映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

フィリプ・レンチ監督「プラハ!」4103本目

<結末に触れています!>

ひとりチェコスロバキア特集の続き。こちらは冒頭の”イケてない同級生”が「オースティン・パワーズ」に近いおバカっぷり。歌とダンスで軽やかにストーリーを運びます。主役の女の子、美人。女子グループはメガネっ子の文学少女、不良っぽい女の子も加わって大変チャーミングな3人。(この不良のブギナちゃんをもっと突き詰めた不思議ちゃんにして人数を2人にしたのが「ひなぎく」かな)途中から加わる脱走兵チームもハリウッド主役的キャラの男の子、ちょっとジェームズ・ウッズっぽい射撃の天才、キュートなメガネ男子、の3人。(誰と誰がくっつくか、ルックス見ただけでわかる)

このキッチュなミュージカル、アメリカを意識して作ってるんだろうけど、どこかヨーロッパ感もあって、東ドイツ時代のカラフルな生地のペラペラのワンピースとか思い出したりもします。

うまくいきそうで、なかなかうまくいかない3人の恋のかけひきはとっても甘酸っぱいけど、なんといっても相手が脱走兵で、ソビエトが侵攻してくるというご時世なので、いとも簡単に引き裂かれてしまいます。

この作品が作られた2001年の若い人から見れば、この時代はお祖父さんお祖母さんの若い頃で、今はこういう映画が作れる自由が生まれているわけなので、獄中の彼も隣国へ逃げた彼女らも、数年後には元の場所でまた出会えたんじゃないか…と思いますが、この町で自由の息吹と弾圧を一気に経験した人たちにとっては、この頃のことは永遠に記憶に刻まれるのでしょうね。

今のプラハはどんな町なんだろう。なんとなくヨーロッパの美しい古都だと思い込んでるけど、すごくカラフルなプラハ発のファッションブランドがあったり、若い女の子たちはポジティブで強かったりするのかな。やっぱり行ってみないとわからないな~。

イジー・マードル監督「プラハの春」4102本目

まさか「ひなぎく」からたどって「プラハの春」を見ることになるとは。私ったら真面目。(世界情勢を知らないだけ)

でもこの映画は、あまりにも社会派で正しくてかっこよくて、同じ国の同じ時代の人が「ひなぎく」を撮るのはやっぱりまだ驚きなんだけど、当たり前に一般の人たちが反骨精神にあふれているのを見ると、少しだけ共通のメンタリティを感じなくもありません。

市民が圧制と戦ってそれなりの勝利を収めるのって、見ていて最高に気持ちいいですね。最初は小市民的だったトマーシュがだんだん率先して行動を起こすようになる姿に憧れます。謎の法案を可決するために良心を曲げておきながら「仕方ないんですよ」などと言い訳をするどこかの国の政治家たちを見て、この人たちはどう思うんだろう。

さてこの後もチェコスロバキア調査は続きます。

プラハの春 不屈のラジオ報道

プラハの春 不屈のラジオ報道

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チャン・イーモウ監督「紅いコーリャン」4101本目

やっと見た。この映画のことは昔から知ってたので、もっともっと昔の作品かと思ってた。1987年の作品なので、昭和の終わりではありますが。

全体的には、貧しい家の美しい娘、富裕層、労働者、懸命な努力、戦争、愛、死。といった普遍的な人間を描いていて、世界中に共感を呼びうる作品なんだけど、戦争という悪を持ち込むのが日本ってところが、見ていて胸がちくちくと痛みます。つらい。謝りたくなる。

1つ、彼女が嫁ぐ「親子ほど年齢が違う裕福な商人」がハンセン病というところに注目してしまった。ハンセン病を”いやな結婚相手”の印象を強くするために使うのは差別的かもしれないけど、ハンセン病とわかっている人が裕福な商人としてやっていられて、お金の力で若くて美しい娘と結婚する、というのは、病気の人たちを閉じ込めて何もさせなかった国よりまだ開けてるような気がして…。

 

 

レベッカ・ズロトヴスキ監督「プライベート・ケース」4100本目

この監督の作品は見たことがなかったけど、レア・セドゥ主演が多いんだな。どの作品もKINENOTE上の評点は低めで、この作品も現時点では平均70点に達してないけど、継続して監督作品が作られてるのは、現地フランスでは一定の評価を得ているってことだ。この作品などは、主演の癖の強いプロフェッショナルな女性はイザベル・ユペールでもいけそうで、彼女が過去に出ているわりと小粒でちょっと面白い作品群と近い位置づけなのかな、など思いました。

映画に登場する医師がみんな、奇跡を起こすような名医だけじゃなくてもいい。だいいち原題は「A Private Life」、医師や患者の私生活のほうで、「ケース」とつけて医療もののように見せてる邦題はちょっと期待値をずらしてしまっている気がします。

ミステリー的な要素もあり、ジョディ医師は元夫と大暴走を繰り広げてしまったりするのですが、落としどころは至って常識的。現実から乖離したファンタジーとはなっていません。

ジョディ・フォスターは歳とったなぁとも思うけど、顔をいじったりせずに、まっすぐ年月を受け止めて凛々しい。暴走もミスもするけど温かみのある、実在する女性象だと思いました。

冒頭にトーキング・ヘッズの「サイコ・キラー」はミスリード狙いかもしれないけどちょっとギャグっぽかったな。

ピエル・パオロ・パゾリーニ監督「王女メディア」4099本目

前から見たいと思ってた作品がAmazonプライムの「まもなく配信終了」に出てきたので、あわてて視聴。(あと4時間しかない!)

冒頭では、ケンタウロスがあまりにはっきり、かつ唐突に「お前は本当の息子ではない」と言い渡すんだけど、その後の成り行きはだんだんよく理解できなくなってしまいました。象徴的で、動くイコン画を見ているような気持ち。

もう一度見直そうと思ってスマホにダウンロードしたけど、視聴期限が切れてしまってダウンロードも無効に。(当然だ)あんまりよくわからなかったから、まぁいいか…。次はいつ見る機会があるだろう。

ヴェラ・ヒティロヴァ監督「ひなぎく」4098本目

1966年のチェコスロバキア作品(分かれる前)。2014年の再上映のとき、予告を見てすぐに劇場に走っていったのを覚えています。超絶、珍しさにあふれた作品。

ストーリー性とか”カワイイ”を予想していたからか、初見では支離滅裂な印象が強かった気がします。いつかまた見てみたいなーと思ってたら、ひょんなところからDVDが回ってきたので、ありがたく拝見させていただきます。ありがとう、ひょんなところ様。

徹頭徹尾”ガーリー”の嵐、でも冒頭と最後に破壊のイメージ、おじさんたちや労働者たちに不穏な空気が見えかくれします。しかし、二人の奔放な女子たちの、他人の目を一切気にせず、ただ自由で自分勝手な態度が小気味いい。

一方、世の中に対する反発心も強い。大枠で見ると反骨精神の爆発と破壊衝動が映画になったものなのかもしれません。でもチェコスロバキアってどういう国だっけ…

「チェコ」は、カレル・チャペックとフランツ・カフカとヤン・シュヴァンクマイエルとアルフォンス・ミュシャの国で、「スロバキア」はブラチスラバ絵本原画展がある国、というていどの認識。ヒティロヴァ監督はチェコ側の出身らしい。

あ、この映画が作られた1966年は「プラハの春」1968年の2年前。亡霊みたいに、侵攻の気配が近づいてきていた不穏な時代だったのかもしれません。

それにしても、言い寄ってくるおじさんたちをコロコロ転がしたり、ご馳走のテーブルをゴジラみたいに踏みつぶして歩くというのは、普段から嫌な思いをしてきたことの発散の極致か。ほんと、よくこんなの作れたな。政府が許しても教育委員会やPTAが許さんだろう、多くの国では。(特に日本)

…その後何回も繰り返し眺めていたら、すべてがおもちゃ箱の中のできごとのように思えてきました。この子たちは間もなく大人だけど至って子どもで「オンネリとアンネリのおうち」より「地下鉄のザジ」に近い作品なのかもしれません。冒頭の戦闘の映像もプップクプーというおもちゃの兵隊のラッパで始まるし、これは無邪気で怖いもの知らずな子どもの世界なんだわ。この女の子たち、こうやって無邪気に大暴れできる最後の年代かもしれない。これ以上分別がついてしまったら、もうできない。

自分たちの魅力にまったく無頓着とはいえ、おっさんたちがたかってくる若さがはじけているので、なんとなく若い大人の世界だと思って見てしまうけど、彼女たちを子ども心の象徴と見ると急にわかりやすく思えてきました。

(あとでまた書き足すかもですが、とりあえずここまでで投稿してみます)

クリストス・ニク監督「林檎とポラロイド」4097本目

<結末にふれています!>

派手さはないけど、なんとなく発想が面白いですね。むしろ地味さに惹かれます。
それより、ギリシャでコメディと聞くと、「ハングオーバー」シリーズの変わり者を演じたザック・ガリフィアナキスしか浮かばないんだけど、あれとはジャンルが違うようです…。

バスの中で突然記憶を失った主人公。自分が誰かとか、何をしてるか、どこに住んでるか、何も思い出せない…けど、ふとしたきっかけでよみがえってくることもあります。番地を言われて、「そうじゃなくて8番地だ」とか、駆け寄ってきた犬の名前を呼んでしまうとか、車の中で流れてきた歌を全部歌えたりとか。

何も仕事や集団活動をしていない一人暮らしの人なら、誰も探しに来ないこともありうるだろうけど。スマホもIDも持ってないと、家に帰れないから本人の側からは手がかりが何もつかめない。

こういう記憶の断片から、何かたどれそうな気はする。少なくとも、思い出した番地の場所に行ってみれば。…でも、「思い出したい」という感じが見られない、というか、思い出したくないのかもしれない。

墓地で誰かのお葬式が行われているのを見ていたら、自分が亡くした人のことを思い出したのかな。すでに思い出していた番地の自宅に戻ったら、(そもそも鍵を持って出ていなかったから身元が分からなかったのかもしれないし)中に入ることができて、そこには林檎があって、元の生活と元の自分がいた。というオチか。

常日ごろリンゴを食べていたから、記憶の低下を食い止めることができたのかな。妻の墓には、自分が記憶を失くしていた期間ぶん、傷んで枯れてしまった花が供えられていました。

…けっこう好きな映画だけど、ぜんぜんコメディじゃなかった!

 

 

 

 

林檎とポラロイド(字幕版)

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