映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ドゥニ・ヴィルヌーヴ 監督「ボーダーライン」2055本目

メキシコ の麻薬カルテルの恐ろしさって、血が凍るほどです。金のために、人が身を滅ぼす薬を高値で売りつづける。邪魔するものは考えうるかぎりの残虐な方法で殺してさらす。現実に今そこで起きているけど、私たちはその場で何が行われているかを知らない。そういう案件が題材なので、前のめりで見入ってしまうし、恐怖の度合いが強い。

組織間の関係や人間の愛憎関係が複雑なので、wikipediaの詳しいあらすじがありがたかった。このお話、なんと続編があるんですね。しかも今上映中か。メインのキャストは共通だけど監督は別の人だ。

ヴィルヌーヴ監督はエミリー・ブラント好きなんだなー。強そうでどこかか弱く、繊細なようで図太い、いろんな表情をもつ女性を演じきれる人です。色仕掛け?で近づいてくる警官役のジョン・バーンサル、見た顔だと思ったら「ウィンドリバー」では被害者となる男、「ベイビー・ドライバー」ではギャングの一人でした。基本、強面ですね。

なかなか見応えのある作品だったけど、それでエミリー・ブラントは最後どうなるの?というのは、フェイドアウト?その世界から引退して、もっと穏やかな世界で彼女は暮らすんだろうか。現実はそんなところなんだろうけど、映画が面白かっただけに、何かもう一ひねり・・・なんて期待をしたくなるのは欲張りでしょうか・・・。

 

ボーダーライン(字幕版)
 

 

田口トモロヲ監督「ピース・オブ・ケイク」2054本目

田口トモロヲ好きなんですよ。監督作品はこれの他に「アイデン&ティティ」「色即ぜねれいしょん」があるけど、とりあえずこれを見てみます。しかし音声レベル低すぎ!ボリュームを普段の、下手すると4倍くらいにしてやっと聞き取れます。なにかの間違いでしょうか、これは。

冒頭から多部未華子と木村彩乃がいきなりかわいすぎる・・・。お隣さん役の光宗薫(元AKBなんだ)も生意気で可愛い。男性陣は、今や朝ドラにも大河にも出ちゃっている峯田和伸の演技が、若干ぎこちないような。綾野剛菅田将暉松坂桃李中村倫也、と旬なの揃えてます。文字通り役者が揃ったところで、さあここからどう盛り上げていくか。

ストーリーは、若い頃に自分や周囲の人たちがなんども経験してきた、惚れた腫れたというお話で、気楽で流されてるだけという志乃(多部未華子演じる)にも悩みはある・・・いや逆に、流されるのは自分が好きじゃなくて自分でものを決められないからなんだろうな。ただ、若くて可愛くて、自分が分からずにふらふらしてる女の子って、妖精みたいで素敵なんだよね。おじさんたちは時に、そんな女の子を見つめていたい、というのもわかる。

しかし、男も女も、モヤモヤしたまま流されて恋愛しつづけるだけの映画だったな・・・。これだけで死ぬまでの時間つぶしができたら、楽チンで楽しいかもしれないけどな・・・

ピース オブ ケイク

ピース オブ ケイク

 

 

テレンス・マリック監督「ボヤージュ・オブ・タイム」2053本目

映画の種類としては、「コヤニスカッツィ」シリーズの仲間かな。

ツリー・オブ・ライフ」ですでに、マリック監督はだいぶ偏ったところへ行きつつあると思ったけど、この作品はそのままそっちへ進んだ結果、あるいは途上にある作品のようです。

やばいなぁと思いつつも見てしまったのは、ジャケット写真の青い瞳の接写があまりにも美しいから。実際、目を見張るほど、今まで見たことがないほど美しい光景が画面いっぱいに広がるすごい映像作品でした。これは、ひとまとまりの意味を伝える「映画」というより、映像によるアート作品と見ればいいんじゃないでしょうかね。

マリック監督が向かうその偏った方向というのは、ものすごーく原始的な自然信仰、というより、すべてのものを生み出した何か、つまり「母」への絶対的帰依のようなものでしょうか。あまりにもシンプルなのでどの宗教も否定しない。

それにしても、電線も通行人も通りすがりの動物も何もない純粋な映像の数々、どうやって撮ったんでしょうね。かなりCGなのかな。いちいち「意味」を読み取ろうとせずにただ眺める分には、うっとりと一日30分間くらいこの映像を眺めると、心のストレスが取れそうな気もします。興味深い作品でした。 

 

スティーヴン・スピルバーグ 監督「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」2052本目

これが例えば大地震に関する朝日と読売の報道合戦なら、いきなり見てもわかるんだけど、ベトナム戦争のスクープをワシントンポストニューヨークタイムズがやろうとしているなら、ちゃんとその時の戦況や二者の関係性を予習しておいてから見る、あるいは二回見るほうが映画をよく理解できると思う。(ネット高速検索中)

メリル・ストリープトム・ハンクスという二大巨頭の競演の意味を考えてみたんだけど、もしかしたら、これだけ大物の登場人物の多い映画の中で、「誰が主役か」つまり誰を中心に見ればいいのか?というガイドになってるのは確かだと思う。スピルバーグは映画として取り上げるのはタブーだと思われるテーマをたくさん映画化してきた監督だけど、必ず「どの立場の人が見てもわかる」易しさを映画に持たせる監督だ。この映画は、原題が「The Post(ワシントンポストの愛称)」だし、この二人を中心に見ていけばいいという親切なヒントだと思えばいいかな。

言い換えると、スピルバーグって今のアメリカで世論に最も大きい影響を持つ政治家って言ってもいいんじゃないか?ポピュリズムが蔓延している現状に早鐘を鳴らすために、急いでこれを公開しようとしたのかな。

スター・ウォーズジョン・ウィリアムズの音楽で、偉大なる「勧善懲悪」感が醸し出される。アメリカでは正義が、民主主義が、家族を負け戦に行かせたくない家族が団結すれば勝つ!という強大なメッセージ。

この映画が、当時のニクソン大統領がまさに当事者だったウォーターゲート事件の発端で終わるのは、時系列的に正しいから、だけでなく、ほっとくとこうなるよという示唆を与えようとしてるからかな。(この後まだ3年くらいベトナム戦争が続くのが残念。)

こういう映画を見ると、多少は誇張があるとしても、報道業界に忖度を上回る正義感とか民主主義ってものが存在するのが羨ましいし、カッコいいなぁと思える。ただ、多分日本にはもともと、君主に対する忠義が大衆の中の正義に勝るっていう価値観が根強くあるから、そもそも国としての組成が違う気がしてます。合理主義に伴う、個人を切り捨てるつめたさには耐えられないのかも。

この映画は多分、高速ネット検索しながら3回は見ないと理解できないな・・・。

 

テイラー・シェリダン 監督「ウィンド・リバー」2051本目

力作ですね。ジェレミー・レナー演じるコリーの誠実さとしぶとさ、エリザベス・オルセン演じる ジェーンの、可愛いけど全く甘くない強さ。この二人になら信頼して任せられる(何を?)って感じです。

そうかアベンジャーズか、二人とも。どうりで戦い慣れてる。アベンジャーズ自体は、あまりにも作り物っぽい気がしてあまり積極的には見ないんだけど、あの中のキャラクターをこう言うシリアスで現実的なドラマに持ってきたというアイデアが、多分秀逸だったんだと思う。正しいヒーローの在り方ってどこでも同じなのかもしれない。

ネイティブアメリカンの居住区の人たちって、保護を受けているというより制限を課されてるんだろうか。「自治区」だから強力なアメリカの警察が入っていけない領域があることが、この映画のような問題を生んでいるということなのか。ただ、何にも知らない外国人の私が、この映画だけを見て「アメリカの警察は間違ってる!」みたいに騒いじゃいけない気がしています。

この、アメリカみたいな新しい国の中にある狭い地域の閉鎖性っていうのは、「ウィンターズ・ボーン」を思い出しますね。あっちは「保護区」という枠がないのに目に見えない規律がすごく厳しい。この映画も、もしかしたら何かの制裁だったのかなと思いながら見てしまいました。けど割と違ってた。何もない、誰も来ないところだから鬱屈していた感情が引き起こした事件だけど、犯罪の質としては、アメリカの大都会の片隅で、国が把握してない移民の中で起こっている犯罪に近いんじゃないだろうか?などと思ったりもする。この映画が提起している問題は、どうも複雑で根が深くて、簡単には把握しきれません。

という意味で、目の付けどころの良い映画だと思います。シェリダン監督のこれからの作品も期待してます。

ウインド・リバー(字幕版)

ウインド・リバー(字幕版)

 

 

ジョン・キャロル・リンチ 監督「ラッキー」2050本目

ハリー・ディーン・スタントン。演じるラッキーはちょっと偏屈でマイペースで、毎日訪れる近所の店々の人たちに愛されてる。だけど90歳までそれを続けていると、明日が不安になってくる。何もない未来への不安。

愛されるおじいちゃんの日常、で終わる映画じゃなくて、視点はあくまでも本人。好きなクイズ番組を見ながら回答者にツッコミを入れたり、バーで他の客に軽くからんだりする彼の中には、いたたまれない死への恐れがある。結論とかオチとかがある映画じゃないけど、雑貨屋の店主の息子のパーティで上手にメキシコの歌を歌ってみせて拍手喝采を受ける自分に気づき、第二次大戦を戦った仲間と出会ってその頃の自分の強さを思い出す。

この映画はもうハリー・ディーン・スタントン勝ちですよね。彼の存在だけでいい。余計な色付けなんかしないほうがいい。最低限に抑えてるから、いい感じになってるんだと思います。

ツイン・ピークス」の甲高い大声じゃないけど、やっぱりなんかウザくて変な亀男を演じてるデイヴィッド・リンチもいいんじゃないでしょうか。ルーズベルト大統領(亀)、冒頭と逆の方向に歩いてたところを見ると、数日後には彼の元に戻ってきたのかもしれませんね。

この映画で学んだこと:tortoise(リクガメ)とturtle(水辺で暮らす普通のカメ)の違いと、marine(海兵隊)とnavy(海軍)の違い。

ラッキー(字幕版)

ラッキー(字幕版)

 

 

サミュエル・フラー 監督「最前線物語」2049本目

二回見てやっと、木でできたイエスキリストの十字架のあの場所の意味がわかった。年長の軍曹の最初の大戦と、24年後の二度目の大戦。その間に何かあったとか、何かを学んだとか、そういう説教っぽいことはこの映画には何もありません。現場の人間は淡々と、誰から指示が降りてきてるかも意識せずに、ただ、ためらわずに人を撃つ。人を指す。そういう意味でたぶんこの映画は割とリアルな前線の映画なんでしょうね。

あんなに撃たれても当たらないで生還する人がいる、というのがすごい。どうして生き残れるんだろう。

この映画では、敵以外に、死ななくていい人たちも死ぬ。停戦を伝えにきた敵を撃つ。生意気を言う部下を撃つ。精神病院では無差別殺人に目覚めた患者があたりかまわず撃つ。軍曹が背負った少年は背中で死ぬ。

でも軍曹を始めとする「The Big Red One」の何人かは生き延びる。帰ってきてアメリカのどこかで彼らは、自分には常に神風が吹く、というような勘違いをせずにいられるもんだろうか。敵とみなす人に出会ったときに撃たずにいられるんだろうか?

不思議な味わいのある戦争映画だったなぁ。 

最前線物語(字幕版)

最前線物語(字幕版)