映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ボブ・ジラルディ 監督「ディナーラッシュ」2220本目

外国人やアメリカ郊外の人の憧れじゃなく、リアルな地元の人たちのニューヨークが描かれていて、なかなか刺激的な映画でした。この映画の公開は、あの事件のあった2001年9月11日のほぼ1年前、2000年の9月1日。危機はこの街にはなく、外で戦って帰ってきた人がいつもの忙しい日常に戻る街。祖父母の世代から住み着いて、創業者の孫がシェフをやっているレストランがあって、辛辣で早口な客たちは上から目線で店や料理の文句を言い、厨房の奥では”戦争”が起こっている、ディナー・ラッシュアワー

なんか眼に浮かぶようじゃないですか、その生き生きとした喧騒。大都市、親子、ギャンブル、殺し屋、とくればレストランはイタリアンしか考えられません。

こういう小洒落たアメリカ映画を見ると、小洒落た会話をするのって疲れないのかなー、本当にこんな会話するのかなー、と思うけど、実際いるんだよね、早口でいつもちょっと面白いことを言う人たちが。あんなレストランのバーに一人でいて、博識なバーテンダーをからかうような。

というわけで、群像劇としてなかなか魅力的な場を撮った映画だけど、ミステリーではない、かな。伏線とその回収、というのは確かにあるけど、ギャングチーム「ネロ&アズーロ」と刑事が招待されてるのは、ここで今夜事件が起こるよという予告と言っていいくらい明らか(つまり「伏線」ではない)。予約の取れないレストランなのにまるでふらっと来たようにカウンター席の一番奥に陣取る、明らかに場違いな客、くらいですよね。結末に関係のない、レストラン評論家とアーティストを連れた画商は自分で予約を入れてた人たちなので、策略の一部ではない。アーティストのウェイトレス(サマー・フェニックス)ややたらセクシーなスタッフ長のアジア系女性のエピソードも結構長いけど結末に直接は関係ない。停電はドラマチックだけど、これもどきっとしただけだった。なんか、要は、ニューヨークってこんな街だよってことだね。うん。ミステリーじゃないけど、この街のこのレストランの活気の中に自分も混じってみたいと思う。

ディナーラッシュ(字幕版)