映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ウォルター・サレス 監督「セントラル・ステーション」3566本目

だいぶ前に録画したのをやっと見ました。いい映画だなぁこれ。「シティ・オブ・ゴッド」や「モーターサイクル・ダイアリーズ」の監督なんだ。都会の大きな駅に集まってくる、今日一日食いつなぐことに精一杯の人たちの、生きるパワーがあふれる作品です。

元教師のオバサンは、子どもに「口紅くらいつけろよ」と言われるくらい、身なりも気にせず、若干インチキな”代書屋”をやって生計を立てています。元教師なのに、投函を請け負った手紙をそのまま引き出しに貯めてあったり、子どもを養子縁組業者に売ろうとしたり、なんだか悪いことばかりやっています。こういう清濁併せ持った大人たちの存在って、自分たちが小さい頃の「お母さんだって電話しながらご飯食べてるじゃないかー!」とか「動物園連れてってくれるって言ったのに嘘つきー!」みたいな、理不尽で理解できない大人の世界を見ているようで、新鮮です。こういう悪さのある大人が共感をもって描かれることって、ハリウッド映画でも日本映画でもあまりない気がします。

訪ねて行った彼らにすぐに声をかけて、しりとりやサッカーで仲良くなる青年たちの、人懐こさ。どこにいるかわからない父親の、帰ってくるという熱い手紙。人間と人間がみんな孤立しているようで、本当は心の中でがっしりと結びついている。人間ってほんとうは強いと思えて、なぜだか希望がもらえるような作品でした。

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ペドロ・アルモドバル監督「ヒューマン・ボイス」3565本目

「パラレル・マザーズ」と同時上映してた短編。(別料金だけど)

アルモドバル監督vsティルダ・スウィントン。(「デッド・ドント・ダイ」の、と言いたい。いつも印象強いけどあれは秀逸だった)

これも「パラレル・マザーズ」も、劇場で見るとアルモドバル監督の作品の色彩は強烈に感じられるなぁ。

この作品は、別れを受け入れられず男からの電話を待つ女が狂おしくなっていくという原作を、その場面だけを、作ってみたかったんだな。アルモドバル監督の女性たちはエキセントリックなのだ。普通の市井の人が多いけど感情が激しい。電話というシチュエーションがあって、声だけに縛られてどんどん視野が狭まって気持ちが高ぶっていく。

氷のような存在感のティルダ・スウィントンが、ここで自虐に走ったらなんとなく違う気がする。氷が炎を生み出すから、彼女の思いの強さが燃え上がる効果があるんじゃないかな。

そして、アルモドバル監督作品は、激情にかられた人々もどこかサラっとしている。重苦しくない。美しくドラマチックに狂った女性の短くてちょっと面白い作品でした。

ペドロ・アルモドバル監督「パラレル・マザーズ」3564本目

<ネタバレあります>

やっと見てきた。アルモドバル監督、完全復活、って感じ。「トーク・トゥ・ハー」や「私が、生きる肌」のように、一つの主題をひねってひっくり返して、彼以外の誰も思いつかないところまで料理するという、監督らしい世界の真骨頂です。

日本には「水に流す」という言葉と風習があるけど、スペインのアルモドバル監督は簡単にあきらめません。ペネロペ・クルス演じるジャニスはいったん目の前の事実から逃げようとするけど、不思議な運命で産院の同室だったアナと再会し、真実に向き合わざるを得なくなります。

監督が今回テーマとしたのが「遺伝子検査」。スペイン内戦で虐殺された人々の身元不明の遺体を掘り起こして、遺伝子検査によって身元を特定する仕事をしているアルトゥロと知り合ったジャニスは、彼に”行方不明”の自分の祖父のを探してもらうよう依頼する。ジャニス・ジョプリンにちなんで彼女をジャニスと名付けた父親は顔もわからない。でもアルモドバル監督は一貫して、スペインの”王道”を外れる人々に共感する。

ジャニスが自分の娘の出自をうやむやにせず、勇気をもって事実を明るみに出すことは、彼女が自分の祖父を探し出すために必要だったのですね。電話番号を変えて、アナからもアルトゥロからも逃げていては自分の過去も未来もない。

というところを踏まえても、ジャニスとアナの再会のしかたや、ジャニスの娘の結末、ジャ二スとアナの同居・・・という流れが監督らしい”逸脱”ですよね。「取り換え子」の物語は太古の昔から各種あるけど、この料理のしかたは、なかなかないよなぁ。誰も粘着質にならず、決めたらスパッと行くところが監督らしい。(cf「ボルベール」のペネロペの夫事件の扱い)

戦争は全部悪いし誰も幸せにならないけど、その中でも内戦って悲惨だ。憎むべき相手が誰かわからない。隣のおじさんかもしれない。誰かを憎みたいけど今自分がいる世界を破壊したくはない。・・・でも遺骨のDNA鑑定をしても加害者は特定できないわけで、監督はあくまでも、敵を攻撃するのではなくて事実を踏まえて先に進もうという未来志向なんですよね。なんか久々にこんなに前向きな監督を見たようで嬉しくなりました。

(ジャニスの祖母が「ペイン・アンド・グローリー」でペネロペ・クルス演じる監督の母の老年時代を演じた女優さんだったね)

ペドロ・アルモドバル監督「ペイン・アンド・グローリー」3563本目

アルモドバル監督の作品はほとんど見てるけど、劇場で見たのはこれが最初。新作「パラレル・マザーズ」を折をみて見に行こうと思っているいま、この作品を見直してみました。

劇場で見たときは、色の洪水!と思って圧倒されたけど、家のテレビで見ると、監督の自宅の家具も舞台での役者の服装も、全然印象に残らなかった。これは劇場だからというより、家のテレビの彩度に問題がありそうだな(調整がうまくできない)、こうやって他の映画の美しい場面も見逃してるのかもしれません。

筋はだいたい記憶通りだけど、メルセデスはもうちょっと監督と一緒に暮らそう、暗いな感じで食い下がってた気がする。劇場につづいて涙ぐんでしまったのは、サルバドールとフェデリコが数十年ぶりに過ごした短い時間のあとの別れの場面。もう二度と会えない、会わないかもしれない。でもどんなに幸せな人も不幸な人も、愛し合ってる人たちも憎み合ってる人たちも、永遠に一緒にいられることはなくて、みんな等しく別れがくるんだよな、って思って切なくなってしまった。最近こんな気持ちになることが多いな。どんなに面白いドラマもつまらないドラマもいつかは終わる。(「コロネーションストリート」は別か?)

最初に見たときほどサルバドールとアルモドバル監督を重ねては見なかったかな。一人の才気あふれる映画監督の栄光と苦悩が、特別に優れた人ということではなく、一人の才能ある、悩む人間として響いてきました。やっぱりこの作品は、枯れてる。

この次の作品って、変化がみられるんだろうか。早く見に行かなくちゃ・・・。

デヴィッド・リーチ監督「ブレット・トレイン」3562本目

U-NEXTで視聴。この監督は「ワイルド・スピード」の人か。なるほど。このトーキョーはブレードランナーというより、羽田空港国際線ターミナルの、アニメとジャパンをまぜこぜにしてしまったショッピングエリアに似てる。(なんで国内なのに、外国で日本を誤解して作ったようなテイストにするんだと思ってたやつ)(そう思うのは、「日本で一番のアニメ」キャラが東京オリンピックのキャラを思わせるからかも)

バカバカしいのは大好きだけど、ストーリーが込み入ってて、時折気まぐれに見せる日本語もあって混乱しながら進みます。シンカンセンも本物と全然似てないし日本人が誰も乗ってなくて・・・エンドロールで「この作品のファンツーリズムで日本に行ってもロケ地はどこにもありません」と注意書きを出した方がいいんじゃないか。ストーリーは忙しくてウルサくて楽しいけど、伏線回収の天才伊坂幸太郎の原作がどこに行ったのかよくわからない感じ。(すみません、原作読んだわけじゃないんですけど)

銃器も刀剣も新幹線になら持ち込み邦題のゴッサム・シティ。どうやって撮ってもめちゃくちゃお金がかかると思うけど、ほとんどスタジオで撮ったって本当?安全や時間厳守を旨とする日本の新幹線が、世界遺産京都が、危険極まりないこの映画のロケを許すわけがないけど、それにしても1からこれを作ったのはすごい。

原作ではほぼ全員が日本人の映画を白人ばかりで撮ることをとやかく言うハリウッドの人がいたらしいけど、こんなゴッサム・トーキョーの映画を日本人だけで撮られても困るな(笑)

 

ミケランジェロ・アントニオーニ監督「太陽はひとりぼっち」3561本目

モニカ・ヴィッティがもはや気だるい美女にしか見えないという刷り込みをさらに深める作品。でも「赤い砂漠」よりは笑顔が多い気もする。

アフリカの人のまねをするのは、彼らのエネルギーに惹かれるからか。彼女は一貫して意志や考えなしに、流されていきます。株価は大暴落し、なんとなく未来に希望を持てない世界。最後の最後の、ほぼ無人の町の風景は終末観が漂っていて、未来のディストピアSF映画か昔のATG作品みたい・・・。イタリアはあんなになんでもカラフルなのに、まるで違う国か違う星のようで面白かったです。

 

ユーロス・リン監督「ドリーム・ホース」3560本目

いいなぁ。こういう映画、好きです。さすがRotten Tomato観客評価97%。友達がご招待された試写会にくっついて行って、「ウェルシュケーキ」のお土産までいただいたから誉めてるわけじゃないですよ!

なんとなくションボリした英国のある町の人々が、がんばって何かを成し遂げる物語、という意味で「フル・モンティ」を思い出したけど、こっちは実話です。それに生身の馬が主題なので、彼ら(彼女たち?)の美しさ、可愛さや演技のうまさ(なのか?)にも引き込まれます。

「ドリーム・ホース」ってタイトル、ベタな感じだけど原題そのままです。そもそも、主役の馬の名前がドリーム・アライアンス。そういう素直な、実直な映画です。

人間のほうの主役はトニ・コレット。といえば、超怖いホラー映画「ヘレディタリー継承」で恐怖や憎悪のすごい表情をたくさん見せてくれた人だ。彼女の豊かな表現が、この映画でも、レースの勝敗にヒヤヒヤドキドキ、家族のことで胸がいっぱいになったりがっかりしたり、と物語を進めていくんですよね。彼女こんなにブリティッシュアクセントだったっけ?と思ったら、オーストラリア出身なんですね。アメリカよりはイギリスにアクセントが近いかも?日本で関東出身の俳優が東北弁で演技するようなものか?

わざとらしさや、あざとさが少なくて、本当に気を抜いて安心して最後まで楽しめる作品です。忙しい人ほど、こういう映画を見る時間、作ったほうがいいですよ~。