映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

武正晴監督「アンダードッグ 後編」3043本目

(後編)北村匠海って俳優を知らなかったんだけど、天才ハッカーみたいな雰囲気があって面白い。

しかし後半は、スリリングだったのは彼と車いすの男のからみまでで、あとは試合を盛り上げるために費やされて、ことさら新しいことはないし、群像劇かと思ったのに、勝地涼と車いすの男のその後はもう放置で、森山未來の視点で終わってしまった。いろんな見方があるだろうけど、私は、後編はだいぶ失速してしまったという感じでした。

それにしても…妻が父に「息子さんの試合を見てやってください」、息子がジムオーナーに「おとうさんにボクシングをさせてあげてください」、妻が対戦相手に「戦ってほしいんだと思います」。自分じゃ言えないけど、俺の気持ちをわかってくれよ、と。神の視点でもないし必然性のある他人でもない、自分の一番親しい身内に全部面倒をみてもらって映画の流れを語ってもらう。これを普通に流してあげられるのって日本の視聴者だけなんじゃないだろうか…。この点だけは異常な気がしました。

共依存というか、女のほうも夫の一部になることで結局自立してないというか…。逆に共依存にちゃんと目を向けさせる作品なら意義あると思うけど、見渡してみるとこの作品の人物はズルズルに誰かと依存しあってるやつばっかりじゃないか。妻の懇願なんて、1人なら許されても、2人もやらせちゃダメです。そういう部分も気になりだしたらスルーできなくなってしまいました。残念…

武正晴監督「アンダードッグ 前編」3042本目

(前編)監督は「百円の恋」の武正晴。脚本は負け犬をリアルに描かせたらいま多分日本一の、「喜劇・愛妻物語」の足立紳(百円の恋も)。まず、ボクシングの場面がとてもリアルでいいです。森山未來の反射神経すごいけど、勝地涼のファイティングスピリットもいい。後楽園ホールの、リングサイドにいると汗や血の匂いまでしてくるような痛々しさが、切実に伝わってきますね。

リング外の彼らのしょうもない日常もいい。みんなトレーナーや職場や女たちに支えてもらって、なんとかヒーローの振りを続けていられる。

制作者たちが、心底「かませ犬」たちのことを、そのまま、何も強調したり偽ったりしなくても、今のままがいいって思ってるのがわかる。なんともいえず愛のある映画だ。女たちの描き方が画一的(みんな優しい、やらせてくれて文句ひとつ言わない、水川あさみ以外は)なのは、脚本家、いや制作陣がみんな「こんな女がいいよなぁ~」って思ってる理想の女たちなんだろう。という意味でとっても男たちの映画なのでした。

 

ケビン・コスナー監督「ダンス・ウィズ・ウルブズ」3041本目

これ見ないまま今に至ってました。今みると、美しいおとぎ話かなと、ぱっと見で感じてしまう…それくらいアメリカの分断ムードは定着してる。この映画が公開された1990年はバブルがはじける前、心にも懐にも余裕があって、今まで長年犠牲にしてきたものへ、申し訳なさを感じる余裕もあった。

とにかくアメリカ合衆国は広い。先住民居留地はアリゾナのナバホ・ネイションしか知らなかったけど、大陸の真ん中のサウス・ダコタにも、今もぽつぽつと居留地があるんだな。(この映画の舞台となった時代は、ヨーロッパの人たちが占領してない土地は全部”居留地”というか彼らの土地だったわけだ)

悪い意味ではなくて、ほんとに「ポカホンタス」とか「モアナ」とかを実写でやってる感じだなぁ。ただ、どっちにも完全には所属できない二人は、二人という新しい世界を生き抜くしかないし、この後のスー族の苦境から目を離してはいけないと、映画は締めくくる。

ふと思った。分断が進んだのは、こういう作品が今は見られていないからじゃなくて、たくさんの人がこの映画も見たし、いろんな階級の人たちのことも知ってしまったから、賛同する人と「それどころじゃないんだよ、私たちのほうがよっぽど大変なんだよ!」っていう人に分かれたんだ。豊かな生活をしてる人たちと、長年苦境のままの自分たちを比べてしまうっていう不幸。知ることには副作用もあるけど、目を見開いて、探求心を持ち続けないと、人を操作しようとする人たちに利用されてしまう。

それにしても、私は歳を重ねるにつれて。こういう荒涼とした風景に向かう気持ちがどんどん強くなるな。

 

マイク・ニコルズ監督「バージニア・ウルフなんかこわくない」3040本目

「卒業」や「シルクウッド」のマイク・ニコルズ監督。この作品のタイトルは何度も耳にしたことがあったけど、どういう内容なんだろうってずっと思ってました。なぜならヴァージニア・ウルフというのは英文科の授業で習った「stream of consciousness」の、フェミニストの女流英国作家で、なんでこの人のことを怖がったり怖がらなかったりするのか全然見当もつかないから。

ネットを見ると「ピーターと狼」のウルフとヴァージニア・ウルフをかけた替え歌、という説明がありますね。しかし作品を見ていると、学長の娘である妻に一生コケにされ続けている助教授が「なにがフェミニズムだ、女がでかい顔をして。なにがバーにニア・ウルフだ」と心で叫んでるのかなーと思ってしまったりしますね。

それにしても、面白いくらいの罵倒夫婦。のちの「おとなのけんか」や「おとなの事情」みたいな、夫婦の恥部をえぐりあう系の作品に通じるともいえるし、昔からの舞台劇の流れをくんでいるともいえそうです。

エリザベス・テイラーという「グラマーかつ知的で欠点を見つけるのが難しい美女」がここまで崩れるというか家にいるような自然さ…もしやと思ったら相手役のリチャード・バートンと、このとき夫婦ですね。(その後離婚したけどまた結婚した唯一の相手)普段の家庭内のストレスを映画にぶつけて、スッキリしてないかこの二人?

イジメややっかみに関する本を最近読んでるので、最初から太刀打ちできない妻(学長がバックについてる上に常に罵倒する、そして自分は万年助教授)に対して夫がブチ切れてライフルを発射するのは人間の心情からするとありそうなことだけど、傘だった(オチ)。

夫婦げんかって、中身はどうでもいいのに不思議と面白い…言い合う二人の声のトーンとか言葉遣いとかで、二人のほんとうの関係性が聞こえてくるというか。みんな泥酔してるから、言動はムチャクチャだけど、芯の熱さとかは伝わってくる。

気乗りのしないお付き合いの飲み会で、ヤケになって飲みすぎることがたまーにある。それでいつになく心を開いてしまって、思いもよらない長い付き合いの友達ができたりもする。この4人はその後、家族同然の付き合いをしていくのかも。

私は人と仲良くなるのが難しいほうだし、この映画の良さを説明できないけど。こんな夫婦でも離婚するんだなぁ(あ、それはプライベートか)。

 

トーマス・リーチ監督「写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと」3039本目

ソール・ライターって人の名前か。つづりはSaul Leiter…「サウルの息子」のサウルだ。と思ったら、ラビの息子なんだ。

Instagramに上げた写真を「ソールライターっぽい」と言われたことがあったけど、この写真家のことは知らなかった。当時の写真を見ていたら、全然うるさいです、私の写真なんて。東京だし。人がいてもいなくても風景っぽく撮った、という点だけがかすかに共通点だったかもしれないけど、この人の音がしないような静けさとは全く違う…。ニューヨークなのにね。

写真ってその人の「目」だ。というか目を通して脳というか心に映っている世界。こんなに静かで落ち着いた世界を見ていられたら素敵だな。

アーティスト然としていたり、道具へのこだわりを語り続ける人ばかりがすばらしい写真家ってわけじゃないとわかって、少しほっとしました。

 

クロエ・ジャオ監督「ザ・ライダー」3038本目

ノマドランドの監督の、それより前の作品。

出演者たちは舞台となったサウスダコタの荒れ地の実際の住人から選ばれたとのこと。主役の、静かなたたずまいで横顔が美しいブレイディ・ジャンドローと妹と父は実際に家族だ。ノマドランドもこの作品も、一番美しいのは役者じゃなくて本当の人たちなのかもしれないと思ってしまう。嘘のなさ。誰かが書いた台本を読んでいても、本当のことだと感じさせる、なんか本質的に強いものがある。

彼が乗馬しているようすは、馬が上下しながら進んでいるだけで、彼は静止してるみたいに見える。ロデオの乗り方なんだろうな、これが。

これを見てクロエ・ジャオ監督に「ノマドランド」の監督をオファーしたフランシス・マクドーマンド、いい目の付け所ですね!しかしどうしたら北京育ちの中国人が、こんなに広がりのあるサウス・ダコタを撮れるんだ。(アン・リーが「ブロークバック・マウンテン」を撮ったのと同じようなものかな、遠くから見るからこそ美しさがわかるのかな)

心の動きはとても静かに描かれる(一般人はいつも表情やしぐさで感情を表してるわけではない)けど、これが居心地がいい。疲れない。彼らの町にお邪魔してるようで。

ロデオは多分脊椎を傷めるリスクがすごく高いスポーツで、そうなってしまった友人とのやりとりがぐっと胸にきます。危険だからやめろ、で済むものでもない。閉塞感のなかで青年たちは入れ墨を増やしていく。父は酒に溺れる。

極端に明るい未来とか、もう映画でも見たくない。見飽きすぎてる。だから、そうなんだよなー、明日も起きたら生活があるんだよ、という映画の方がなんか深く共感できる。今はもうそういう時代なのだ。

ザ・ライダー (字幕版)

ザ・ライダー (字幕版)

  • ブレイディ・ジャンドロー
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本田孝義 監督「モバイルハウスのつくりかた」3037本目

せっかく映像があるのに、自分の考えを伝える上で何か図示するわけでも別の映像をはさむでもなく、ただひたすら「モバイルハウス」を作りつつある映像と、彼の主張が続く映画でした。なんか違和感があるのは、最初から最後までこの坂口恭平という人がしゃべり続けてるからかな。言葉で取り囲まれるようで、私は苦手だなぁ…。聞きながら、なんとなく、この人は多分その後モバイルハウスに興味を失って他のことを始めるだろうなという気もしました。

その後彼自身が躁鬱症を公言してそれとの闘いをつづった本を出していることを知って、なんとなく腑に落ちました。途切れなくひたすら、全能感でしゃべり続けてる感じだったから。そうした後に鬱がくるときって辛いだろうな。。私は自分が躁鬱だと思ったことはないけど、有頂天の後の絶望は私でも何度かは味わったことがあるので、そこから想像してみることだけはできる。

モバイルハウスは、この映画で提唱されている建材店調達のやり方もあるけど、軽トラを改造したミニキャンピングカーとか、自分で建てるログハウスキットもある。3万円の材料が買える人のうち、ログハウスキットやキャンピングカーをローンで買える人もけっこういるんじゃないかと思う。私もいろんな選択肢を考えてる。昨日、占いで「てんびん座(私)は本質的に旅人で、ひとつのところにいすわることができない」と言われてその通りだと思った。みんな同じではないんだろうなと思ってたけど。

というわけで、私の理想のねぐら探しはつづく。。。