映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ヴィム・ヴェンダース監督「PERFECT DAYS」3720本目

(ネタバレあるかもです)

私の家の近くにもこのプロジェクトの公共トイレがあります。きれいでいいんだけど、用を足す勇気が全然出ない・・・。トイレという名のアートとして楽しんでいます、では、だめかな。

役所広司とヴィム・ヴェンダース監督だし、すでに最優秀男優賞を受賞済なので期待で胸がパンパンです。と同時にどことなく、見る前からジム・ジャームッシュ監督「パターソン」とイメージが重なっています。何もない日常のすばらしさ。あの映画にも、バス運転手のアダム・ドライバーが元軍人だったりと、平和の裏側に過去があったな)

と同時に、一人で暮らす役所広司が「うなぎ」の主人公、以前犯罪を犯した男と重なってしまう。たくさん映画を見ると、あれこれ蓄積してしまって、まっさらな心で見られなくなりますね。。。

この作品のなかの平山は、全然わびしくありません。どこかに生えていた木の芽を愛でて育て、木洩れ日に目を細め、踊るホームレス田中泯と目くばせをしあう。仕事には打ち込み、終わったら風呂ですっきりとして、元気な兄ちゃんのいる店で飯を食ってチューハイを一杯飲む。週末には歌のうまい女将のいる店に行く。恋の気配すらある。いいじゃないか。むしろ理想的だ。だからこの映画のタイトルは「Perfect days」なのだ。

このミニマルを極めたような生活は、派手でにぎやかな生活にまみれている人たちの憧れだし、ヨーロッパの人が憧れる日本だ。わびさびだ、禅だ。カセットでアルバム新作が売られていた時期は日本では短かかったと思うので、アートっぽいロックをカセットで持ってるのは違和感あるよな。(ヨーロッパでは1990年代でも全部カセットで売られてけど)平山も彼の音楽コレクションも好きだけど、ああいう音楽を聞いていた私や友達は、日本好きの外国人みたいに村上春樹とか読んでたし海外のミュージシャンの来日公演に行ってたし「ベルリン天使の詩」とか見ていた。なんか、ヴェンダース監督の愛は小津安二郎にも役所広司にも届いてるけど、平山は本当はルー・リードは聴かない人だと思う。聴かないほうがカッコいいんだよ、と日本人の私は思うんだよな。

石川さゆり、良かったですよね。その辺の小料理屋の女将にしては歌がうますぎるけど、いい具合に場末感も出てた。

それに「Perfect days」っていう曲はとてもさびしげな曲だ。歌詞を見てみたら、パーフェクトな一日は過去にいろいろあった人の、うたかたな幸せみたいだ。そう考えるにつけ、やっぱりこれは「しあわせな映画」ではないんだなと思う。

・・・いろいろ連想してきたけど、本当に最初に思ったのは「自分のことみたいだ」ということ。会社を辞めてから(バイトのようなことはずっとやっているけど)、猫を膝にのせてうとうとしてる時間とか、プールで泳いだあとに公園の樹の下で横になっているときとか、幸せってこういうことを言うのかなと思ったりする。子どもの成長とかプロジェクトの成功とか、ほかにも「幸せ」はあるんだろうけど、自分にはもうそういう幸せはないから、今あるものの中に楽しみを見つける。映画をたくさん見て感想を書いてる人の中には、定年退職してそんな気持ちをしみじみとかみしめてる人も多いんじゃないかな?みなさんこの映画を見てしみじみと共感するんだろうか?私は、共感する部分もあるけど、身近に感じる分、違和感もありました。

「女将の元夫」が登場したあたりのことをあまりよく覚えてなくて、その後最後の場面(平山が運転しながら最初は笑い、やがて涙を流す)へ続く大事なシーケンスがちゃんと理解できていません。何度か見て、もっとよくこの映画のことを知らなければ。

TOKYO TOILETプロジェクトのトイレの清掃員は、本当にあれと同じ青いユニフォームを着ていて、本物の清掃員のインタビューが「しぶや区ニュース」の2023年12月15日号に載っていたんだけど、平山みたいにプロ意識にあふれたカッコいい職人さんたちでした。(この情報でググればネットで見つかるのでよかったらご覧ください。でも、読んだら、この映画自体が渋谷区のプロジェクトのように思えてくるかも)