映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

水野格 監督「あの人が消えた」3868本目

地味に面白い映画でした。

高橋文哉ってイケメンだけど、こういうイケメンでおとなしくていろいろうまくいかない若い男の子って実在感がある。ちょっと、宅配屋さんにしてはやせてて体力がなさそうな感じとか、おとなしくバイトしてればいいのに余計な口出ししたりする感じも、不器用なやつあるあるな感じです。いちいち動揺する演技がうまい人です。

北香那は、ウサギっぽい前歯に見覚えがあると思ったら、「春画先生」だ。あの作品でもこの作品でも自然体に見えてよいです。

…という、まだあまりどの色にも染まってない二人が主演なのがとても良かったと思います。だってそれ以外はみんな、坂井真紀に袴田吉彦、染谷将太と菊地凛子(夫妻)と田中圭っていうみんな知ってる安心感のある俳優ばかり。このキャスティングも、不安な気持ちで二人を見守る観客心理をよくつかまえてると思います。

最後の最後のどんでん返しは、それにしちゃ小宮の動揺が少ないぞ!とか、なんでみんなもっと悲しまないんだ、とか、いろいろ言いたくなってしまいますが、許容範囲ではあります。(以前の失踪事件もね)

タイトル「あの人が消えた」ってつかみどころがなくて、スコッと気が抜けるようなタイトルなのですが、消える「あの人」の名前が著者名でいいのか別名なのか、下手にどの名前を使ってもまとまらない気がするので、仕方ないのかも。

またこの次も、アイデア勝負の映画を見せてほしいです。

三谷幸喜 監督「スオミの話をしよう」3867本目

三谷幸喜版「悪女について」って感じなんだけど、三谷幸喜なので祝祭感に満ちていて賑やかです。ただ、その祝祭感が私自身に伝播してこないのはなぜだろう。役者さんたちみんながんばってるのに。

個人的に一番違和感があったのは、フィンランド、ヘルシンキ、スオミという語が本筋となんの関係もなく、なんのイメージも追加してないのに、映画タイトルと主人公の名前に使われてるところかな。あと、長澤まさみがキレイなんだけど健康的すぎて、悪女の苦みみたいなものがちょっぴり物足りない。じたばたする元夫たちと夫、インチキな友人や刑事は面白かったです。そうなのだ、長澤まさみにはインチキっぽさがない。本物の悪女が意外とこんな女性なのかも、という可能性をおいといても、やっぱり悪女は峰不二子的なファム・ファタールでいてほしいんですよね、私は。

眠れない長いフライトの機内で見るのには、とてもいい映画だったと思います。

黒沢清監督「Cloud クラウド」3866本目

ヨーロッパからの帰りの機内にて。(行きはアラスカ~グリーンランドの北極圏ルートだったので窓からオーロラが見えたけど、帰りはゴビ砂漠上空とか飛ぶ内陸ルートだったので何もなし)

クラウドというタイトルは、藪の中みたいに先が見えない中で、詐欺まがいの手法で転売をして儲ける男がいたり、彼に怨みを持つやからが手探りで集まって、悪事を企てたり、という「場」を表したものかな。

転売で儲けるヤツに対する、真面目にやってきた者のさかうらみ。

昔、といっても30年くらい前なら、本名を隠して転売してる人が身バレするのは難しくて、警察が宅配便をあずける店頭で張り込んだりしてたわけだけど、それが今はインターネットの悪いサイトで調べられる。悪意も殺意もかんたんだ。

というところまでは、怖いけど想像の範囲内。中にいつのまにかプロが入り込んでいて、武器を調達してくる。一般人だけど切れる寸前だった人たちが切れて犯罪者となって加わる。味方だと思っていた者が裏切る。ただの若者だと思っていた奴に強力なバックがついている。…銃撃戦は一般人の世界ではありえないけど、この映画の後半には悪意のむきだしのぶつけあいが必要だった。ナイフで切り合うと共倒れになりそうなので、当たらなければ無傷でいられる拳銃にしたのかもな。

菅田将暉がこの映画でも、無気力で感情に乏しい、だから人の機微がわからない男になりきっていていいです。荒川良々は「でんでん」のポジションをやる年齢になってたのか。小心でずるい先輩 窪田正孝。奥平大兼は「マイスモールランド」の好青年か。なまじ好青年だからこの映画では怖いな。(なんでも手配しちゃう松重豊もいい)

「ここが地獄の一丁目か・・・」この殺戮が世の中から隠されても、もう表舞台は歩けない二人。むしろこの銃撃戦は彼らの人生のピークとして思い出されるかもしれない。

転売屋とネットにたむろする小悪人たち(に至った普通の人々)の、どちらの方が悪いという描き方をしていないのがよかったと思います。ありうる未来(をやや極端に描いたもの)として、面白かったです。

デヴィッド・リーチ 監督「ブレット・トレイン」3865本目

機内でなんとなく盛り上がりたいなと思って再見しました。

…やっぱひでぇ(←最高のほめ言葉)。めちゃくちゃだし人がバンバン殺されるし。でも見てよかった~。

ブラピもノリノリだし、「アンナ・カレーニナ」ではキーラ・ナイトレイを狂わせたイケメン、アーロン・テイラー・ジョンソン(みかん)も、ここでは「パルプ・フィクション」のジョン・トラボルタ張りの間抜けなイケメン殺し屋を生き生きと演じています。本人は気を悪くするかもしれないけど、サシャ・バロン・コーエンにも似てると思ってしまった。

レモンがいちいち機関車トーマスのキャラを引用するのも、マトリックスのモーフィアスのパロディみたいでケラケラ笑えてしまった。女子高生ふうジョーイ・キングの甘ったるいキャラも、今見ると、東京オリンピックのパロディみたいな巨大着ぐるみと同じように、マンガ的に楽しめました。

どうも、日本が原作や舞台だと(この場合その両方)、自分の認識している日本の理解が広くて深すぎるぶん、最初は逸脱のほうばかり気になってしまう。私以外のみんなも同じだと思うけど。それが、時間を置いて2回目に見ると、やたらと逸脱に寛容になっていて、そこをかえって楽しめてしまう。やっぱりこういう作品は2回は見るべきかもですね。

そして今、すごく原作の小説が読みたい。伊坂幸太郎だから、この荒唐無稽なアレンジを取り除いてもすごく面白い小説に違いない。オリジナル版のTVドラマとかも、あったら見てみたいな~(NHKあたりで原作に忠実に作ってみてほしい)

 

ジョージ・ミラー 監督「マッドマックス:フュリオサ」3864本目

これも面白かった。「怒りのデスロード」の、人間がエネルギー源としてつながれていて、ヘビメタのギタリストが乗ってるとんでもない戦闘車のインパクトがあまりに衝撃だったので、それに比べれば、その世界観にもう慣れていることもあってインパクトはだいぶ弱まってました。

シャーリーズ・セロンのフュリオサは、あの映画でかなり強烈で魅力的なキャラクターの一人でしたが、今回はアニャ・テイラー・ジョイと、少女時代をアリーラ・ブラウンが演じています。この少女時代のフュリオサが、可愛いのに怖くて最高です。野生のこどもの狂気、みたいで。将来が楽しみ。アニャは「大きくなったらちょっと鋭さが丸くなった」ような感じがあって、十分に強いんだけど佇まいはアリーラに軍配をあげたいです。

一方、クリス・ヘムズワースって2016年のゴーストバスターズの印象が強くて、無駄にイケメンで強そうだけど弱いヤツ、みたいな先入観で見てしまうので、最初からどうもギャグになってしまうんだけど(そんなところがすごく好き)、実際、優しさというか下心というか、結局残酷になり切れないクリスでした。

オーストラリアの底力を見せつけつづけてくれるこのシリーズ、「デスロード」を見たときは大笑いして楽しんだだけだったけど、この世界を構築して維持するとんでもないエネルギーに、もうとにかく脱帽です。

 

アンドリュー・ヘイ 監督「異人たち」3863本目

シャーロット・ランプリングの「さざなみ」の監督か!すごく深いところにある心理を丁寧に繊細に描いたすごい作品でした。この作品は、ほとんど期待しないで見たけど、こちらもすごくいい作品でした。

「異人たちの夏」は見た記憶があるけど記録をとってなかった。あっちはわりあいよくある幽霊譚のように感じたけど、こっちはこれまでの長い年月と、これからの長い年月の中の、孤独や無理解をわずかずつでも解きほぐしていこうとする、深い思索と思いやりの物語のように感じられて、最後に少しの驚きとやさしい気持ちが残りました。

主役アダムは見覚えがあると思ったら、モリアーティですね(TV[シャーロック」の)。それほど悪人っぽいわけじゃないけど、なぜか、何考えてるかわからない雰囲気がある。相手となるハリーのポール・メスカルも、健康で優しい若者なのに、どこか崩れた弱さを感じさせて、そこが魅力にもなっている。という、不思議なケミストリーの二人。

父と偶然出会って、「久しぶり!」と家へ向かう感じとか、すごく新鮮ですね。いきなりだけど自然で、原作を知ってるのに「えっと、この人死んだ父だよね?」と疑い始めてしまう。

というシチュエーションに、ゲイであることのカミングアウト(死後の!)や、無理解から理解への心の動きを重ねたのもすごい。原作と違う結末も、この物語を完成させる上でとても重要な決断だった、と納得します。

見終わったあと、人間って本当に複雑で傷つきやすくて、行動や言葉だけがその人を表すわけじゃない…と、自分を振り返りたくなります。自分の大事な人たち、大事だった人たち、そして大事な自分自身のこと。この映画のように再会することは望めないなら、生きている間に、何かやっておくことがあるかもしれない。もっと話しておいた方がいいことがあるかもしれない。…さすが「さざなみ」の監督です。

ストーリーを追うだけでも面白いし、かつ深い、また新しい名作に出会えたなぁと感じています。

異人たち

異人たち

  • Andrew Scott
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パブロ・ベルヘル 監督「ロボット・ドリームズ」3862本目

<結末にふれています、他の映画も>

公開されてすぐ見に行った友達が絶賛してたやつ。久々のヨーロッパ旅行で、長いフライトの中で早速見ました。「ブランカニエベス」はブラックなひねりのある映画だったけど、これは子どもが真剣に見てもいい映画だと思います。スペインの長編アニメーション映画が世界的にメジャーになること自体が、なんか嬉しい。

ドッグもロボットくんも、私達と同じように寂しがりやで、なんとも愛嬌があって、普通で、すぐに共感します。やっとできた親友どうし、ずっと一緒にいたかったのに、どうにもならない事情で引き裂かれてしまう…

そこからはずっと切ないのですが、悪いひとたちも悪すぎず、かわいそうな人たちもかわいそうすぎず、親切な人たちのささやかな好意で、ちょっとほっこりしながら、寂しさも抱えたまま、それでも明日もやっていく…というストーリー。

「アフター・ヤン」をまず思い出しましたね。動かなくなったロボットの視覚記憶をたどるやつ。「クララとお日さま」(映画化されてないけど)の続編みたいな感じもしました。そして、ネタバレと言われてしまうかもしれないけど、最後は「ラ・ラ・ランド」なのだ。お互いに、これから先、まあまあ幸せに暮らしていこう。…といっても、この作品では、ふたりの切なさの質は違うけどね。単純なハッピーエンドにならないところが、この監督の持ち味なんだろうし、最近の風潮でもあると思います。

細部まで全部やさしくて丁寧な、切ないけどとてもあたたかい気持ちになれる作品でした。賞を取るかもしれないし、これからも世界中の子どもたちと大人たちにすっと見られる作品だと思います。