映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

フリッツ・ラング監督「飾窓の女」2520本目

フリッツ・ラングの映画は全部サスペンスで、かつ、血みどろとか幽霊とかゾンビとかは出てこないので、退屈でしょうがない祝日に見るにはうってつけです。(私は幸か不幸か、結末を知ったうえで見始めました。以下ネタバレあり、です)

犯罪心理学が専門の中年の大学教授は、妻子が旅行に出て一人の夜、紳士クラブで友人たちに堅物だとからかわれて、ちょっと面白くない。前から気になっていたウィンドウの肖像画を眺めていたら、モデルになった美しい女性が現れて、柄にもなく彼女の誘いにのってしまう。ここまではともかくだ、彼女の情婦が帰宅して「誰を連れ込んでるんだ!」と怒る。教授の首をしめる。たまたま落ちていた鋭いハサミを彼女が教授に渡す。教授が男を刺す!…こんな血の気の多い男と暮らしてたら、帰ってきそうな時間に通りすがりの男を家に入れるか?ふつう、いきなり首をしめるか?ふつう、ハサミ渡すか?…このあたりの飛躍で、これは女が情婦を殺させるために仕組んだ罠だろうか、あるいは遊び慣れてない教授の妄想?刺しどころによってはハサミで即死はしなさそうだけど、そうかこの教授は法医学じゃなくて心理学の専門だからわからないのかー、などと思ったりします。

「マルホランド・ドライブ」だって夢オチといえば夢オチなわけで、この映画も夢の中で犯罪心理学の教授の妄想がストッパーなしに暴走したらどこへ向かうか?を描きたかったのかも。夢の中では必ず大事な試験や会議に遅刻しそうになって、なんとか埋め合わせようとすればするほど事態は悪いほうへ…っていう。それに、女と教授との出会い~殺人に至るシーケンスに必然性がなさすぎることと、この映画が夢オチであるこことはリンクしてるんじゃないか。夢オチにするつもりでなければ、フリッツ・ラングのことだから、殺人の動機をもっと丁寧に作りこんだんじゃないか…。なんて思ったりして。

最後の最後に、紳士クラブの受付の男に「君が無事で本当によかった」って教授は言います。夢の中では彼が殺された男で、ベルボーイが恐喝者役だったから。そもそも、こんな事件に巻き込まれるというのは、堅物の教授が若い美女(絵だけど)に惹かれたといううしろめたさが起こさせた妄想(cf「アイズ・ワイド・シャットとか)なんだよな。しかも、夢の中の登場人物は、全員この当日の早い時間に会った人たちだったという、世界の狭い大学教授なのでした。

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ヘルマン・クラル 監督「ミュージック・クバーナ」2519本目

最初の「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」と「アディオス」の間に撮られた映画。この間にコンパイ・セグンドをはじめとするメンバーの数名が亡くなっています。この映画はピオ・レイヴァと彼のThe Sons Of Cubaバンドを中心に、ドラマ仕立てになっています。このバンドは若い女性ラッパーもいたりして、新しい音楽や新しいメンバーも取り入れた新旧ハイブリッドバンドです。

2004年の映画なのに、車だけじゃなくてラジオが信じられないくらい古い。戦後って感じ。最後に来日公演の映像がけっこう入ってます。2003年2月に「東京キネマ倶楽部」というキャバレーを改装したかなり広いライブハウスで開催されたらしい。司会は見たことあると思ったら、よしもと芸人の石田靖だ。彼がラテンマニアであるというような情報も見つからず、ただ単に「なぜ彼が司会か謎」という記事だけがヒットする不思議。このときの公演に行けたらよかったけど、ハバナでエリアデス・オチョアやバルバリート・トーレス見られたからいいか。

常に忙しい人でいっぱいの東京(今は静かだけど)とは、人も空気も時間の流れも違う。どこにも行けない今こそ、こういう映画を見て、ハバナの海岸で潮風で髪をバッサバサにされながら、クラシックなオープンカーでパラパラと流してるような気分になるのが良いと思います!

 

ニルス・タヴェルニエ 監督「シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢」2518本目

ここ数年のうちにSNSに流れてきたネタのうち、二大背筋が寒くなったのが、ヘンリー・ダーガーによる「ヴィヴィアン・ガールズ」と、このシュヴァルの理想宮の2つのアウトサイダー・アートでした。建築物好きなので、一人でコツコツとんでもないものを建てたって話は大好物なのですが、シュヴァルさんに勝る人はなかなかいないと思います。

あまり自己主張が強くなさそうな彼の二番目の妻、を演じてるのはレティシア・カスタ。「パリの恋人たち」では、ゴダール的な優柔不断男を翻弄する大人の女でしたね!彼女にしろエマニュエル・セニエにしろ、フランスの女優さんの幅の広さ、すばらしいです。

冒頭でシュヴァルがアンコールワットの写真が載った本に見入ってる場面があります。この時期フランスがカンボジアを保護あるいは占領してたからかな。といっても郵便配達人のシュヴァルにとっては、カンボジアがどのくらい遠いかを想像することすら難しかったでしょう。彼は一生パリにを訪れることもなかったろう。すべては妄想力の産物ですよね。浮世絵に描かれた象とか、ロシア人が想像した南海の奇獣チェブラーシカとか…(関係ないか)関係はないけど、こういう憧れが高じた珍品ってほんとにロマンがあって人間って素晴らしい力を秘めてるんだなと思います。どう転んでも偉人ではなく奇人だけど。

と、彼について語るのはこれくらいにして、この映画そのものについてですが、奇人というより寡黙で何を考えてるかわかりにくい男という感じですね。奥さんが二人も来てくれたし、子どもたちは普通に育ってるみたいなので、ぱっと見まともで普通に生活できる常識も持っていたのでしょう。石を積んではモルタルで固めることばかりやってたようだけど、実際のところ、日曜大工のお父さんみたいな感じだったのかな。所ジョージが秘密基地を作っても奇人とは言われないけど、郵便配達人だからキテレツなのか。

彼が不思議な形の石と出会ってから、ほぼ完成形の宮殿ができあがるまでの間、10年以上がすっぽり抜けてるんだけど、これはおそらく、実際のシュヴァルの宮殿で撮影を行ったという事情によるものだろうな。これセットで組むには難易度が高すぎてコストが想像もつかない。

唯一気になったのは、日本のテレビドラマみたいに、フランスの田舎のノスタルジックな名画みたいに、感傷的な気持ちをうながす音楽のつけ方かな…。シュヴァルを何が何でも「奇妙キテレツ」ではない、ちょっと変わった普通の人。この映画を感動的な物語、と位置づけようとする方向性が目立ちすぎてるように感じられました。

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「シークレット・スーパースター」2517本目

アーミル・カーンがめっちゃしょうもないヨゴレ役!

インドではヒンドゥ教8割に対し、イスラム教徒は13%程度というマイノリティです。この間調べて、インドの三大カーンのうちアーミルとシャー・ルクはムスリムだと知って改めて見てみると、そうかインドのムスリムはサウジアラビアに働きに出たりするんだ、とか、そうは言っても黒いブルカを着てるインドの人ってあんまり見たことないな、大人の女性でも普段はアラビア半島の人ほどガードの堅い服装ではなさそうだなーとか、新しい気づきがあります。

<以下ネタバレあり>

この映画の結末はそうとう勇気のある結末。かなり思い切った映画でも、 少なくとも表面的には親を立ててコミュニティから外れないように暮らしていく、っていう結論になるのが多いのに、気弱で優しいお母さんまさかの離婚へ!これを見たインドの、あるいは近隣の国々のムスリムの人たちは何を思うだろう。特にお父さんたちは。こんな思い切った映画を製作できるのはやっぱり、あのアーミル・カーンだからですよね。

インド映画の大作には、つまらないものは一つもないんじゃないだろうか?ボリウッドと呼ばれる進んだ映画の集積地・消費地で多数作られているうち、日本に入ってくるのはかなり絞られてるだろうし。

三大カーン、誰か大統領にならないかなぁ。そしたらパラダイムシフトがとうとう起こって、インドが一皮むけた本当にすごい先進国になるのに。(断言)

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アルベール・デュポンテル 監督「天国でまた会おう」2516本目

フランス的というのか、緊張感のある一挙手一投足や、フィーリング?でどんどん筋が進む感じに最初は完全に置いていかれてしまいましたが、二回見たらほとんど理解できた気がします。戦争の場面から始まるけど、ミシェル・ゴンドレーとか、そういうアート色の強い映画だと思って見れば後半の理解が進みます。

「BPM」の主役だったナウエル・ペレーズ・ビスカヤート が演じる繊細なエドゥアールがなんとも切ないです。彼が描くイラスト、相棒の女の子(何者だったんだろう)の作るカラフルな仮面がこの映画を半分、人形劇にしています。彼の感情は、仮面が語る。

見終えた後で心に残るのは、戦争に取りつかれた軍人たちの終戦間近の異常さ、ですかね…。最後の最後にまた思い出すような構成なんですもん。爆撃を間近に受けたときからエドゥアールは少しずつあの世へ向かって生き始めてたんだろうか。美しくて悲しい絵本みたいな作品でした。

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デヴィッド・ゴードン・グリーン 監督「ボストン ストロング ダメな僕だから英雄になれた」2515本目

ジェイク・ギレンホールが主演だけど、今度は時系列がゆがんだりアルターエゴが出てきたりしないのね。宇宙人も出ないのね。(すごい先入観を持ってる、いい意味で)(どんな意味だ)

普通にいい映画だった。傷ついたことでヒーロー扱いされた気弱な男の、成長の物語。第二次大戦後の日本で軍神と呼ばれた人と、少しかもしれないけど共通点もある。気づいたら両脚がなかったときの驚きは、想像することもできないけど、こういう映画があるおかげで立ち直れる、がんばれる人もいるんだと思う。出演者たちがすごく、普通の人っぽくて、いろいろあるけど前向きに生きているのが救いでした。

なにしろ実話だからなぁ。ボストンマラソンの、このジェフ・ボーマンの写真も、それがフェイクだという噂も見ました。この事件の直後のニューヨークマラソン開催時にニューヨークにいて、またこういうことが起こったらと思ってすごくビクビクしてたのを覚えてます。今は障害のある人を語るとき、どういういきさつでそうなったかを根ほり葉ほり聞くような物見遊山なジャーナリズムが減って、今とこれからのことを語ることが多くなったことに、私としてはほっとしています。

 

ジャック・タルディ監督「アヴリルと奇妙な世界」2514本目

「タンタン」みたいな、線画に色を乗せたフレンチコミックをアニメ化したような映像。フレンチアニメと言われたら想像するような。すごく単純化された絵なんだけど、大人が見る風刺画みたいにリアリティがあります。そしてストーリーもなかなか緊迫。ルパン三世みたいにスリリングな展開です。

大きくなったアヴリルは知的でちょっとガサツな雰囲気の女性。マリオン・コティヤールってすごく女っぽい役をやる人なのでイメージと違うんだけど、声はぴったりです。意外。

アニメに味があって面白いんだけど、キャラクターの見た目が地味すぎて入り込めないですね。ストーリーも、悪くないけどちょっとメリハリが足りなくて、地味なジュブナイル小説という風でした。

アヴリルと奇妙な世界(字幕版)

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