映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ジョン・チェスター 監督「ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方」2666本目

これもまた真実の記録。www.apricotlanefarms.comを夫婦で作った夫のほうがもともと映像の世界の人だったので、撮り溜めたものを映画化したもの。亡くなってしまった、シャーマンめいたアランという自然農業家の考えに従って、「シムシティ」みたいに、あるいは神のような視点で、農園というひとつの世界を作り上げていきます。

ひとつの世界の中に生まれるものがいれば死ぬものもある。肉食をする限りどんなに可愛くても養豚の目的は食肉だ。コヨーテを銃殺してしまう場面もあった。そんな世界は完全なのだと彼は言います。あっちで果物が被害にあっていると、荒らしていた鳥を狩る猛禽類がやってくる。カタツムリが増えすぎたら鴨が食べる。どこかでまた少しバランスが崩れると、そこをうまく補おうとする。どうにもならないのは大風、大雨、山火事…。完全な世界に近づいていくと持ちこたえる力が強くなるけど、それでも人知の及ばない災害は起こりうる。農場主夫婦の顔は風雨とトラブルで険しく鍛えられていく。

この映画を見てなかったら、いつかロサンゼルス周辺を旅行して近郊のオーガニックファーム見学に行こう!というような流れで訪問したりしてたんだろうな…(タスマニアでは近い雰囲気の農場見学に行ったわ)それより深い彼らの歴史を垣間見られてよかった。

ワアド・アルカティーブ 監督「娘は戦場で生まれた」2665本目

ドキュメンタリーのdocumentっていう英単語は動詞だと記録するという意味だ。ただ撮るのが本来のドキュメンタリーだと思うけど、この映画ほどひたすら事実を記録したドキュメンタリーって見たことないです。記録した事実を監督の考えに従って並べ替えたドキュメンタリー映画に感情も考え方も持っていかれることが多いなかで、事実だけの力の強さを思い知らされた気がします。

強大な他国がサポートすることで内戦がどれほど苛烈なものになるか。(ワアドさんは常に「ロシアの飛行機が来た」というけど、ロシアに武器や軍用機の提供を受けたアサド政権)まったく何の意図も反抗心もない子供たちまでほんとうに虐殺して都市を壊滅させるというのがどういうことか、ワアドとハムザの前向きな決意や周囲の人たちの温かさだけに引っ張られて、なんとか最後まで見たのでした。

ワアドが、夫婦で娘サマを連れてトルコの親に会いに行った後、国境が封鎖されて戻れないかもしれないときに「なぜかわからないけど、サマを連れて戻るしかなかった」映画を編集しているその数年後においても「あの時に戻れたとしても同じことをしたと思う」というのは、それが彼女であり、それが人間だと思う。嘘のない気持ちを話してくれてよかった。そしてその行動の理由は「サマのため(原題も「For Sama」)、未来のため」といいます。その意味は、今自分が置かれている苛烈な状況を次の世代にひきずらないこと、という意味だと思います。私がワアドだったらそう信じられる行動を取れたら尊敬する、でも私がサマだったら。あなたのためよ、と言って両親とその仲間たちが傷ついたり命を落としたりするのを見ていられるだろうか。結局のところ人はみんな自分のために行動するんだと思います。サマはロンドンで大人になった後、両親の意志を継ぐんだろうか。全然関係ない道を進んでもいいと思います、私は。

で、シリア難民のことをいうと、日本に逃れてきた人も数百人はいるらしいけど、認定された人はわずか数名だそうです。日本にいつづけるために必要な住む場所と仕事をお世話する団体に少しずつサポートをしてるのですが、日本では外国で取った資格や経験が生かせる仕事は少ないみたいで、どんなにがんばっても目覚ましい成果を上げるのは難しそう。今までに日本にいる難民のことを知らなくても、この映画を見たことで興味をもつ人もいるかもしれないですね…。

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中原俊 監督「12人の優しい日本人」2664本目

この映画見るのは2回目。1991年って29年も前の映画なんですね。この頃の舞台ってきっと熱気があって面白かっただろうなぁ。今回もとても面白く見ましたが、優しいというより「12人のめんどくさい日本人」ですよね。それでもこれだけ徹底的に本音をぶつけ合って、全員一致の結論に到達できるってすばらしい民主主義だ…。忖度とか遠慮とか本音と建て前とかって言葉は、口にすればするほど気になっちゃって話しづらくなる気がします。

この時代は陪審員制度は日本にはまだなかったんだな。ということや、真実がどこにあるかは所詮誰にもわからないということを踏まえて、日本人が12人いたらどうやって合意に至るのかというお話として生々しく面白かったです。本当にいい人も本当に悪い人もいなくて、みんなちょっと嘘つきか意固地で、それでも最後はまあまあ人間って悪くないなと思える。今この映画を1から作ろうとしたら、もうちょっと後味の悪いものになりそうな気がするのは何故だろう…。 

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坪川拓史 監督「ハーメルン」2663本目

とても美しい、古びた木造の小学校の校舎と、校庭を取り囲む山の紅葉。

落葉の前に本当に雪が降ったんですって。

最初からこれはあまりくっきりとした起承転結のない映画だろうと思ったら、その通りだった。若い監督が好きな俳優に片っ端から声をかけたんだろうな。倍賞千恵子の歌声がじわっと暖かい。ちょっとロマンチックでストーリーがぼんやりした感じなのは、公式サイトやWikipediaによると、天候不順と大震災のために予定通りにロケができなかったため、ストーリーも途中で作り替えた、とあります。

倍賞千恵子の「さくら」以外の役柄ってもっと見てみたかった。今からも色んな役をやってみてほしいけど、お姉さんはいつも清純で妹はいつもイケイケってちょっとステレオタイプすぎたかもね。

これでミニシアターのクラウドファンディングの特典は全部。(私の金額では8本がMax)あと、ミニシアターで映画が見られるチケットが2枚あるので、何を見るか楽しみです。 

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濱口竜介 監督「親密さ」2662本目

これもまた、ミニシアターのクラウドファンディングの特典。

ここまで若い監督(または今メジャーになった監督の若い頃)の作品を見てきて、いまさらのように、ミニシアターをサポートするということは、これから世に出てくる新しい監督やさまざまなスタッフやキャストを応援することなんだなと思う。

この映画は、前半がメイキングで後半がそうやって作った作品、という体をとっています。「カメラを止めるな!」と逆の体裁ですね。(ちなみにこの作品はカメ止めと同じENBUゼミナールの制作)作ったのは舞台。異母兄妹妹が出てきて、妹と付き合っていて振られた男がいて、兄と一緒に詩のライブをやるトランスジェンダーがいて。誰かが誰かのことを好きだけど、ループになっていて双方向にならないのがこの監督の作品だ。この舞台でも誰も成就しない。長セリフも多いけど、なんとなくそれぞれの人たちの感情に説得力があって、ドロドロしすぎていなくて、面白い。ふーんと思って終わって不思議と何もあとに残らないけど、そんなもんでしょ人間って、という気もする。

監督は多分そう思ってるだろうし。

最後の最後、根暗な詩人が韓国で民間の傭兵になっていてやけに逞しく見えるのがおかしい。人って髪型と服装だけでこんなに変わるのか。

舞台を見終わってからもう一度メイキングの方を見る。やたらと戦争の話をしている。傭兵になるために渡航する人が何人もいる。監督は「日本は軍隊を持つべき」派なんだろうか?

前半の最後、演出の二人のカップルで、家に向かう道を歩きながら夜通しずっと徒然に話をするのが、なんかいい。やがて東の空が赤くなり始めて、まだ彼らは家にたどり着かずに話し続けている。私にも若い頃、好きな男の子と話し続けて夜が明けたことがあっただろうか。ケンカしたり怠けたくなったりする舞台づくりの部分も、生っぽくて面白いんだ。主役をやるはずの男の子が傭兵になるために降板してしまうんだけど。

いろいろ不思議なことはあったけど、なんか若いっていいね、痛さも含めて。音楽でも演劇でも映画でも、世に出たばかりの青い人たちにはなんかキレイなパワーがある。こういう映画を見る機会があってよかったです。

深田晃司監督「東京人間喜劇」2661本目

これもミニシアターのクラウドファンディング。3つに分かれていて最後に各エピソードが収束するという「トリコロール」青白赤みたいな構成になっていて、とても面白かったです。

深田監督の作品は、「よこがお」「淵に立つ」「ほとりの朔子」を見てる。時系列順に並べると、だんだん良くなってる、と思う。

この映画は、この企画に参加してる他の映画と同様、見慣れた役者さんがあまり出てないところが面白い。この役者さんならこういう役どころだろう、という予想がつかないところも、カメラが引き気味で「記録」みたいな感じがするところも、ミステリアスに感じられます(ブレア・ウィッチ・プロダクト効果?)。

(以下ネタバレ)

第一部は、初対面の人たちが「結婚ってどうよ」という会話で盛り上がっていたとき、そのうち一人は彼氏から別れの電話を受けていて、そのうち二人は不倫していたけど次に会うときまでに男のほうが別の若い子とつきあい始めて別れた。という話。第二部は、友人の結婚パーティに客を取られて全く人が来ない個展をやっている女性の話。第三部は、結婚したカップルの男のほうが事故で右腕を失ったけど、ないはずの右手の痛みに悩まされている。妙なタイミングで2人の大きな嘘が明るみになる。第一部の男女は刃傷沙汰。という総崩れのエンディングです。

こういう、人間の奥の部分をイジワルに描いた作品って、なんかイヤだけど面白いというか、見ごたえがあります。機会があったらぜひ見てみてほしいです。

クリス・サリバン監督「コンシューミング・スピリッツ」 2660本目

これも、ミニシアターのクラウドファンディングの返礼品。

1本だけ異質な、手書きアニメーションの英語作品です。

とても味のあるイラストで、色合いも独特。濁った彩色にところどころ蛍光色が混じる。登場人物の名前がグレイとバイオレットとブルー。若くて美しい人は一人も出てこなくて、みんなくたびれてちょっと年がいっている。バイオレットが独り言で言い訳をしながら尼僧を車ではねてしまったり、ブルーの父親がずっと失踪したままだったり、実写だったら相当暗澹とした映画になるところが、絵に味がありすぎるのでビジュアルにひたすら集中して見てしまう。で、筋が追えない。でも、見飽きない。

最後にアール・グレイ翁が身の上話をして、すべてがつながる。いろいろうまくいかない家族の愛のお話だったんだなぁ。

(以下ネタバレ)

バイオレットの口うるさい母は「また」毒キノコを食べて、とうとう死んでしまった。そこで彼女は父に連絡を取る。父とはラジオのガーデニング番組で聴取者からの電話を待っているアール・グレイだった。また、バイオレットがはねた尼僧は、子どもを育てられずにグレイ一家に里親に出したことがあり、そのときグレイは彼女と不倫関係におちいったことが離婚の原因だった。そういう因縁のある彼女を娘がはねたのを目撃したので、尼僧を引き取って家で手当てしていたのだった。バイオレットの母の葬儀で家を長く空けていた間に尼僧のケガが悪化して足を切断することになり、救急車を呼んだらグレイは警察へ。一方、昔グレイが預かっていた子どもはブルーだった。彼はバイオレットと同じ新聞社で記事を作っていたが、新聞配達人にされてしまっていた。病院から戻ってきた尼僧は、長い間会っていなかった彼の母で、二人はこれからは同居することになる。一方行方不明だった彼の父は、なんと博物館で鹿の皮を被ったミイラになって展示されていた。事情がよくわからなかったけど彼が鹿の皮を被って森にいた時に誤って撃たれて、そのまま風雨にさらされていた。ブルーは博物館で父親を見てその事情を理解する。ブルーとその母である尼僧を、一人になったバイオレットが訪ねるのを、グレイは窓の外から見ていた。

…把握しきれてない部分もあると思うけど、そういうお話でした。

 

「コンシューミング・スピリッツ」というのは、新聞記事の一部で、酒ばかり飲んでやることもない人たち…というくだりで出てくる「酒ばかり飲む」の部分でした。

これ実写で作ったらどんな感じだろう。どう作ってもこのアニメーションより良くなる気がしません。不思議でどこか暖かい世界観の秀作でした。「音楽」の7年よりずっと長い15年間をかけてこの作品を作ったとかで、次回作が見られるのはかなり先かもしれないけど、また見てみたいです。