映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

テイラー・ハックフォード 監督「黙秘」3369本目

<ストーリーに触れています>

これも「淀川長治ベスト1000」から。1995年の作品で、原作はスティーヴン・キング。20年前の殺人事件と新しい殺人事件の間に何のつながりが?というテーマの母と子の物語。昔の事件はドロレス(キャシー・ベイツ。迫力ある)の夫殺しの疑惑、今回の事件はドロレスが雇い主の符号を殺したという疑惑。

殺された暴力夫を演じてるのは、「ノマドランド」でファーンを口説いたデイヴィッド・ストラザーン。前の事件も今回の事件も、捜査に当たるのは「ナイヴズアウト」で殺された富豪を演じたクリストファー・プラマー(27年前から驚くほど変わってない)。

事件は2つとも、黒か白か判断がつけにくい。実際に何が起こったかは後半で明かされるけど、スティーヴン・キングは誤解をおそれずにいうと”人情派(人間を信じるというか)”で、人間の愛や知恵や純粋さを重んじる人だと思うので、誰が犯人か(あるいは事故か)とかどういうトリックか、という点がポイントではないのです。

これは母と娘(ともう一人の女性)の愛の物語なんだな。スティーヴン・キングなんでこんなに女心がわかるんだろう…脚本家がいい仕事したのかな。

これは見る前の人には言わないほうがいいのかもしれないけど、「ラストナイト・イン・ソーホー」と比較して見ても面白いと思います。

地味だけど名作でした。

黙秘(字幕版)

黙秘(字幕版)

  • キャシー・ベイツ
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ベルナルド・ベルトリッチ監督「魅せられて」3368本目

これも淀川長治氏ご推薦。ベルトリッチ作品も見てないのがたくさんある。解説を見てこれは「ドリーマーズ」みたいな作品かと思ったら、舞台となっているトスカーナの風景がゆったりとして素敵な雰囲気の中で、マリファナなど回しながら、親世代の人たちと主人公世代の人たちが、なんとなくみんな解放されていく。というゆるやかな作品でした。

リヴ・タイラーがとても清潔で初々しい。ジェレミー・アイアンズは上品で知的なおじさまイメージだけど、この作品では弱さも見せる。もしかしてあの白髪の大柄な男がジャン・マレーか。目力が強くて、それほど弱ってるように見えないけど、この映画の公開の2年後に亡くなってしまった。リヴ・タイラーの周囲に同世代の男性が何人も現れて(親世代もだが)、どいつもこいつも彼女を狙ってるんだけど、彼女は酒やマリファナや雰囲気に流されたりせず、自分を愛し続けてくれる男を見つけて、おまけに自分の本当の父親も見つけて、愛と死と世代交代をトスカーナの美しい山々が包みこむという作品なのでした。

 

ジョセフ・L・マンキーウィッツ監督「三人の妻への手紙」3367本目

映画「MANK」のヘンリーは兄。こちらは「イヴの総て」の監督・脚本のジョセフが同様に監督と脚本家を担当しています。

「淀川長治映画1000」って本を読んでしまって、面白そうな作品名を片っ端からメモってしまって…(KINENOTEにすでに450本も「見たい」登録してるのに)これもその中の1本です。

この作品は、なかなか裕福そうな3人の妻たちが、これから子どもたちの引率で日帰りクルーズに出かけようというところから始まります。それぞれ夫と今夜の予定など他愛ない話をして出かけますが、クルーズ出航の集合場所に郵便配達人がやってきて、3人に渡した手紙には、参加できなかった共通の友人アディからの衝撃的な手紙。それには「今日これから、あなたがたのご主人の一人と駆け落ちします」と書かれていた……。

ツカミは完璧ですよね。この時代の白黒映画らしく、セリフが多くて話はどんどん進んでいきます。ナレーションがこのアディ自身なのですが、どうも彼女は姿を現さないようです。(「レベッカ」みたい)

回想シーンではこの3組の夫婦がレストランで談笑していて、夫たちはみなアディのことを気が利いたできた女だとほめちぎります。また、彼女の夫はある日失踪したことも語られます。

そんなことを思い出しながら、子どもたちの世話は上の空の3人…。(そりゃそうだ)

3人の妻のうち一人は貧しい家の出身で、別の妻の家の家政婦と幼なじみ。かなりの手練れで、かなり年上の富豪をのせてその気にさせた過去がある。彼はアディが本命だったが、押したり引いたりして自分のほうへ引っ張っていった。

一人は夫が教師、妻のほうがラジオドラマ(メロドラマ)のライターで収入に格差がある。商業主義のプロデューサーのことを夫は不快に思っている。

クルーズから戻って、その夜は夫婦3組のディナー。一人の夫が帰ってこないため、(彼だったのか…)という空気になるが、実は…。

ツカミは最高だったけど、その後は過去エピソードを順番に羅列→割とさらっと結末へと流れて、もう一山足りない感じもしましたね。でも同じテーマで現代バージョンがUSでも日本でも作れそうないいネタです。テレビの長尺ドラマとかでもいいので、やってみてくれたらいいのになぁ。3人の妻に誰をキャスティングするかとか、想像するだけでも楽しそう。

三人の妻への手紙(字幕版)

 

 

市川崑監督「女王蜂」3366本目

見損ねてたので見てみる。つい同じ監督や同じ俳優の作品をぶっ続けに見てしまうけど、あれこれ混ぜて見ないとなんとなく息詰まってくるし。

石坂浩二が若くて実にイケメン、岸恵子はまだ若い。中井貴恵がすごく初々しい。でもそれ以外の出演者もすごく懐かしい人ばかり。高峰三枝子(横溝といえば)、司葉子、小林昭二、伴淳三郎、中島久之、佐々木剛、石田信之、坂口良子や白石加代子まで出てる。でも何より嬉しいのは、沖雅也の姿が見られること。ひょうひょうとした自然体の美形という、彼らしいチャーミングな役柄です。出番が少ないのが残念だけど…。

謎解きの妙を楽しめるわけではなく、動機もありそうなものだったけど、いつもの黒っぽい日本の旧家の雰囲気に浸ることはできました。

女王蜂

女王蜂

  • 石坂浩二
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ヴィム・ヴェンダース監督「さすらい」3365本目

冒頭の音楽が、ライ・クーダーみたいなスライドギターになってる。(クレジットの隅々まで見たけど名前はナシ。まだ監督とミュージシャンは出会ってないのかも)それ以外も、ガラガラな一本道をトラックで走りながら、ずっとアメリカっぽい音楽が流れてる。広々として屈託がない。

「まわり道」と全然違って明るい。ただし画面は白黒に戻ってる。今回のリュディガー・フォーグラーはトラックで映写機を各地に運んで映画会をやる商売をやっていて、自由でちょっと荒っぽい男。彼はたまたま遭遇した、沈みかけてるボートから逃げ出してきた男を拾う。まさにロード・ムービーの王道。

そしてこの作品の最後の最後の場面では、映画館のおばちゃんに「こんな映画ばかり上映するくらいなら、この映画館なんてつぶしてしまえばいいのよ」と、この時代の映画に対する監督の思いをストレートに言わせてる。あまりにも俯瞰的な見方かもしれないけど、ヴェンダース青年がアメリカに行きドイツ国内を旅して、親や生まれた町や通りすがりの人たちを一巡してきて、結論として今のドイツの映画の世界をなんとかせねばと思い立つまでの変遷だ、と思ってしまった。このあと監督は、女たちへの思いや取り返しのつかない罪や、それらを包み込むものや、誰にも汚せない純粋な美しさを作品にしていくのだ。いい旅だったんじゃないかなぁ?(あくまでも自分の妄想に基づいて言ってるけど)

エドガー・ライト監督「スパークス・ブラザーズ」3364本目

「アネット」に続いてこれも初日に見てきました。でも劇場の観客はパラパラ。あっちはアダム・ドライバーやマリオン・コティヤールが出てるし、カンヌで受賞してるし、上映館が少ないのでけっこう埋まってたけど、こっちは人気のあるバンドでも難しい音楽ドキュメンタリーをTOHOシネマズ六本木に見に行ったんだもんなぁ。

アネットの方に書いたように私は40年を超えるスパークスのファンなんだけど、彼らの両親や小さいころの写真なんて見たことなかったし、いくらカリフォルニア出身だと聞いてもピンとこなかったのが、この映画を見ていたら彼らが毎日通ってるカフェとか自宅の雰囲気とかがいかにもおおらかなカリフォルニアらしくて、やっと納得できたような気もします。

過去の全アルバムの全曲を演奏するという無茶なライブは、すべて無料で全世界にライブ配信されたのを夜更かし(早起き?)して全部見たしCDも全部持ってるけど、ちゃんと聞きこんでないものもある。ライト監督、BECKやレッチリのフリーやジェイソン・シュワルツマンが熱く語るのを見てたら、CD全部引っ張り出して、正座して歌詞カード見ながら全アルバム聞き直すべきじゃないかと、なんとなく反省してしまった。

彼らの何より素晴らしいところは、良いと思う音楽を愚直に作り続けている点だ。音楽が変わっていくこともファンが去っていくことも恐れないのが偉大なのだ。Dommuneで開催された関連イベント(面白かった)では、岸野雄一やかとうけんそうといった老舗のファンより、若い「みの」氏(シアトルで生まれ育っらしい)が言った「彼らは比較的新しい世代のユダヤ移民の子という点が大きな特徴なんじゃないか」というポイントが印象的でした。「家族でよく映画に行ったけど、親があまり気にしない人だったので映画の途中から見ることも多く、見逃した部分を想像することで映画作りに興味をもった」とロンが話してたのも印象的で、子どものユニークな部分を自由に伸ばそうとするユダヤ家庭に育ったことは、彼らが誰にも似ない独自の音楽を追求する基礎になったのかもな、と思いました。

いいと思った監督がいれば今誰も見てなくても大昔までたどって作品を追っかけるし、全然違う分野になんども転職したり早期退職したことをまったく後悔してない、”スクールカースト”なんて妄想だと思うけど強いていえば自分は「圏外」だ。…そんな私なので、彼らの生き方に勝手に共鳴してしまうところがあるのかもしれません。

渋谷クラブ・クアトロのライブ(たしか2018年)にはライト監督がカメラ持ってきてるって聞いてたので、私映るかも~なんて思って見ましたが、全然映ってませんでした(後ろの方にいたので)。

ヴィム・ヴェンダース監督「まわり道」3363本目

3部作の2つ目。

これがデビュー作のナスターシャ・キンスキーは、当時14歳。まだ女性になりきれてない少女で、少年と言われたらそうかと思いそうなくらい。でも目力がすごい。これはクラウス・キンスキーから受け継いだ目だなぁ。初めてパパの方を見たとき、どうやってこの野獣から美女が生まれたのかと思ったけど、ごつい骨格でなく女性らしい卵型の顔に造作を載せるとこうなるんだろうか。(まさか!?)

ウィルヘルムがすれ違う電車の中に見つけた女性は、マリア・ブラウンを演じたハンナ・シグラか…。あの作品では、ちょっと天然な感じのおっとりとした女性だったと思うけど、この作品では落ち着いた大人の女性って感じだ。

「都会のアリス」は母と子が離れ離れになっていて、家は見つからない…という状況のせいでちょっと心配しながら見ていたけど、この作品は大人ばかり(ナスターシャ・キンスキーは14歳だけど大人の一人みたいに振舞ってる)だからか、ファスビンダー作品みたいに不穏な音楽がずっと流れていて人も死ぬのに、気楽に見ていられる。

列車のボックス席に居合わせた者どうしで、なんとなく仲良くなって、一緒に食堂車へ行ったり…そういう「旅」らしい体験を懐かしく思いながら見ていると、ふと気づいた。この映画って、同じツアーの参加者どうしで、ホテルのラウンジでくつろいだり、だらだらと自由時間に観光名所の周囲を歩いてたりするのと似てるんだ。あっちの人と話したり、こっちの人と話したり。日常を離れた時間をゆるやかに共有するものどうし、その時間だけ知り合いでいる。だから懐かしいんだ。海外のツアーとかで期間が長いと、そのうち、普段は話さないようなことも無責任に話してしまうことがある。ツアーってなんとなくダサいと思ってる人多いと思うけど、パッケージツアーのロードムービーも面白いかも?みんな好々爺みたいな顔をしてるけど、全員訳あり、とか。

この映画は全面的に不穏なんだけど、なぜか見ていてちっとも暗い気持ちにならない。ウィルヘルムなり監督なり一人のドイツ人男性が、第二次大戦後に自分たちが背負った重い重い十字架を常に意識しつつ、前を向くためには、こういう形で吐き出すことも必要なのかな、とか思いながら見たのでした。