映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ライナー・ホルツェマー監督「ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男」2629本目

先日アレキサンダー・マックイーンのドキュメンタリーを見ましたが、こちらも才気あふれる美の巧者。マックイーンがどこか悪魔的で死や不穏を感じさせる作品を作り続けたのに対して、ヴァン・ノッテンの服は「着て出かけられる服」といいます。お値段やデザインが自分の職場や行先に合っているか?というのは置いといて、人間の体に沿って縫われていて無理のないデザインなのに見たことがないような美しさを感じさせる、素晴らしいデザイナーです。

で、マックイーンもそうだったけど、ヴァン・ノッテンも同性パートナーがいます。ヴァン・ノッテンはパートナーと25年に渡って、デザイナーとしてのキャリアの最初からずっとパートナーと一緒に洋服を作り続けているんですって。それが彼の洋服の安定した雰囲気を醸し出してるのかな。

芸術家が作り出すモードは、人間や布や舞台を使ったアートだと思う。超一流シェフのお料理は、食べられる素材を使って食べて味わえるアート。どっちも私は見て楽しめれば、それだけでけっこう幸せだな‥‥いや決して貧乏ってひがんでるわけでは…。

 

トム・ティクヴァ監督「パフューム ある人殺しの物語」2628本目

<ネタバレあり>

トム・ティクヴァといえばクラウド・アトラスだ。で、ベン・ウィショーだ。クラウド・アトラスかなり好きなんだけど、構成がイントレラブル系なので難しかった。その中でもベン・ウィショーは印象に残ってる。007のQもそうだ。彼には昆虫系の異星人みたいな不思議な違和感があって目が離せない。最後に狙われる娘の父を演じてるのはスネイプ先生こと、故アラン・リックマンですね。彼の地に足が付いた存在感はいいですね…。

この映画のしつらえは中世のパリで、気取ったかつらを付けてるけど悪臭のひどい人たちの物語だ。必要以上に醜悪さを強調したオープニング(最初からこれかぁ!)、ずっと気取った人たちが気取って演じ続ける美麗なセピア色の舞台。様式美の世界の映画なんだな。脂まみれの女の子たちをわざわざどこかに運んで放置したり、強すぎる媚薬を持ち歩いていたのに死刑台に至ってしまったり、同じ香りがその後には違う作用を及ぼしたり……これは「おとぎ話」の域の物語だったんだな。

少女はいい匂いがすると思う、確かに。幼児とも中年以上の女性とも違う。少年とも違う。そんなこともうずっと忘れてたけど、生物としての人間にはそういう美点もあったんだよなぁ。うちの猫にも独特ないい匂いがある。温もりとか柔らかい毛並みとかとも違う生の喜びだ。

でも、全然殺す必要なかったのに。赤毛の若い娘をいくらでも集めて、片っ端からラードを塗りたくって香水を作ればよかった。生きている人のほうがいい匂いがするだろうし。ジャコウジカみたいに、赤毛の若い娘には臭腺があるという話でも良かったかも。と思いました。

パフューム ある人殺しの物語 (字幕版)

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  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

グザヴィエ・ドラン監督「マイ・マザー」2627本目

ドラン監督の監督作品は最新作も含めて全部見たんだけど、ここで改めてこれを見直したくなりました。この母親、強烈だなぁ。ヒョウ柄のコートを着た関西のオバちゃんみたいな可愛いもんだ…と思えればいいけど、やっぱり重いな。私だって、こんなくだらない言い争いは日常茶飯事だったけど…。

元来の性格が鈍感で無頓着なユベールの母は、「普通の人々」で息子を愛せなかった母を思い起こさせる。逆に、「普通の人々」のお母さんにも、何かとっかかりがあれば残酷なだけの母親像にならずに済んだのかもしれない。

ものすごく怒鳴り合って傷つけあって、どっちもまったく譲らないんだけど、愛してるってちゃんと言いあうんだ、この二人は。すごいね、愛って。それは「I killed my mother」というタイトルの映画を作ることで、愛憎のうち憎しみのほうが昇華されたからだろうか。

「僕とユベールとお母さん」のお人形のお母さんの頬に、大粒の涙が張り付いてるのが切ない。

美しい映画だったけど、イメージしてたほどカラフルではなかった。で、思ってたよりもっと、いや再びかな、深い映画だなと感じました。 

マイ・マザー(字幕版)

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  • 発売日: 2014/07/04
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ジャ・ジャンク―監督「帰れない二人」2626本目

<ネタバレあり、かな>

監督の妻であるチャオ・タオが主役の、大河ドラマみたいにすごく長い時間の変遷を描いた映画をもう何回も見た気がします。彼女は今日も、ロクデナシに入れ込んで罪をかぶり、5年も服役した後で迎えにも来ない男を探して広大な中国を旅します。

二人が再会するのは三峡ダムに沈む予定の町。(あっちも雨が多いだろうけど、その後どうなってるんだろう、と現在のダムのことがふと心配になってしまった)

その次に彼女が向かう新疆は観光開発中の期待の土地として描かれるけど、他国の私はウイグル人迫害のニュースばかり聞いてる気がする。UFOとかインチキな話で彼女をひっかけて新疆まで連れて行ってしまうこの男もまた通りすがりか…。

最初と最後は山西省の大同。北京や上海以外の中国の都市、特にこういう内陸部って見る機会があまりないけど、かなり賑やかな大都市ですね。この町で2人はまたヤクザな世界に戻ってきますが、脳梗塞で障がいを負って戻ってきたリャオ・ファンは、もはや頼れるアニキの面影なく、居場所も見つけられずにフェイドアウト…

常に気丈でめげない女と、もろさをどんどん露呈する男。…監督がジョン・カサヴェテスに見えてきました。愛妻をモチーフにした女性礼賛映画三部作だったのかもしれません。この映画は監督の「集大成」と言われていますが、まだ50歳です。これでひとつの完結をみたのは確かだけど、次に生まれてくる映画は何かまったく新しいものになる期待感もありますね。

監督がコロナを題材にしてスマホで撮影したわずか4分弱の短編映画が、現在YouTubeで配信されています。「ジャ・ジャンクー 来訪」でググればすぐ見つかると思うのでぜひ見てみてください。長大なロケをしなくても監督の世界観がちゃんと現れていて、大河ドラマのあとに何が出てくるのか、ますます楽しみになってきます。 

帰れない二人(字幕版)

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  • 発売日: 2020/05/29
  • メディア: Prime Video
 

 

ミシェル・フランコ 監督「母という名の女」2625本目

<ネタバレあります>

原題は「アブリルの娘たち」。アブリルの二人の娘がこの映画に出てきますが、17歳の娘が産んだ赤ちゃんも自分の子どものように育てていくという設定。

50代ながらまだセクシーで美しい母が、娘の男にまで手を出したり…という胸くそ悪い設定(失礼)に近いことを実際にやっている女性っているんですよ。それが原因で絶交した私の20年来の友人は、立派な夫と息子たちのほかに、ステディな愛人とつまみ食いする男たちがいるのにも関わらず、友人の婚約者も誘惑してた。誰かがいいものを持っていたら、奪わずにいられない。手に入れたあとは飽きて放り出す。…多分それは、衣食が足りているのに万引きをする依存症のようなものだったんじゃないかと思う。その人に仕事があったら、職場で権力をふるいたがる上司になって、どこかでストップがかかったかもしれないけど、家庭に閉じこもって罰を受ける機会がないままになっている人の暴走は、どうすれば止められただろう。

この映画の”毒母”は、白雪姫を毒殺しようとする継母の域に達してますね。一方、わずか17歳のヴァレリアはいつのまにか大人の顔になって、どんな目にあっても諦めずに探し続けます。ほんとに…この監督、この映画を撮ったときまだ37歳ですよ。たいがいの男性が一生気づかないまま過ごすような主婦の深い闇をどうしてこんなにリアルに描けるんだろう?「或る終焉」も60歳くらいの介護経験者でもなければ作れなさそうな作品でした。私が見た2本とも、終わり方がミヒャエル・ハネケっぽいと思ったら、インタビュー記事で大好きだと答えてました。

 しっかしマテオは「本当(En serio)?」って何回言うんだ。流されるばっかりの受け身な男の子だよなぁ…。上記監督インタビューによると、「受け身こそが最大の悪だということも描きたかった」そうです。「ゲッペルズと私」の解説にもそんなこと書いてあったな、まだ見てないけど…。

母という名の女(字幕版)

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  • 発売日: 2018/12/19
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エドワード・ヤン監督「台北ストーリー」2624本目

なんか、暗いね。雰囲気も画面も。1985年の台北。

若き日のホウ・シャオシェンが主演しています。東京はバブルで、台湾から来た人は髪型やファッションで外国の人だとすぐにわかった時代。今は東京もソウルも台北みんな同じだけど。音楽も戦後の演歌みたいなのが流れてる。

この映画はラブストーリーといっていいのかな。繊細すぎて乱暴な男が迷って敗れる物語。刺しどころが悪いし出血多量だけど、生きてさえいればその後の人生があるだろう。女のほうはちゃんと前の同僚に拾われて条件の良さそうなアメリカの会社の台北事務所で働くことになる。監督は、古臭い男と新しい女の明暗と、昔ながらの台北とどんどん立ち並ぶビル群を、なぞらえて対照的に描こうとしたのかな。この映画があってもなくても、今の台湾には昭和返りのように昔の建物を使ったカフェが増えているし、昔のままの町も残ってる。東京から思い出横丁やゴールデン街がなくならないのと同じ。

だからそんなにノスタルジックにならなくてもいいんじゃない?と私は思ってるけど、だからといって女が外資系のバリバリのOLでいることが大層なことだとも思わない。

本当のところ彼らは、自分らしくやれてるのか?というところだけが気になるな…。どう生きるべきかって問いに答えはないから…。

台北ストーリー [DVD]

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  • 発売日: 2017/11/02
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ホウ・シャオシェン監督「恋恋風塵」2623本目

幼なじみとの初恋は、風の前の塵のように消えてしまいました…

台湾映画って、昔の日本のような風景や人物たちの素朴さですでに60点は確保してるんじゃないだろうか。あまりによくある、さりげない、何もない若者たちのはかない恋。

少女アフンがどんどん綺麗になっていく一方、いつまでたっても青臭いままのアワン。彼女の心変わりの事情は特に語られず、兵役にもまれるアワン少年の視点で語られる映画なんですよね。

小中学校の時のやんちゃだった同級生の訃報を先週聞いたからか、アワンとその彼がちょっと似てる気がする。彼はいたずらばっかりしてるやんちゃ坊主だったけど、繊細なところもあって、どんな大人になったんだろうと思ってたので会えないままで残念だったけど、優しい男だった、女によくモテたと聞きました。この映画のアワンは切ない役どころだけど、やんちゃで優しい男は大人になってからモテるぞ。きっと彼にもいい感じの未来が待っていたんだと思いたいです。