映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ジョージ・キューカー監督「アダム氏とマダム」2664本目

スペンサー・トレイシーとキャサリン・ヘップバーンが夫婦で2人とも弁護士。

妻が夫の浮気現場に押し入って発砲した事件の妻と夫をそれぞれ弁護することになってしまい…というコメディ。

いつもマッサージしあってて、仲のよさげな夫婦なんだけど、夫婦対決を法廷でやっちゃっては、それを家庭に持ち込むなというほうが無理…。めっちゃ気丈なキャサリンが家ではめそめそ泣いたり、泣いてもめげなかったりするのがコメディの王道的。

加害者の女性は子どもっぽい喋り方をするし、銃を撃ったときは「脅し」といって目をつぶって撃ちまくったという有様だったけど、法廷に「女性代表」?として呼ばれた女史(死語?)たちはそうそうたる肩書の才女や、男性を片手で持ち上げる怪力女性。裁判に勝つために手段を問わないキャサリンにスペンサーはとうとうブチ切れて家を出ます。

それでも一歩も引かないキャサリン。浮気するのが男なら許される世の中のおかしさを、見事なスピーチで訴えていきます。

この映画、カメラワークが愉快なんだよな…。怪力女に持ち上げられたスペンサーの視点で見下ろしたり。向かいの部屋に住んでいる男と浮気してると誤解されて大喧嘩を始めたあとで、バタン‼とドアを閉めてあと、ドンガラガッシャン(死語)と音だけ聞こえるアパートの廊下をカメラが動き回ったり。

演技派かと思ったら「ウソ泣きの天才」だったスペンサー・トレイシー弁護士!っていう最後のオチも可笑しい。あれだけ妻に法廷でしてやられて、腹は立つけど卑屈にならないのは、夫のほうに自信があるからだな。これほど強い女に好き放題やらせる男の懐の深さにほれそうになった作品でした…。

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J.A.バヨナ監督「ジュラシック・ワールド/炎の王国」2663本目

うん、これは良かった。この映画を見るのに、「永遠のこどもたち」「怪物はささやく」から来る人って多分珍しいほうだろうな。(もっと言うとプロデューサーのペドロ・アルモドバルから来たんだけど)その順番で見たからこそ、「怪物はささやく」の次の作品だと実感できるのです。この世界に命を与えられてまだ戸惑っている繊細な生き物たちとしての、恐竜たちと子ども(メイジー)の生命が、監督のこれまでの作品の中の弱きものたちと同様、愛しく思えます。

琥珀の中のDNAから再生させた恐竜たちの、科学の面白さや動物としての魅力や怖さ、自分たちが感じる恐怖、といったことに目が行きがちだった最初のジュラシック・パークからみて、制作者たちも成熟してきたのだ、きっと。生命の不思議さ、大切さ、失わて行くものの美しさ、といったところを細やかにすくいあげられるバヨナ監督は、この時点でのこの作品にまさにぴったりだったんじゃないかと思います。

バヨナ監督でなければ見なかった作品です。新しい出会いに感謝。

ジュラシック・ワールド/炎の王国 (字幕版)

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アンドレア・パラオロ 監督「ともしび」2662本目

2001年の「スパイ・ゲーム」ではセクシーな中年女性を演じたシャーロット・ランプリングの2017年の作品。作品の趣旨として彼女は老女を演じています。この年齢の女性の16年間は長い。(まもなく我が身だ)

いつも通っているスポーツクラブで水泳後にシャワーを浴びる場面で、彼女はためらいもなくヌードを披露しています。彼女のヌードは「愛の嵐」に始まり、2003年の「スイミング・プール」でもちゃんと男性を誘惑することに成功していた。彼女の大部分は映画の中に記録されてる。

どんなときも凛としているのが彼女の役どころだと思ってたけど、この映画で初めて不安や不安定を演じて見せる。不安定なのは、ずっと一緒だった夫がいないから。英語が母語の彼女が暮らしているのはフランス語圏のベルギーだから。

ストーリーは、他の人の感想をたくさん読んでやっとわかってきて、2回目に見てやっと監督の趣旨が少し見えてきた。ある日警察に老夫婦が呼び出されて、夫はそのまま収監される。帰る妻は一人。妻は淡々と同じ日常を過ごそうとするけど、”被害にあった少年の母”が家に押しかけてくる。孫に何かしでかした過去があるのか、息子からは「もう他人だ」と拒絶される。天井の雨漏りを直そうとして箪笥を動かしたら、裏から”写真の入った封筒”が出てくる。スポーツクラブの会員証は期限切れ。奇矯な声を出させる演技教室?では、セリフを語ったり本を音読したりするんだけど、それがどれも彼女の深層の気持ちを表したような言葉になってる。逆にいうと彼女自身のことは、そういう言葉でしか語られない。

愛犬を人に譲り、演技教室を途中で退室して、駅に向かう。(カメラはその間彼女を後ろからリアルタイムで追い続ける)プラットフォームで電車を待つ彼女の体が少し震えていて、電車に飛び込むんじゃないかという緊迫感がある。でもいつものように電車に乗り込み、発車したところで映画は終わるのです。

追い詰められているけど、死ななかった。という映画。この後のことを考えると、だんだん生気を失くしていく彼女が、そのまま毎日を過ごしていくんだろうなと思う。

場所が警察や収容所だということや、どうやら家政婦として別の家に通っているらしいことが、外国なのでわからなくて理解の妨げになってる。ただでも説明ナシのわかりにくい映画なのに。でも見え始めてくると、硬質で乾いた映画という良さが浮かび上がってくる。私は、この監督の作品もっと見てみたいなと思いました。 

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ウィリアム・ディターレ 監督「キスメット」2661本目

舞台はイラクのバグダッド。イラク人って実際はどんな風貌なんだろう。ググってみたらアラブ系なのは当然だけど、かなり濃い系でアメリカの俳優ではちょっと物足りない気もしますね。キスメットというのは登場人物の名前かと思ったら違うみたいだ。またググったら、「アラーの意思」という意味のトルコ語ですって?

メドゥーサみたいな頭のマレーネ・ディートリッヒ様のお名前はキスメットじゃなくてジャミラ。ウルトラ怪獣で有名な名前ですが、語源はこの映画じゃなくてアルジェリアの活動家の名前だそうです(その人も女性)。御年43歳にしてこの美しさ、若々しさ、すごすぎる。そしてこのけだるい歌声。

とはいっても若い王子とのロマンス(王の庭師の子だと思い込んでるけど)にときめくのは ジョイ・ペイジという可憐な黒髪の女優さん。インド入ってないかな?

ストーリーはじつに他愛なく、アラビアン・ナイト風のきらびやかな建物も衣装も美しい娯楽映画です。乞食の王と自称する男が本物の王と勘違いされたり、本物の王子が庭師の息子を偽って美女とロマンチックなひとときを過ごしたり(それが本当に妃になるというハッピーエンド)。

1940年の技術を駆使した特撮のマジックも楽しいです。この映画、当時日本で見たらそうとうときめいただろうな。

「Remember yahoo?(「野暮天」だろ、覚えてるか?)」って会話が何度も出てきます。舞台はバグダッドなのに、これってアメリカ南部のスラングなんですって?そのたびに「ええもちろん知ってますよヤフー」って答えたくなってしまう!

キスメット [DVD]

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マイケル・ロバーツ 監督「マノロ・ブラニク トカゲに靴を作った少年」2660本目

ファッション系のドキュメンタリーは好きだなぁ。すばらしく美しいものと、美に取りつかれた人たちが繰り広げる非現実的な世界を垣間見ることができて。(ファッション=非現実だと思ってユニクロとか着て暮らしてる私ですが)

マノロ・ブラニクってなんとなく聞いたことがあるくらいで、靴といえばフェラガモかルブタンくらいしか知らなかった。このドキュメンタリーを見て、履けるものなら履いてみたいなぁと思う。妖精が履く靴みたいに優美で繊細だけど、歩きやすいと答えてるモデルもいた。外反母趾のひどい私には履けないかもしれないけど…。

人当たりが良いけど人付き合いに一切妥協できない孤独な人だと、自分でも言ってる。性について語っている内容からすると「アセクシャル」なのかもしれないと思う。孤独は不幸なことだけど、他にも不幸なことはある。彼は自分が持たないものを羨んだりするより自分の持っているものを愛でて自分の世界に浸り続けようとしている。映画の中で「彼は唯一無二のデザイナーだ」と言ってる人がいた。マノロ・ブラニクっていうブランドは、彼を失ったら新しいデザイナーを雇ってブランドを維持したりしないんじゃないかな。膨大な数のデザインの靴が既に出ているから、50年や100年はそれを作って売り続ければいい気がするけど、それじゃダメなのかな…。

お金があったらどこまで旅行できるか考える人生だったけど、自分や自分の周囲のものを、美しくする対象として考え始めてみようかと思ったりする(30年前にそう思えよ、って言われそうだけど)今日このごろ…。

20-21世紀の偉大なる3人のスペイン人の一人なんですって。(ロンドンとNYにしか店はないけど)残りの二人は、ピカソとペドロ・アルモドバルらしい!

マノロ・ブラニク トカゲに靴を作った少年

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ジョージ・A・ロメロ 監督「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド」2659本目

「カメ止め」も「デッド・ドント・ダイ」も「新感染」も、ほかにもいろいろ見たけど、ゾンビ映画の初期の名作はほとんど見てなかったので、借りてみることにしました。(世界初のゾンビ映画「恐怖城(ホワイトゾンビ)」も見てみたい!ベラ・ルゴシ出てるらしいよ!)

さてこの作品ですが、なんか上品ですね。墓地に突然現れてお兄ちゃんを襲うゾンビと思われるロマンスグレー(っていうのか!?)の男性は、まだぜんぜん腐ってなくてキレイです。どっちかというとフランケンシュタインみたい。逃げ込んだ家には剥製がたくさんあるんだけど、そのうち剥製とか毛皮とかもゾンビとしてよみがえって着てる人とかを襲うゾンビ映画なんかも出てくるのかな…(もし既にあったらスミマセン)

家の中で見つけた死体、逃げ込んでくる黒人男性のどアップなど、なかなか緊迫感のある画面ですね。ゾンビさんたちはナイフで殺せば死にます。(しばらくは。)頭を落とさなくても。数が多いのが困るけど、わりとどの人も弱い。たいがいの死体は蘇りません。なので、映画は民家に逃げ込んだ人たちの人間ドラマのような様相になっていきます。そして原因は放射線物質を積んだまま破壊された金星探査衛星と関係があるといいます。面白い。

ゾンビにやられた人が復活するのにかなり時間がかかるのが新鮮です。「やられてないかも」という油断を与えてくれるんですよね。ただゾンビって呼ばないでグールって呼んでますね。

「デッド・ドント・ダイ」では「え~い、もういいや!」とゾンビの仲間になってしまう人が目立ちましたが、こうなったらゾンビコミュニティが襲ってくる人間と戦う映画とか、さらに応用した作品を作ってほしいと思う。

それにしても、カルトの名作と呼ばれる作品って必ずエンディングにショックがありますよね?最後にビクッとするともう一度見たくなるという…。

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金子修介 監督「ガメラ 大怪獣空中決戦」2658本目

この映画はキネ旬2位になるような作品なのか?

子どもの頃さんざっぱら怪獣映画やヒーロー番組を見まくって、シン・ゴジラにもけっこう感動した私だけど、この映画は1990年代のテレビドラマのように見えます。怪獣の造形は時代時代で技術が変わっていくけど、この映画は1970年代の円谷プロ作品よりすごいと感じない。なんでかというと、置物として見れば見事なんだけど、これは動画だから、空を飛ぶ怪獣にはこう「ふぁさ、ふぁさ」という質感とか、動きの美しさとかがないとダメなの。ガメラは岩みたいな怪獣だしよくできてるなと思うんだけど、ギャオスはゴムのこうもりに糸をつけて引っ張ってるような感じ。

藤谷文子も中山忍も、とても可愛いんだけど、中山忍ってもともと無表情な人なんだよね。こういう美形で無表情の科学者っていそうだけど、そこで推理させる映画じゃないから、何かもう少し変化をつけてほしい。。。これはシン・ゴジラでは市川実日子になっていて、すぐれて現代的でした。藤谷文子の役どころは大昔の「モスラ」のザ・ピーナッツだよね。この映画を最後に、シン・ゴジラにはもうこういう「巫女」は出てこない。逆にニュースキャスターとか自衛隊とかのリアルさは、この映画が最初だったんだろう。シン・ゴジラはすごい作品だと思うけど、大昔の「東映まんがまつり」からシン・ゴジラの間の途中の作品としてきっと重要だったんだろう…。

そして、ギャオス=悪、ガメラ=善という単純すぎる二元対立もなぁ。東宝にはウルトラマンもスーパーマンもいないから、誰かに正義の味方をやらせたいんだろうけど。怪獣どうしなのに。サメは悪くてイルカは良い、的な人間のエゴみたいでイヤだなぁ~

今見るとこの映画は90年代っぽさがマイナスに働いてしまうんだな。ニュースキャスターの髪型の巻きの強さと肩パッド、爆風スランプの電子音。…と思うにつけ、シン・ゴジラ製作チームには過去を払しょくする葛藤があっただろうな、よく頑張ったなと改めて思ってしまうのでした。 

ガメラ 大怪獣空中決戦

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  • 発売日: 2013/11/26
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