映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

パスカル・トマ 監督「奥さまは名探偵 パディントン発4時50分」2854本目

クリスティの「親指のうずき」を原作とした前作につづいて、同じ探偵がまた新しい事件に巻き込まれます。こちらも普通~~の奥さんが、どこにでもあるフランスの村に出かけていきます。(フランスにパディントン駅はないんじゃないかと思うが) 

そして今回も列車の中から何かを見つけたことが、話の契機になります。前回もすごい神経で村人の中に入り込んでいったプリュダンスでしたが、今回はさらに図太く、問題のお屋敷に家政婦として入り込んでいきます!また彼女が作るお料理やケーキがおいしそうなこと…(さすが大統領の料理人、違うか)

今回も、犯人や動機はいまひとつよくわからなかったけど、狭い世界の犯罪と解決というドラマは楽しめたかな。楽しさは前作よりこちらのほうが上かも、でした。

 

クロード・ルルーシュ監督「しあわせ」2853本目

原題はたぶん「偶然と必然」クロード・ルルーシュ監督は人間愛あふれてる作品を作る人だから、これもそういう作品に違いない。私の中では、ジャック・タチとかアラン・レネとかミシェル・ゴンドリーとか、美しく楽しいことや愛し合うことを好む、やさしいフランス人監督たち、というくくり。

ダンサーの彼女の役、アレッサンドラ・マルチネス、Superflyのボーカルの子にそっくりだなぁ。笑い方がいたずらっぽくて素敵。あ、ルルーシュ監督の妻なんだ。笑顔とダンスがこんなに華やかで、その一方孤独にも慣れている。このギャップに惚れたな。(その後離婚してるけど)

シロクマが家を襲った事件の番組はともかく、そのすぐ次の、舞台上で映像とリアル俳優を組み合わせた”映像マジック”楽しくて何度も見てしまいました。でもそのあとのバレエの結末がかなしすぎる…と思ってたら、大変な事件が…。どうも、製作者はもともとタイトルを「しあわせ」にするつもりはなかっただろうな。この邦題……

人生はときにとても痛いけど、ときには素敵なダンスを踊り、ときには目を見張るような舞台を楽しみ、ときには偶然映っていた彼女を追いかけて、偶然カメラを買った人に追いかけられて、生きていられたらもう一度いつか笑える。

映画が終わってほっとしたときに泣けてくるような良い作品でした。が、日本語はおろか英語やフランス語のWikipediaにも情報が少ない…あんまりヒットも評価もされなかったのかな~。

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パオラ・デ・フロリオ 監督「永遠のヨギー ヨガをめぐる奇跡の旅」2852本目

私は、ヨガも瞑想も好き。インストラクターを目指すほどの真剣なヨギー(ヨガをやる人のこと)ではないけど、ストレス溜めやすいほうなので、ひたすら無心でいられる時間は大切。

この映画の主人公ヨガナンダのことは最近まで知らなかったけど、知り合いから自伝をもらって読んだら映画もあるというのでレンタルしてみました。瞑想やヨガって、インドの山奥が源流だけどずいぶんと流派が分かれてるんだよな。ヨガスタジオでは、入れ代わり立ち代わり、いろんな流派のインストラクターがいろんなヨガや瞑想、ピラティスなどを教えてくれます。瞑想をやってる団体もたくさん…TM、マインドフルネス、ヒンドゥ教の儀式から始めるインド系の種類もすごいけど、仏教系もいろいろ。

ヨガナンダはインドで修業してたら師匠に「お前はアメリカに行って欧米へヨガや瞑想を広めるように」と言われて、海外で普及に貢献した人。面白いのは、彼の教えには常にクリシュナとイエス・キリストが並列で示されること。ヨガは宗教ではない、神はひとつであって、信仰を深めるためにヨガをするのだ、ということらしいです。

ラヴィ・シャンカールとかジョージ・ハリスンもインタビュー映像が出てくるし、スティーブ・ジョブスがiPadに入れてたのが彼の自伝だというのは、知る人は知る事実らしい。自伝には永遠にヒマラヤの山中で生き続ける聖人や、50年間何も食べずに生きていた在野の女性とか、奇跡の話が多いので、そういうのが苦手な人はドン引きしてしまうかもしれないけど、私はキリスト教でも仏教でも、敬虔な信者の澄んだ目とか幸せそうな表情とかに憧れるので、山に住んで瞑想だけして暮らせたら~と夢みてしまいます。

ヨガナンダはインドにもアメリカにも学校を作って、そこでは今もヨガや生き方を教えているけど、創設者がいなくなって長い時間がたっても同じように存続するのって難しくないかな。

この映画は、自伝を読んだ人には映像でイメージをふくらませることができて良いけど、元々ヨガにも瞑想にもヨガナンダにも興味がない人にはツライかも。この映画では自伝には書かれなかった批判や反対運動も取り上げているのが興味深かったです。聖人にも耐えがたいほどの試練があるんだなぁ。口述される自伝を書き留めたりタイプしたりする弟子たち、という話も新鮮でした。

瞑想はどんな人にもおすすめしたいけど、この映画を見てやってみようと思う人ってあまりいないかもな…。

サム・ペキンパー監督「戦争のはらわた」2851本目

タイトルからして見たくないなーと思ってずっと見ないままになったけど意を決しました。「はらわた」とつく映画は十中八九ロクなもんじゃない(はず)。検索したら30件登録されてるな…「天使のはらわた」シリーズはよかったけど、女高生とか悪魔とか死霊、太陽のはらわたまであります。検索結果見てるだけで面白い…。

脱線しました。この作品は当時、残酷描写がセンセーショナルに取り上げられたようですが、その後残酷描写はどんどんエスカレートしてますから。最近のホラーを見慣れた人(アリ・アスターとか)人には、見た目怖くはありません。

怖いのは人、っていう映画ですね。味方を陥れたり攻撃するようになった軍は、弱体化を免れないんじゃないだろうか。戦争は一段となって戦うものだから私情を挟まないほうがいい…などと全体主義を押し通すつもりはなくて、平時の祖国で許されない私刑は戦場でもダメに決まってるだろ、ってことです。

恐れていたほどバイオレントでもむごたらしくもなかったけど、あえてイギリスの敵だったドイツ軍を舞台にすることで、テーマは敵・味方ではなくて戦争であり軍隊であることを強調した、すごく人道的な作品でした。

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ダニス・タノヴィッチ 監督「美しき運命の傷痕」2850本目

<ネタバレ、なくはない>

美しい一貫した”世界観”に惹かれて、わけがわからないまま見入ってしまいました。

最後まで見ればストーリーはちゃんとわかります。でも、「再生する姿を描いた」という解説には宣伝向けのウソがあって、本当はこの映画は「地獄」を描いてる。(クシシュトフ・キェシロフスキ監督がダンテの『神曲』に着想を得て構想した三部作「天国」「地獄」「煉獄」のうちの「地獄」編に当たる、とのこと)誰の愛も成就しない、愛と因縁の映画。

(この「地獄」っていうのが、Twitterとかで”詰んだ”という意味でいう”じごく”

もう何一つ、過去も現在も未来も希望がなくて、ただひたすらそれでも生きている母と三姉妹。「トリコロール」シリーズには、なんとなくそれでも愛というか、生に対する肯定感が感じられたけど、この映画にはない。ただ、それでも「そんなもんだよ」というような、突き放すような強さがある。やっぱり地獄かもしれないけど、それでも母と三姉妹にしぶとく明日は来る。

三姉妹すごくいい女たちなんですよ。なんかみんなグラマーで、私が男だったらドキッとするような。セリーヌ(カリン・ヴィアール)の真面目そうな表情、青い瞳。ソフィ(エマニュアル・ベアール)の金髪とアヒル口っぽいチャーミングな口元。アンヌ(マリー・ジラン)の一途な表情、ミニスカートの細い脚。ソフィの夫(ジャック・ガンプラン、理想郷を作ったシュヴァルだ!)がジュリー(マリアム・ダボ)と浮気してるわけですが、妻と愛人がそっくりすぎて…。男は結局同じ女を追い求めるものなのでしょうか。

トム・ティクヴァが映画化した「天国編」(ヘヴン)も見なくちゃ。 誰か「煉獄編」も作らないかな…。結局まったく無実だった父親の名誉挽回編とか…。(彼がカッコウのひなを助けてやって、本来育てられるはずだった卵たちを死に追いやる冒頭の場面が気になるのでした)

美しき運命の傷痕

美しき運命の傷痕

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ジュゼッペ・トルナトーレ 監督「海の上のピアニスト」2849本目

ギンレイホールにかかってた時期、あまりに新規コロナ感染者数が多くて出歩く気になれず、この作品は流してしまいました。ので、レンタル。(イタリア完全版も早く出るといいな)

原題全然違うんですね。「Legend of 1900」、そういう時代の作品か。…ていうかこれが主人公の名前なんだ!イタリア語で1900は「ノベチント」っていう呼びやすい言葉になるのね。英語でも日本語でも名前として「1900!」はないなぁ。

空港から出られなくなった男の物語「ターミナル」っていう映画があったけど、あれは通関前後のことで、物理的には空港はどこかの国土内にあるものだ。でも船は公海の上を航行するからその上で生まれた子どもは国籍を持ちようがない(船籍のある国にするとか、実際には決まりがあるのかもしれないけど)。それほど豪華じゃない常時運航の大型客船なら、船を降りなかった人ってのも存在しうるのかな。したら面白いのに。…ってことで原作が書かれたんでしょうね、きっと。

ティム・ロスの普通っぽいけどバランスのとれた感じ、やっぱり良いです。

映画全体にあふれる、人間愛と人生を楽しむこと…この雰囲気はイタリアっぽいというか「ニュー・シネマ・パラダイス」っぽいよなぁやっぱり。リアリティより寓話性を優先する感じも。音楽の素晴らしさは、まさにこの映画の大きな一部となって作品のトーンを決めてるっていう部分だな。1900が乗客を見て、そこからのインスピレーションで即興演奏をするのと、同じように作曲したんだろうか。

古いピアノは割れた原盤と一緒に船を降りたのに、降りられなかった1900はもはや、「ヴァージニアン号の妖精さん(?)」って感じですね。 彼女を追ってニューヨークで下船しようとして、できなかったところで結末はもう決まってたのでは。。。

私は感染症がなければ世界中どこでもすっ飛んでいくほうの人間だからか、真逆の、一生ひとつの村から出ないまま終わる人の強さに惹かれるところがあります。憧れを断ち切り、今あるもので足りる強さ。(ネガティブな部分もあるんだろうけど)この映画を作った人たちや、好きになった人たちも、そういう気持ちで見てたんじゃないだろうか…。

(第二次大戦の終戦直後といっても、大型船をダイナマイトで爆破することなんてなかったんじゃないかな、海の底に沈めることはあっても)

海の上のピアニスト 通常版 (字幕版)

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シドニー・ギリアット 監督「エンドレスナイト」2848本目

<若干ネタバレあり>

アガサ・クリスティはよく海外旅行をした作家なんですよね。この映画の舞台はギリシャ。ほかに有名なところで「ナイル殺人事件」はエジプト、「死海殺人事件」はヨルダン(当時は英領パレスチナ)、「地中海殺人事件」はアドリア海…などなど、彼女ほどの観察眼をもってすれば、異国の異文化のなかで起こるミスマッチや行き違いも、トリックの種になります。

監督は「バルカン超特急」の脚本も書いた人なんだ。人間描写に期待してしまいます。

この主役の男の子、面白い濃いキャラです。金髪になったマーク・ボランみたいな顔してて、労働者階級だけど貴族的な趣味…という、クリスティのミステリでは道を踏み外しやすいタイプ(笑)。彼に恋をするのが純真無垢なお嬢様。これといって特徴のない彼に入れ込んでいくのが、どうも、「女に追いかけさせるテクニック」かよ?という気もしてきて、やっぱり…という成り行き…

この映画の日本語訳本のタイトルは「終わりなき夜に生まれつく」。覚えてないけど、きっと読んだんですねこの本。だいたい筋も犯人もわかったので。

地味な作品だけど、納得のミステリーでした。満足。 

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