映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ベイリー・ウォルシュ 監督「スプリングスティーン&アイ」2951本目

これ実はずっと見たかったんだけど、レンタルにもVODにも一切出てこないので、とうとう買ってしまいました。(英語版だったわ)

ブルース・スプリングスティーンといえば「カセットテープ・ダイアリー」で懐かしく思い出した人も多いかも。この映画は2013年なので、時系列でいうとこっちがずっと古い。これは、「私とスプリングスティーン」という題目でファンがボスを語る動画を集めたもの(スプリングスティーンのライブ映像もある)なので、まさに「カセットテープダイアリー」…と思って、インド系のファンもいるかなと思ったら映りませんでした。

製作総指揮がリドリー・スコット。日本では1日だけしか上映されなかったらしく、その後レンタルもなく販売しかされてないので、見た人少ないだろう。

今見ると彼って、ヒュー・ジャックマンみたいだな。たくましくてイノセントな感じが。悩み、憧れ、愛し、絶望し、ひたすら汗水たらして働く青春の歌を歌い続けていて少しも嘘が感じられない。世界中のどの国にもいる、地に足の着いた男だ。彼は自分だ、彼の歌は自分の歌だ、と思う人たちに愛され続けてる。そういうファンたちの言葉が、なんとも繊細なんだ。なんということのない店や公的施設を3日間定点観測した「ドキュメント72時間」っていうドキュメンタリー番組をよく見るんだけど、いつも最後なんだか泣きそうになる。この作品も、ファンのひとりひとりの人生の一番感じやすい部分を見せてもらったようで泣きそうになってしまった。彼らがずっと、普通に、幸せに、いてくれますように。私もがんばる。

スプリングスティーン & アイ【DVD/日本語字幕付】
 

 

原田眞人 監督「検察側の罪人」2950本目

テレビドラマ的な映画が好きじゃないのでキムタクが出る映画は敬遠しがちだけど、「罪の声」を見た流れでもう1本アマプラいってみます。

二宮和也はともかく、吉高由里子もかつらっぽいボブで出てるなぁ。この役に市川実日子を使わずに吉高由里子をボブにするのがテレビ的。検察官がタワーマンションに住んでるとか、なんか陰で悪いことやってんじゃないかと他の映画なら疑いそうなところだけど、そんな設定になってるのもまたテレビ的。本当っぽさより、一般人が漠然と憧れる世界をかもしだそうとする。細部がなぁ…。

取調室で容疑者を激しく恫喝しつづける二宮検察官。最近「ガキの使い」みたいな、人をバカにして笑う番組が少なくなったけど、正義をたてにして悪そうな人を執拗にいじめるテレビドラマが気になる。立場の強い人が弱い人を威圧しちゃいけないって、教えてもらわなかったんだろうか。

ひとこと言いたい。「最上検事、黙って松倉を殺せば済んだだろうが」…検事ともあろう人がこれほど頭が弱いわけもないのになぁ。

これもまた原作者か監督の、テレビっていう架空の世界のひとつのファンタジーなんだろうけど、私、残虐場面が多い映画より、こういう誤った因果応報を促すかのような映画のほうが良くないと思うんだよなぁ…。

やっぱり見なきゃよかった。。

検察側の罪人

検察側の罪人

  • メディア: Prime Video
 

 

土井裕泰 監督「罪の声」2949本目

<ネタバレあります>

”連休直前、キネ旬ベストテン入りした日本映画を見まくる特集”でもやってるつもりか、私は。

この作品はパッと見、私が苦手なテレビドラマの映画化作品に見えるけど、なんかの記事ですごく面白そうだなと思ってました。

1984~85年の「グリコ森永事件」を「ギンガ萬堂事件」としたのか(違和感あるけどそのうち慣れるだろう)。意外と新しい。私もうその頃上京して大学に行ってるもんな。…てことはバブル景気真っ最中。株価操作と結びつけたのはなるほどです。「ロンドンでいくらでも偽名の口座を作れた」、今でいう電話詐欺みたいな、インテリやくざの考えそうな犯罪だ。犯罪に、子どもの頃とはいえ自分の声が使われたと知るショックは大きいだろうし、掴みは完璧ですね。

でも星野源はテレビのバラエティで自分の声が流れるのを聞かなかったんだろうか。彼の母が結婚した相手がたまたま、昔一緒に学生運動をした仲間っつうのは工夫がなさすぎないか。前半の緊迫感が、ロンドンに飛んだあたりでピークに達してから一気にふぁんふぁんと途切れてしまうなぁ。

新聞記者が、犯人の生き残りに向かって吐き出すように「あなたが子どもたちを殺した」というのは気持ちいいんだろうか。せめて「あなたたち」じゃないのかな。とっくに時効、逃げ続けた男の父親を殺したやつもとっくに死んでいる。少なくとも彼は子どもたちを助けようとしたんだけどね。海外に飛んでも学生運動時代を思うのは確かに「化石」だけど。当たりやすい相手に当たってスッキリするのは、教育的に間違ってるから、ほんとやめてほしい(←八つ当たりされやすいタイプ)

罪の声

罪の声

  • 発売日: 2021/04/23
  • メディア: Prime Video
 

 

 

足立紳監督「喜劇 愛妻物語」2948本目

愛妻物語といえば新藤兼人。映画を集中的に見るようになったばかりの2011年に見てました。あれからもう10年か(10年で3000本弱見たわけだ)。

のっけからダラダラしてるだけの夫と、彼をウザがるだけの妻。…妻、わかるなぁ…誰のせいでこんなに忙しく働いてると思ってんの…(あれ、私こんな男と付き合ったことあったっけ?)思ってもまさか口に出さないようなことを、ぽんぽんためらいなく言うから、なんかちょっとスカっとしてしまう…。水川あさみ、めちゃくちゃハマり役じゃないですか。なんでスカッとするかというと、暴言吐いてても顔がハンニャじゃなくてキレイだからかな。母と息子みたいで。

一方の濱田岳が、またハマり役。まだ若いのに締まらない体つき、優柔不断でいろんなことが苦手。才能はあるみたいなのに、仕事を選んじゃって全然売れない脚本家。きっと監督の自伝的作品か…?(新藤兼人の「愛妻物語」と同じだ、だから同じタイトルなんだな)…「百円の恋」を書いたのか。あの映画は良かったな。(これしか見てないや)

結局のところ、妻は夫に過大な期待をしてるし、自分の一部に厳しくすればうまくいくとでも思ってるみたいに、夫を叱咤、叱咤、ひたすら叱咤しつづける。言いすぎじゃない?って思うところもあるけど、二人+小さい娘と大泣きして、どうしようもなくこの人たちは家族なんだなぁ、ほとんど自分の身体の一部みたいになってるんだよな、と思う。

新藤兼人みたいなストイックさはないけど、怠け者じゃなくてダメな人たちの底力を描ける、いい脚本家なんじゃないかなぁ?

喜劇 愛妻物語

喜劇 愛妻物語

  • 発売日: 2020/12/26
  • メディア: Prime Video
 

 

河瀨直美監督「朝が来る」2947本目

<ネタバレあり>

去年10月の公開、およそ半年を経てVODで見ました。原作は辻村深月。

子どもを持つことを望んでいる夫婦のどちらかの生殖器官が子どもを作れないことがわかったときに、作れないほうが「離婚も考えてくれ」って言ったり、「いいよ」って言われて泣く。それって、子どもがホモセクシュアルだったら、孫の顔を見せられないって言って親に泣いて謝るべきっていう価値観なのかな。結婚ってみんな、子どもを作るために、あるいは子どもを作る前提でするの?どんな人間にも、100%働いていない器官が一つくらいはあるかもしれないのに、なんて楽観的なんだ。 

養子をもらうことは、身体をいためて産む子どもの代わりを見つけることじゃない。実子だって予想できない性格や能力を持っているかもしれないし、特別養子縁組をして戸籍に入れて育てるとしても、子どもは誰にとっても授かりもので、誰かのものになるわけじゃない。一緒にいられる時間は神様からの授かりものだから、感謝して一緒に過ごさせてもらう、ということしかないと思う。

…この映画を最後まで見る上で、その辺を乗り越えるのがハードルになる人は少ないのかな。

ひかりは友達の借金の肩代わりをするし、傷んだ茶髪と荒れた肌で息子の養父母を訪ねて追い返されてしまうけど、借金のカタに”風呂に沈められる”ことはないし、最後には養母の心からの謝罪を受ける。

ひかりは、”風呂に沈められ”る女の子たちや、ダニエル・ブレイクが助けようとしたシングル・マザーのケイティほどは落ちていかなかった。その辺が、強くて賢い女、河瀨直美が作った映画だなぁと思う。(私もそっちの仲間だと思う、多分。)ひかりに借金を負わせて消えた女友達は、河瀨監督の主人公にはならない。

この映画のポイントが、世間の無理解のなかでも闇に飲まれずに生き延びるっていうところにあるなら、少しほっとするかな。可哀想に見える人が可哀想なんじゃない、悪そうに見える人が悪いんじゃない。共感したり安心したりする部分もあるのに、怒りたいような変な気分なのは、自分はまだ達観できてないからかな…。

養子についての映画はたくさん作られてきてるけど、「そして、父になる」も「秘密と嘘」もこの作品も切り口が違っていて、見るたびに心の違うところに触れるので、もうしばらくいろんな人が作っていくといいと思います。

朝が来る

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  • 発売日: 2021/02/24
  • メディア: Prime Video
 

 

トレイヴォン・フリー&マーティン・デズモンド・ロー監督「隔たる世界の二人」2946本目(KINENOTE未掲載)

<ネタバレというか、あらすじ全部書いてます>

32分間の短編。

昨夜ナンパした女性の家で目を覚ました黒人男性。建物を出たところで、人にぶつかって白人警官に呼び止められ、いちゃもんを付けられて取り押さえられ、押さえどころがまずくて窒息してしまう。通行人の女性がその一部始終を目撃し、スマホで動画を撮ってることにも気づかないくらい、警官たちは彼を取り押さえることだけに夢中になってる。

2回目。誰にもぶつからず、煙草を吸っていただけなのに、また取り押さえられて今度は撃たれてしまう。

3回目。一夜を共にした彼女への態度は、どんどん紳士的になっていって、今度は二人で朝食のフレンチトーストまで作っているのに、犯罪容疑者と部屋を間違えられて、家に押し入った警官に撃たれる。

4回目も打たれる。5回目もとにかく撃たれる。6回目もいつの間にか撃たれている。7回目、逃げても打たれる。(続く)

なんか、近代アメリカ史における、白人警官による理不尽な黒人殺害事件のぜんぶを追体験させられているかのような不幸な主人公。もはや「一夜をともにした女性」は置いてけぼりだ(笑)。

次の「回」は彼女と話し合う。彼女のアドバイスは「撃ち返す。相手がニガーなら話してみるけどね」。今度は巡査に自分から話しかけてみる。でも別の流れ弾にやられる。

その次。それまでの話をまた全部巡査にしてみる。とうとう巡査は彼をパトカーで自宅まで送ることに。車内で巡査は自分が昔いじめられていた話をしたり、主人公は白人の恩恵の話まで…どんだけ遠くに住んでるんだ!

車は、ジョージ・フロイドをはじめとした、警官による殺害の被害者の名前が屋上に書かれた建物の間を走り抜けてやっと、愛犬の待つ彼の家へ。そこで突然、すべてを最初から知り尽くしていた、神のような悪魔のような視点を持つ巡査がネタバレの後彼を射殺して「また明日」。待ちぼうけをくう愛犬。

100回繰り返してもダメ。「ダメ」がこの映画の主張だから。フィクションというより主張映画という感じです。

アメリカにいる黒人がすべて犠牲者になったとしても、今度はアジア人あたりがターゲットになるだけだ。嫌いな順に、自分たちがかつて受けてきた屈辱を晴らす対象が選ばれるだけ。ターゲットのほうをいくら研究しても絶対解決しないんだ、加害者になる側がどうやって加害者となっていったかを「自分」のこととして共有する勇気をもたなければ。アンガーマネジメントというより、自分の心の奥にどんどん溜まっていって、日に日に見えないところへ隠れていく「憎しみ」とどう向き合うかという問題なんじゃないかと思う。

いじめとか虐待という言葉が、程度によって使い分けられるべきなのか考えると、そういう言葉を使いたくなくなるんだけど、子どものころからわりと憎まれたり攻撃されたりしやすい私としては、最初に攻撃される自分の何がそうさせているのかを思い悩んで、結局それでは事態を変えられないことに気づく。自分自身の中にも、頑迷でなかなか人を許せない部分があることも認識するに至る。自分が変わらないのと同じように人も変わらないから「話し合ってわかりあう」ことには限界がある。逃げるしかない、対立を避ける、というのが「イマココ」といった感じなんだけど、加害者になりがちな人にも「嫌いな人に注目するな、目をそらせ、気にするな」としか言えないな。最近は「正義って人それぞれ違うイメージを持ってるから、正しいことを目下の人に仕込もうとする」こと自体がNGだと思う。自戒も兼ねて。

ウィル・マコーミック& マイケル・ゴビエ監督「愛してるって言っておくね」2945本目(KINENOTE未掲載)

Netflixの契約が今日までなのであわてて見る。アカデミー賞の短編作品賞にノミネートされている、わずか12分の作品。

タイトルが気になってずっと見ようと思ってた。小さい女の子が過干渉のおばあちゃんにでも「愛してる」って言っておく映画かと勝手に想像してました。まるで違った。

画面には沈み切った雰囲気の、会話のない夫婦の食卓。洗濯機に残っていた青いTシャツ、サッカーと猫が好きな、元気そうな女の子の写真。どうやら失われたらしいその女の子と両親は、影(魂だけを表したものかな)の形では元気で仲良しです。

事件が起ころうとしている学校に行かせたくない両親の魂や、自分の事件のせいで離れていこうとしている父と母をつなぎとめようとする娘の魂を描いてるところが、表現として新しいと思います。ちょっと日本的な情緒にも通じる。(「コーヒーが冷めないうちに」を見たからそう思うわけではない)

長編映画は途中で冗長に感じる瞬間があったりするけど、短編は一瞬も無駄がなくていいですね。ほんと。