映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。記事からリンクしている画像は、Amazonまたは楽天のアフィリエイトリンクを使わせていただいております。

ランドール・ミラー監督「CBGB ニューヨーク、PUNKが生まれた場所」4129本目

CBGBものの映画はこれが3本目。(これ以外はドキュメンタリー)

毎回書いてるけど、初めてのアメリカ旅行でNYに行ったとき、ダコタ・ハウスとCBGBの前まで行って写真を撮ったくらい、私にとっては血沸き肉躍る場所です。

これ、ドキュメンタリーじゃないところが逆にいい。当時のめちゃくちゃな若者たちの飛ばしっぷりが可愛くて。私の中ではロンドン・パンクはアホっぽくてニューヨーク・パンクは知性派、みたいな先入観があったけど、どっちもどっちだ。(すみません、ロンドンのみなさんもニューヨークのみなさんも)

主役がアラン・リックマン?!制作年は2013年でした。ヒリー・クリスタルが2007年に亡くなったのも残念だけど、アラン・リックマンも2016年に逝ってしまったし、出演ミュージシャンのうち、ラモーンズなんてオリジナルメンバー全員故人だ。

フィーチャーされているアーティストのうち、日本で名を成さなかったのがデッド・ボーイズ(彼らも文字通りオリジナルメンバーすでに故人)だけど、たまたま買った輸入盤の確か「The Great Punk Album part 1 & 2」みたいなアルバムに数曲入ってたので記憶してます。それにしてもロン、じゃなくてルパート・グリント、いい感じなジャンキーでしたね。なんかこの映画、トイレがすごく汚いからだけじゃないと思うけど、「トレインスポッティング」とか思い出します。

ポリスに関しては、活動拠点は主にロンドンだったということなので、CBGBの出演は限定的だったのではないかと思います。パティ・スミスはマクシスのことも話してましたね。ルー・リードがなんか大御所っぽかったり、イギー・ポップがくねくねしてたり、でもボウイやスプリングスティーンは噂されるだけで出てきませんでした。

全体的に、コミカルかつエネルギッシュに当時のCBGBを描いてくれていて、まぶしくも幸せな時間でした。劇場にはおじいさん寄りのおじさんたち9割とおばあさん寄りのおばさん(私だ)が占めていましたが、みんな目を輝かせて、おそらくいつもより足取りも軽く、饒舌に、帰路についていました。

竹馬靖具監督「そこにきみはいて」4128本目

映画みるの12日ぶり。最近の私にしてはずいぶん間が空いてしまいました。
この作品を見るのは2回目。最初は映画館で見ましたが、その後名画座でも全然やってないし、ずっとソフト化を待ってやっと。

初回のときも書きましたが、私は3年近く前にこの映画のエキストラに参加したので、第一の目的は「私映ってる?」の確認なのですが、映画館で見たとき、意外といいなと思った感想の確認や、せりふが聞きづらいところがあったのでその確認もしたかったのです。

今回は「アフターサン」を見て間もないからか、この2作の似ている点を意識してしまいました。静かに流れるような音楽、主人公の心象風景のような映像。テーマにも共通点がありますが、どこか、外の世界に向かって美しく閉じているそういう映像にも連想させるものがあったように思います。どちらの映画も、やさしい。時間の流れがゆっくりな気もするけど、傷ついた人の心のスピードと同じ速さで進行しているようで、感情移入するとこのゆっくりさがしっくりきます。こちらの作品のほうはもっと内向的で、そこが日本的に感じられました。

で、改めて何度も一時停止したり巻き戻したりしながら見たわけですが、やっぱり、かおりが送別会のあと後輩に呼び止められる路上の場面は、遠景で私も歩いてたようです。現地で知り合ったほかのエキストラの方々と盛り上がって水を飲んでたバーの場面では、全然映ってませんでしたね。。。残念。

静かすぎる映画だと思う人もいるかもしれません。万人に受ける作品ではないかもしれないけど、私は好きですよ。(自分がその場にいた、というのを差し引いても)

 

ガイ・マディン監督「ギムリ・ホスピタル」4127本目

U-NEXTに変わり種が入ってたので見てみます。冒頭はまるで1920年代の無声映画みたいだけど、いろいろどうも現代的。制作は1988年でした。この疑似クラシック、国内外の映画でときどきあるけど、嫌いじゃありません。

ガイ・マディンはカナダの監督。この前に「ハンドメイズ・テイル(侍女の物語)」を途中まで見ていて、あの原作マーガレット・アトウッドもカナダだ。最近カナダがいろんなところから押し寄せてきてて面白い。カナダの特徴って、(メープルとスキーとかじゃなくて)反アメリカなのかな、という気がしています。地理もあるけど、現在のアメリカ的なものに反発する「北米のヨーロッパ」のような印象ですよね、政治的にも文化的にも。

で、この作品ですが、ともするとクラシックというより、完成度の低い習作のように感じる箇所もあります。内容的に、現代劇として作ってしまうと趣がなくなってしまいそうなので、この形式になったんだと思いますが、ちょっとツギハギな感じもします。あまり残酷な場面がなく、体にできた傷もなんか美しかったです。次の作品でどう変わったか、見てみます。

ギムリ・ホスピタル

ギムリ・ホスピタル

  • カイル・マクローチ
Amazon

 

アンセルム・チャン監督「旅立ちのラストダンス」4126本目

広東語話してるけど、素朴な人情ドラマです。寅さんみたいな、真っすぐで熱いヒューマニティの描き方。数年前の中国映画「こんにちは、私のお母さん」を思い出しました。こういうのを熱く制作する人たちがいると思うと、この国に親近感がわいてきます。

泣ける映画のあざとさにはもうヘキエキ…と思うことも多いのですが、ここまでド直球に来られるとこっちまで素直になってしまいます。なぜか、往年のカンフー・スターが出てるアクションコメディだと思って見始めたのですが、このギャップは良い。それにしても、私の世代の人たちが「キョンシー」として思い出してしまうあの道士の装束。女はけがれているから近づけないなど、日本でさえ公の場で口に出すことをはばかるような前時代的な発言、エンドロールのボサノバめいた楽曲、これは日本の1970年代の映画でしょうか。

それにしても、こういう映画がこんなにまっすぐに胸に来るなんて、汚れきってしまったと思っていた私の心にも、まだきれいな部分が残っているのかもしれません。見て良かった。

 

アレハンドロ・G・イニャリトゥ監督「DIGGER/ディガー」4125本目

メキシコの3監督みんな超好きだけど、イニャリトゥ監督がいちばんキッツイよね。不遇から這い上がろうと死に物狂いでがんばって、すべてが徒労、みたいな作品が多くて。「報われる」ということをこの監督の作品で見たことがない気がします。この作品が彼にとっての「コメディ」なんだな。「博士の異常な愛情」みたいな、ディストピアを笑う感じ。

彼とトム・クルーズが組むというのもすごいアイデアだ。トム・クルーズを見てると「マグノリア」も思い出しました。彼は人気者の役が素で似合うけど、熱狂的な教祖役やご満悦の資本主義者にもはまる。ジョン・グッドマンがすっかりしぼんでしまったのは驚いた。彼の健康は大丈夫なんだろうか。リズ・アーメッドも素晴らしいけど彼だけ見てるとウェス・アンダーソン作品を見てる気になる。(「サウンド・オブ・メタル」も彼か。なんて演技がうまいんだ)ジェシー・プレモンズ、ソフィー・ワイルド、みんな役柄と思えないくらい実在感があります。(あと猫のマーガレットはぬいぐるみだと思うけど、最晩年のうちの猫とそっくりで、これも痛いわ、可愛いけど)

ストーリーの重層性も、ときどきポカーンとしながら楽しませてもらったけど、洒落がキツすぎるイニャリトゥ監督なので、脱落する人もけっこういるかもな…。逆に、「21グラム」「ビューティフル」みたいな絶望的な作品よりは、うすら明るくてよかった気もしますが。好き嫌いが分かれるとしたら、私はもちろん好きなんだけどね。彼らとペドロ・アルモドバル監督のおかげでスペイン語を勉強しようと思ったくらいで。

スケールも大きくてすごかった。でも、どこかお金かけすぎって感じもします。イニャリトゥ監督は低予算でもすごいものが撮れるから、ここまで壮大なギャグを決めなくてもいいんではないかしら…。

10月6日はトムの日だそうで、系列関係なくあちこちの映画館で舞台挨拶の中継映像つきの先行上映でした。プレミアでの監督や出演者たちのインタビューが先に見られてよかったです。

相原裕美監督「愛し合ってるかい? 忌野清志郎が教えてくれた」4124本目

アップリンク吉祥寺で本日2本目。

トノバンやSUKITAも同じ監督だ。愛あふれるドキュメンタリーをいくつも撮ってきた人なんだな。これも、清志郎愛にあふれる人たちと、本人のやさしさが大いに伝わってくる作品でした。

ちょうど、清志郎の事務所でマネージャーや衣装係を長年務めた片岡たまき著「あの頃、忌野清志郎と」を読み終わったばかりで、スタッフがみんな彼のことを愛していて、彼もスタッフを愛しケアをしていたことがわかったところだったんだけど、彼らの思いはそれぞれ一方通行だったような気もしていて。この映画のなかでも、清志郎はこんなにフレンドリーであたたかくても、孤高な感じがしました。彼って人は最初から完成形でそこにあって、周囲の人たちに簡単に影響を受けて変わったりしない。そこが、彼を愛する周囲の人からは、距離とか壁とかに見える瞬間もあったかもしれません。

私は「ラプソディ」(くぼこうBaby~)から活動休止、「レザーシャープやタイマーズの頃まで聞いてたけど、当時はライブ映像が貴重だったので、久しぶりにステージの南国のトカゲみたいにカラフルで飛び回る清志郎を見て感慨深かったです。そして、彼がどれほど常に完ぺきに彼であったか。声も動きも外見もインタラクションも、一瞬の隙もなく清志郎だ。

彼の素の性格がもれ見えてくるのが、実母や娘さんのエピソードです。彼はこれ以外のことに心を閉ざしてるわけじゃないんだけど、音楽や生活を変えるほど彼に大きな影響を与えたのが一番近くにいる大切な人たちと、彼女たちをさいなんだ出来事だったということも、彼を知るうえで重要なポイントなのかなと思います。

このドキュメンタリーで、RCのバンド化の時期からずっとサポートしている梅津和時が語り手として繰り返し登場するのですが、私はたぶん1979年に別府で開催された「城島Jazz In」というイベントで生活向上委員会を見たことで「ジャズの人」だと思い込んでいて、彼が何度RCや清志郎のサポートをするのを見ても「ゲスト」っていう距離感を勝手に想像していたので、これほどRCを愛して今もトリビュートを続けていることに、ちょっと感動しました。

孤高の天才って世界中にぽつぽつと存在するけど、清志郎は何があっても精神を病んだりドラッグにおぼれたりせず、最初から最後まで「清志郎であること」を貫き続けることができた稀有な存在だった、と改めて思いました。すごいな。

監督「セックス・ピストルズ 破壊の設計図」アンドレ・レリス 4123本目

今日はロックの日と決めて、アップリンク吉祥寺で2本。(バウスシアター亡き後、地域文化を担ってるよなぁ)

原題は「I was a teenage sex pistol」、初代ベーシストのグレンマトロックの自伝です。ピストルズというとジョン・ロットンがアイコンなんだけど、彼はその後P.I.L.へと引きつがれる破壊性、芸術の爆発の爆発だけ取ったような存在感が持ち味で、彼らの(歌詞は別として)ポップでキャッチーな楽曲について語られるのはあまり見たことがありませんでした。グレン・マトロックはそのベース(文字通り)を作ってたんだなぁ。

彼はこの他にもいろんな人のドキュメンタリーに出演していて、ピストルズだったにもかかわらずちょっとしたイケオジみたいな感じでスカしてる、と思ってたんだけど、これを見て彼の才能と人柄の部分を見直しました。(何その上から目線)

実は私は彼が脱退後に作ったリッチ・キッズが好きで、バンド名をタイトルとしたデビュー曲のシングルも持ってました。めちゃくちゃポップでキャッチーな、アイドルグループみたいな曲の赤いカラーレコード。しかし「あんな過激なグループの人がずいぶん様変わりしたもんだ」くらいにしか認識してなかったので、もともとそういう人だったのがマルコム・マクラレンの思い付きでああなったということが今回はじめてわかりました。ずっと誤解してたよ、ごめん。センセーショナルなアイコンって、誰かの戦略や計算がかなり含まれてたりするんだよな。

こういう内容なので、残り2人のメンバーは出演するけどジョン・ライドンは出ず、あと故人ばっかりなのでマルコム・マクラレンもシド・ヴィシャスも過去映像ばっかり、でもほんと見てよかった。

ピストルズ以前はまじめなロック少女だった私がプリティ・ベイカントのイントロで突然パンクに開眼したのは、グレンの功績だったのか。もともと、チープ・トリックとか好きだったしその後もDrフィールグッドとかシンプルでキャッチーなものが好きな自分自身の好みの一貫性も説明がついたような気がします。

冒頭でグレンが今のバンドのMCで「英国の伝統的な民謡をやります」って言ってからアナーキー・イン・ザ・UKを始めるのが、この映画や彼自身のキャラクターを決めていて、英国的ユーモアを備えた地元で好かれそうな人物像が見えてきました。

解散後の暴露本って嫌な感じだなと思ってしまうけど、言わないとわからないことがほとんどなので、書いてくれてよかったし映像にして見せてくれてほんとによかったです。ありがとう、グレン、これからもがんばってくれ。