映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

フランク・ピアソン監督「スター誕生」2312本目

むかし一度テレビで見てるけど、レディ・ガガバージョンを見た後でちゃんと見直してみたくなりました。バーブラ・ストライザントとレディ・ガガはミュージシャンのタイプが全然違うのでどっちが良いとか悪いって話じゃないですね。

バーブラは中身の詰まった実力者で、彼女は音楽家じゃなくて女優でも政治家でも画家でも作家でもよかった気がする。何をやっても彼女という強い人のエネルギーの現れだと思う。どちらかというと政治家って感じがするんだ。鉄のように強固な彼女にみんなが付き従うようなイメージ。

レディ・ガガはどう転んでも芸術家だと私は感じてる。世界にただよってる気分のようなものを拾って音にして届ける、どっちかというとイタコとかシャーマン的な人。

ものすごく単純化すると(しかも多分事実と違うけど)バーブラは「縦」で「詞先」、ガガは「横」で「曲先」のような印象。

映画そのものについていうと、アリーは下積み時代の生活がちゃんと描かれているけどエスターの生活はほとんど描かれなかった。アリーは見つかったらすぐにステージに上がっていきなりブレイクするけど、エスターはステージに上がるまでが長い。

この映画はとってもウッドストックな時代だけど、「アリー」は今の時代の作品としてリアリティがあった。こういう話って実際に何度も何度も繰り返されてきたんじゃないかね。精神的に強いものだけが生き延びて勝ち続ける。人をダメにするのは格差による劣等感なのでしょうか。

この映画は音楽映画ではあるけど、「二人の声が溶け合って音楽が生まれる至福の瞬間」はほとんど出てこなくて、バーブラ・ストライザント劇場なのだ。彼女はまぎれもなく、歌ってもお芝居をしても、政治家になったとしてもスターなんだと思う。

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リチャード・アッテンボロー監督「ガンジー」2311本目

リチャード・アッテンボロー監督って偉いなぁ。(子どものような感想ですみません)「遠い夜明け」もいい映画だった。ただ声高に「差別反対!」と叫ぶだけの人とは違う。差別する人の内面も浮かび上がってくるし、差別される側の誇り高さにも目を向けてる。単純な「お涙ちょうだい」にするのが簡単な、ある意味おいしいテーマをきちんと丁寧に描いているので、抑圧されて立ち上がるガンジーのことが、崇高すぎるというのでなく、人間みもあるのに立ち上がって、やがてここまで崇拝されるようになることに共感できてしまう。ガンジーは立派だけど監督も立派だ。

若い弁護士時代のガンジーは、いまどきの英国育ちの上流家庭のインド系の人のようです。まず彼は育ちが良い。良い教育を受けた正しく、かつ自己肯定感に満ちた若者です。だから人種だけで動物のように扱われることの理不尽が看過できなかった。そのまっすぐな正義感が、ある意味極端なほどの非暴力・不服従に向かっていったんだろうな。

そして、いちばんハードルが高いのが、暴動鎮圧にょる多数の犠牲。ここで「ガンジーのせいで母は死んだ!」という風に怒りの矛先が転換する人もいたんだろうか、それとも、それまでの結束が強くて乗り越えられたんだろうか。「犠牲者さえ出なければガンジーは立派だった」という人が多分いるだろうけど、言いづらいことをはっきり言うと、攻撃されてでも不満を表明しない限り大きな社会の仕組みを変えることはできない。犠牲なしに成し遂げられるのが一番だけど、ガンジーが攻撃されて亡くなる可能性もあったし、もっと大きな犠牲が出た可能性も、誰も傷つかない可能性もあった。人間にできることは、それぞれの人が心と頭を尽くして負傷者が出ないように努力することだけだ。結果からその前にできたことをあれこれ考えてもしょうがない。

英国政府がガンジーに極端な重罰を与えられなかったのは、彼の態度が常に完璧な「英国紳士」で、かつ英国法を熟知してた弁護士だったって事情はあるんじゃないかな。彼はインド全国民を代理して、英国法にのっとって英国式に争った、ともいえる。

結局、彼を討ったのは違う宗教の同胞。国境は政治じゃなくて民族で、宗教で決まる。…それにしても死ってあっけないな。人は「死ぬ」んじゃなくて「生き」るだけで、それが終わるのが死だから、終わりがあっけないことがあるのは当たり前だけど。

それにしても、自分の一生を本当に100%インドの独立にささげた人がいたというのが美しすぎる。今の時代は、もし同じ人間が立ち上がったとしても、みんな知恵がついているから「そうはいっても彼は英国育ちのエリートだから」とか、1つにまとまるのが難しい気がする。ダイバーシティが増えすぎた時代の平和ってのは、この時代とは違う方向をめざしていくしかないんだろうな。これは今の時代にガンジーがいるかいないかって問題ではないと思う。 

 

ニコラス・ローグ監督「赤い影」2310本目

円谷プロ作品か?大映映画?グロテスクで派手な「不吉さ」の演出。それに、ベッドシーンでのポップな音楽のつけ方の不自然さ。カメラアングルは、やけに凝り凝りで(常に斜め、遠景、動きながら撮る、など)なんともいえない、おどろおどろしさ。チューブから出したばかりの赤い絵の具みたいにどろどろの濃い血のり。

意外と面白いんだけど、肩に力はいってるな~と思う。

それにしても最後の「殺人鬼」って何者だったんだろう。あれほど人がいる中で犯罪に及んだんだから、さすがに逮捕されたかな・・・。 

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ペドロ・アルモドバル監督「私が、生きる肌」2309本目

おもしろい映画を撮る監督が、ベテランになって今度は「普通の人々」と違う特別な設定をしたくなってこんな映画作っちゃったのかな?とも思ったけど、この映画は珍しく原作があるから、いつもとちょっと違うテイストというか方向性になったんだろうな。

アントニオ・バンデラスがすっかりおじさんになっていて、ぽわぽわっとしてた初期の作品と違って(日焼けして)頑固なマッド・サイエンティストとなっています。

手術着を、手を使わずに着て、手袋もほかのどこにも触れずに装着する・・・とか、そういう本題に関係のないところを撮影するという感覚がちょっと面白い。

ビセンテにしでかしたことがあまりに衝撃的なので、ものすごく悪い点をつけたり監督を批判したりしてる人も多いけど、この映画が撮れるのは監督が同性愛者ということもあって、性転換手術がまったくの想像の範囲外というわけではなかったんじゃないだろうか。ガエル・ガルシア・ベルナル君を美しく女装させた「バッド・エデュケーション」とか見てたので、いきなりこの映画を見た人よりはショックがなかったかも。この映画の場合、亡くなった妻とそっくりにするという設定なのでできないけど、ヤン・コルネットもいい顔してるので、彼をそのまま女装させてみたかった気もします・・・。

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ペドロ・アルモドバル監督「私の秘密の花」2308本目

またアルモドバル監督の映画。そのうち全部見てしまうだろう。面白いんだ、この人の映画は。毎回何かびっくりするところがある。この映画もやっぱり面白かった。ちゃんと見てないとなんだかキツネにつままれたような感じになるけど(昏睡状態の息子の話は、ひとつも現実ではなかった)、そういうおかしなつながりで映画を始めて掴みで「え?」と思わせておいて、ストーリーそのものは実に人間臭い、誰にでもあるような話ってのが、なんかこう書いてるとまるで落語ですね。思い付きで書いててなんですが、落語みたいな洒脱で単純に笑えて楽しめるところがこの監督の映画にはいつもあります。なんか生理的に好き。終わり方もいつも暖かくて、人生捨てたもんじゃないという気持ちで寝られます。

 「オール・アバウト・マイ・マザー」のマリサ・パレデスは美しくて強く、「アルモドバル組」の常連ロッシ・デ・パルマはやっぱり存在感あるし。スペイン的ユーモアって、「ここで笑って!」というようなポイントを作らずじわじわっと可笑しいのがほんと、いいですね。

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ニコラス・ケンドル監督「天使といた夏」2307本目

カナダ映画デヴィッド・ボウイが出てるんですよ。1999年といえば20年も前で、元気そうではあるけど、年とったね、という印象もあります。彼の役どころは「難病の少年を勇気づけるため、自分の死後に謎解きを残していった男」です。なんかしんみりしますね…彼が最晩年に残したミステリアスなミュージックビデオのこととか考えると。

この撮影時にはおそらくまだ、自分が将来病気になることや寿命のことなど明確にイメージしてなかったんじゃないかと思うけど、その後の彼の死生観にこの映画は影響を持ったかもしれません。

映画自体は、あまりにもボウイの出番が少ない!1日くらいしか撮影に参加できなかったんじゃないか?と思うし、せっかくワクワクして見てるのに、謎は暗号らしきものとダイヤルのいっぱいついた指輪で、オーウェン君が一人でスラスラ解いてしまうので「え・・・」って感じです。なんとなく全体的に練れてない映画ではあります。ただ、コンセプトは素晴らしい。ボウイって本当に不思議で、特典映像のインタビューでも「作品を選んでるというより、向こうから来るんだ」と答えてるように、このコンセプトがまさにぴったりなんですよね。

ファンが見ると、あまりに出演場面が少ないので物足りないと思うけど、コンセプトだけでも見てよかったかなと思います。日本語の情報がとても少ないので、英語のWikipediaとか見てみると良いかも。

天使といた夏 [DVD]

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スパイク・ジョーンズ監督「アダプテーション」2306本目

スパイク・ジョーンズミシェル・ゴンドリーチャーリー・カウフマン。みんなで集まったり離れたりしておかしな映画やビデオを撮り続けてる人たちだけど、たぶん一番変人なのはチャーリー・カウフマンだよな。この映画も、“あーあ、またやっちゃった”感が強いです。彼を知っている人なら、ドナルドが実在するとは思わないし「捧ぐ」というシャレも「またかよ」となる。

脳内ニューヨーク」もよくわからないまま終わったけど、この映画も見終わってやっぱり(なんでこの映画作ろうと思ったんだろう)(なんでこの映画に出資しようと思ったんだろう)など、不思議な気持ちです。

カウフマン元気なのかな、とみょうに心配になって最近の活動を見たら「アノマリサ」も彼なのね。あれも確かに不思議な作品だったけど面白かった。なんとなく、うんと年とってからぐっとくるものを作ったりしそうな気がするので、これからも見てみます。

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