なんとなく既視感があるのは「リンドグレーン」を見たからだな。
第二次大戦前に生まれて戦禍を経験したトーベは、自由を信じて自由を実践する大人になる。
「ムーミン」って童話というより哲学書のようで、「星の王子様」やピーナッツなんかもそうだけど、自分が子供の頃から見てきたものって、ものすごく偉大なる人が作った難解で奥の深いものだという認識を疑うことができない。この映画のようなチャキチャキしたお嬢ちゃんが作り出したものだと聞いても、神の宿る天使みたいな人だったのかな、とまず考える。(正解はないけどね)
戦禍を知った上で自由を信じる。自分を枠にはめるものをスルーする。人に出会い、愛することを恐れない。・・・私と対極のようで、理想のようでもある。せっかく独身なのに、なんで私は女性とつきあってみないんだろう?と変なことを考えたりする。
でも、いくら精神が自由になっても、独占欲もまた天性のものだ。彼女は彼女を愛したけど、彼女は彼女のものにはならず、彼女は少し大人になるしかない。みんなの独占欲をルールで整理してケンカを減らすために結婚というシステムができたんだろう。
一見、子どものように見える人が、深遠な真理をつぶやくことがある。傍若無人で天衣無縫な人こそ、大人のように考えて子どものように振舞える、野生の神の子なのかなー。(理性あふれる普段の私は、そうでも考えないと彼女の奔放さを受け入れられない のと、自分自身がそうなって楽になりたい、という気持ちがこう考える裏にある気がするな。)
常識的な大人として社会生活を送りながら、芸術に本性をぶつけられたら。私に絵が描けたら、詩が書けたら。など考えるのでした。