなざしから、そんなふうに思ってしまった。ますます、アニエス・ヴァルダは妻であり母だったのかなー、などと感じてしまうのでした。

天使の入江

天使の入江

  • ジャンヌ・モロー
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リドリー・スコット監督「最後の決闘裁判」3297本目

<ネタバレあります>

リドリー・スコット監督が話題なので、見てみました。(ハウスオブグッチも早く見たい)

テーマがいいですね。「羅生門」か、はたまた「サロメ」か?…大人でも自分を守るために嘘や見栄で取り繕う。善も悪も演じきれる二人、マット・デイモンとアダム・ドライバーの対決ってスリリングです。

女の決断も興味深い。この時代も今も同じく、女性が自分の名誉のために立ち上がることが手放しでほめられるわけじゃない。(教会による少年事件とかを見ると、男性も同じようなことかもしれないけど)

決闘で勝ったものを正とするなんて、裁判と関係ない、ただの勝ち負けだ。なんて頭悪いんだろう、この時代のひとたちって。正義ではなく、よりどころとなる基準が欲しいだけってことだよな。それが人間の本性なのかもしれないけど。

決闘直前までの人間もようをがっつり描き切れた時点で、勝ち負けがどう終わっても映画自体は面白いに決まってるのだ。人間は残酷で、白っぽい灰色でも黒っぽい灰色でも、黒と言い切ってしまえばスッキリする。

この作品では妻をあまり「サロメ」的には描かなかったんだな。生き延びて子どもを育てたことは、強姦を一生黙っていた人と比べて精神的に少しでも楽だっただろうか。彼女は「決闘で人が一人亡くなった」という十字架を背負って生きたってことだ。

こんな結末で、カタルシスなど何もないのに、見終わって満足感があるのが不思議。面白かったです。