映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

山田洋次 監督「たそがれ清兵衛」1892本目

しっとりとした詩情のある映画でした。
大泣きさせるんじゃなく、しんみりとさせておいて、ホイッと最後に視点を変えて昔話みたいに終わったのも、考え抜いてのことだっただろうと思います。
でも、認めたくないなぁとも思う。
上司から言われて人を切ることや戦争で犬死にすることが、この映画の中では美しすぎるから。

宮沢りえは美しくて真摯で素晴らしいのに、どうしていつも地声じゃなくて裏声で演技するんだろう。これは本当ではなくて演技ですよ、と、ことさらわからせるみたいに。
美男子の清兵衛を、本当に無精髭だらけの落ち武者に仕立てるんじゃなく、適度に汚してみせる感じもイヤだ。

ストレスが溜まってて何も考えたくないときに、感動の方程式通りの涙を流したいときはいいけど、自分で何かを見つけるというより、ジェットコースターに乗って流れ作業で泣かされるような映画って、どんな大監督が撮ってもやっぱりちょっとイヤなのでした・・・。

たそがれ清兵衛

たそがれ清兵衛

ノラ・トゥーミー監督「ブレッドウィナー」1891本目

帰りのキャセイパシフィックの機内で見た4本目。
アイルランドのアニメーション会社の作品。原題「The Breadwinner」。
Kinenoteには登録がないけどWikipediaには邦題で項目があります。Netflixで配信されてるのね。
タリバン政権下のアフガニスタン首都カブールで、自分に文字を教えたことで父が投獄されてしまった娘と、女ばかりの彼女の家族のことを描いた、美しく悲しいアニメ映画です。

これ機内で最後まで見るの辛かったなぁ。あんまり可哀想で。
そこは女性が、大人になっても、男性を伴わずに外出できない世界。
主役のパラヴァナちゃんはまだ子供なのに、稼ぎ手(breadwinner)がいないので男の子の格好をして、同じく男装をした女友達と一緒に肉体労働で日々のパンを買って帰ります。
姉が親戚の妻として引き取ってもらえることになって、一家で引っ越そうとしますが、パラヴァナはお父さんを連れ出そうと、一生懸命稼いだお金を賄賂として持って何度も刑務所に通います。イスラム世界の男性が全員女性に冷酷な訳ではなくて、健気な彼女(あるいは彼)を助けようとしたり、お目こぼししようとしてくれる大人の男性もいます。それでも逃げ場がない彼女の心に、美しい物語が生まれます。その中で主役の少年は”悪い象の王様”と戦う。現実が辛さを増していくに連れて、想像の世界に浸ることが多くなるけど、力尽きた彼女にはもう続きが思いつかない。瀕死の父親を取り戻すことはできたけど、彼女たちは明日からどうやって生きていけばいいのか・・・。

辛い環境にいる子供が想像の世界に遊ぶ、って「パンズ・ラビリンス」とか他の作品でもあると思うけど、見てるこっちも本当に辛いです。極端なことをいうと、男尊女卑だろうが女尊男卑だろうが完全平等だろうが、平和でみんなが幸せならどんな世界でもいいんだけど、この映画で描かれる世界に出口があるようには思えません。実際のアフガニスタンでは、今は女性も学校に行けるようになったはずだけど、近くの国々ではこの映画と同じようなことや、もっと辛いことが日々起こっています。本当に、宗教って何のためにあるんだろう・・・。
世界の全部の国に行ってそこの人たちと語り合うことなんて私には無理だけど、もっと彼女たちのことを知りたい、触れ合いたい、と思います。

ヤヌス・メッツ 監督「ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男」1890本目

帰りのキャセイパシフィックの機内で見た3本目。
ボルグvsマッケンローってまさに私がテレビを見ていた時代で、そういえばあの頃猫も杓子もみんなテニス部だったし、ウィンブルドンという地名はテニスの聖地として私の脳裏に焼きついたものでした。といっても、それぞれの個性は、端正vsやんちゃという程度しか知らなくて、少年の頃のボルグにマッケンロー顔負けの「文句言い」時代があったなんて驚きました。

スベリル・グドナソンは本当に、私の記憶の中のボルグにそっくり。描き方のせいもあるだろうけど、うっとりする美しさ・・・。
シャイア・ラブーフは元気な子供みたいだったマッケンロー(ずっとイギリス人だと思ってた、名前のせいかな)よりシリアスな風貌だと思うけど、いい演技だったと思います。
ステラン・スカルスガルド、いいですね。相当何にでも出てあらゆる役をやってるけど、いつも人生が滲み出しているようで、いいです。

世界チャンピオンになるというミッションの重さは、凡人には想像もできないし、彼らをさいなむ重圧も理解しようがないと思うけど、あの頃の彼らのことを少しだけ知ることができたのかなと思います。
今は表舞台にほとんど出てこないらしいボルグが、今も幸せでありますように。

細田守 監督「時をかける少女」1889本目

帰りのキャセイパシフィックの機内で見た2本目。
細田監督の映画ってあまり見ていないな。
タイムトラベラーってこんなお話だっけ?設定以外は原作に沿わないで創作した?
面白かったけど、彼女が「時をかける少女」になった必然性は「その年頃の女の子にはよくあることなの」か。たまたま理科室で何かを拾ったことだけで、特別に選ばれた訳ではない、と?
実は他の女の子たちも何かに巻き込まれてるけど誰にも言わないだけ?

多岐川裕美、原田知世、といった大昔のちょっと陰があった主人公に引っ張られてるかもしれないけど、主人公が屈託がなさすぎたのがものたりない気がしました。

イム・スンレ監督 「リトル・フォレスト 春夏秋冬」1888本目

帰りのキャセイパシフィックの機内で見た1本目。
これって日本のマンガが原作なんだ!で、日本では2本に分けて映画化されてたんだ。
どうりでお好み焼きとか出てくるのね?でもてっきり韓国オリジナルの映画だとばかり思ってました。それくらい、韓国の山奥の静かで美味しい暮らしが素敵に描かれてました。
私も行ってみたい、じっくり煮込んだスープ飲みたい・・・と思ったくらい。
りんごの木が台風でやられてしまう場面ではしんみりしました。バラの木にバラが花咲くのも、りんごの木にりんごがなって無事に収穫されてお茶の間に届けられるのも、なんの不思議もないけど大変な奇跡が連なってやっと実現できてたんだな・・・。

こういうのを見ると、帰ったらちゃんと出汁をとって味噌汁作ろう・・・と思うけど、仕事に戻るとすぐに面倒になってしまうんだな・・・。もう少し歳をとったら私も山奥にこもろうかしら。

ダグ・リーマン 監督「バリー・シール/アメリカをはめた男」1887本目

行きのキャセイパシフィック機内で見た、4本目。
面白かった。実話だなんて、アメリカって国は一体・・・・。
しかし邦題サブタイトル、彼はアメリカを「はめた男」じゃなくてアメリカに「はめられた男」だよね?この違いはとても大きいと思うんだけど・・・。Wikipediaで見ると「はめた男」のようだけど、映画では「はめられた男」として描かれてる印象でした。

トム・クルーズが演じると憎めない男になるけど、本物は頭が回りすぎてここまで可愛くはなかっただろうなぁ。
フォローのしようがない悪事もやってるし。

それにしても、アメリカにはCIA(ロシアにもKGB)という諜報組織があるところが、結局のところ強いと思いました。そして、CIAのやってきたことを、時間が経過した後には明るみに出そうという正義感や公平を重んじる人が多くはないにしてもいるところが、重要なんだよな。我が国の政府には麻薬カルテルに絡む勇気(いやなくていいけどさ)も悪事を後で認める勇気もないんだろうなぁ。

デヴィッド・リーチ 監督「アトミック・ブロンド」1886本目

行きのキャセイパシフィック機内で見た、3本目。
一言でいうと、ゴーストバスターズハングオーバー!を女性版でリメイクしたのと同様、ジェームズ・ボンドを女性でやってみた映画。シャーリーズ・セロンの幅の広さは本当に素晴らしくて、美しくも強くもあり、地味で弱々しい存在感も演じ分けられる力のある女優さんだなぁと感心しました。

アクションもすごいよ。ただ、日本のヒーロードラマみたいに、やられる方の受け身がうまいな、というような余計なところに時々気がいってしまう余地は、さらに無くしていってほしいなと思います。つまり圧倒的な強さまでは感じない。屈強でなくても、ダニエル・クレイグのような身のこなしがあれば圧倒される。そういう意味で、シャーリーズ・セロンは頑張っちゃってる感じがしたのでした。

東西スパイ映画にありがちな、どんでん返しの繰り返しも、面白いけど「はいー1回、2回、」と数えてしまうくらい私はもう大人になってしまっているので、見所はそこじゃないのです。女性スパイに対して女性が迫ってきて恋に落ちるという現代的な流れも、素敵だけどそれだけでは物足りない。この映画は、女性ジェームズ・ボンドも十分に成立すると証明する、という偉業をなしとげたけど、この次に何が来るか?にもっと期待したいです。