映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ルイス・ブニュエル監督「乱暴者」3136本目

ルイス・ブニュエルってメキシコの人だと最近は認識してたけど、改めてプロフィールを確認したら、スペインで生まれ育って、パリに行き来しつつハリウッドへ移り、メキシコに移住したのは46歳の時だから割と後なのだ。いろんな資本で映画を作り続けてたんだよな。だから、まとめて作品を見るのが難しい。かつて大きな賞を取ったり、評判になった作品でも見つからないものが多い。ゆっくり探して、見つけ次第見ていこう。

さてこの作品。家主が借家人を追い出すために雇った”乱暴者”が誤って借家人を死なせてしまい、問題発生。家主の若い妻は乱暴者のたくましさに惹かれるが、乱暴者は死なせた男のいたいけな娘に恋をする。

ヒネリはないけど、”乱暴者”の一本気な性格がちょっと切ないお話でした。

ギレルモ・デル・トロ監督「クロノス」3135本目

クロノスという言葉は、車の商品名だったり、会社名などいろんなものに使われているけど、元々はギリシャ神話の農耕の神様の名前らしい。錬金術みたいに、本当に命をつかさどる時計の存在を信じる人が昔からいたんじゃなくて、監督の創作なのね。現在のような「時間」の観念は時計が発明されて初めて生まれたというし、その逆で所有すると時間をコントロールできるようになる時計が存在するっていう想像は、なかなか独創的で面白い。ただ、人間の精神にいつも重きを置いているこの監督が、機械を中心に置くのは意外…でも、その機械はやがて滅ぼされる運命なのだ。

英語とスペイン語が混ざった会話が続いて、聞き取ろうとすると頭が混乱するな。監督お気に入りのロン・パールマンがアメリカ人だからか…。この人何回も見たわ。

虫が媒介するというアイデアも面白い…でも、全体的にはストーリーが追いづらい。なぜ古物商が”クロノス”に刺された後、同じことを繰り返したり、血を求めたりするようになるのか…いつからどのように彼が内面的に変化したか、わかりづらくて。その辺が監督の若さを感じさせます。

クロノスによって得られる永遠の命ってのは、要はバンパイアなのか?機械でバンパイアになって日の光を恐れたり、血を欲したりするようになるって、これまた斬新。

監督のWikipediaに衝撃的なことが書いてあります:デビュー作『クロノス』は、コメットさん第75話『わんぱく受験生』が発想の根源である。

わん…ぱく…受験生…?

ネットで見つけた動画を、違法アップロードではないと信じて見てみました。魔法使いコメットさんが正体を隠してお手伝いさんとして入っている家のたけしくんが、公園で怪しい男(大泉晃)から何でも願いが叶いすぎて困るという魔法のピンポン玉をもらうと、頭で考えたことがどんどん実現してしまう。デコレーションケーキ、顕微鏡、明日のテストの答…。やがて持て余して捨てようとすると、すぐにポケットに戻ってきてしまう。そこでコメットさんが魔法でピンポン玉の中に入ってみると、時空に浮かんだオルゴール箱の中に巨大工場があって、大勢の人たちがご主人様の願いを実現するために必死に働いている。彼らの悲鳴を聞いて、コメットさんは魔法で彼らを自由にしてやると、ピンポン玉は爆発し、彼らは渦になって空へ消えて行った…。

ってお話。共通点は、まほうの道具の中身がすごい歯車を使った精密な機械でできていて、生物がそれを動かしてるってことかな。この部分はコメットさんでも子どもにトラウマを与えそうなインパクトでした。それ以外は全然共通点はないけど、監督の印象にも残って、膨らませずにいられなかったのかもしれません。

不死を得る古物商の名前を英語読みすると灰色のジーザス、機械を買いあさる男は守護天使。不思議な思い付きや、いたいけな少女、最後は愛が勝つとか、デル・トロ監督ならではの特徴がいくつもあるけど、これからだね!っていう感じも新鮮なデビュー作なのでした。 

 

アン・リー監督「恋人たちの食卓」3134本目

冒頭の中華の達人の調理のようすは、食べたくなるというよりただ見ていたくなるほど、見事。そこまでしなくても、というくらい手をかけて美しさも味のうちと考えるのが中華料理なのかな。原題は「飲食男女」…邦題もこのままで良かったかも?「恋人たちの食卓」は内容に合ってるけど、それじゃ「Eat, pray, love」、キャメロン・ディアスが主演のラブコメかと思ってしまう。(それにしても邦題のツッコミばっかりやってるな私)

アン・リーって奇跡的に英語圏でも中華圏でも違和感のない氏名だけど、英語圏だとしたら女性監督になりそうだ。「ブロークバック・マウンテン」の自然の雄大さ、その中での愛の偉大さにまいってしまった私でしたが、この「飲食男女」の監督が10年後にあの映画を撮るなんて、まだ何もその片鱗が見つけられません。強いていえば、尋常じゃない美的感覚、でしょうか。

1994年の台湾女性たちは、当時の日本のファッションがバブリーだったのに比べてシンプルな美しさ。1990年頃はまだパンチパーマみたいなおばちゃんもたくさんいたけど、2000年くらいになると渋谷や原宿とファッションや髪型、メイクが変わらなくなっていて、その時期の変化がすごく大きかったのを覚えてます。この映画は過渡期かもしれないけど、メイクは見事なのに服装がなんともやぼったいなぁ…(人のこと言えないけど)。

この映画でもう一つ印象的なのは、いろんなラテン音楽がバックに使われていること。みんな長袖とかスーツとか着てるけど、台湾って暑いので、なんとなーく合う気もする。

で内容ですが、家族がみんな恋愛真っ最中で、老父までまさかの恋愛発覚、そしてキャリアウーマンだけが置いて行かれる、という…ああ痛い。身につまされるようなストーリーですわ…。でも、味覚障害に陥るくらい内心悩んでいたパパの味覚が戻ってきてよかったね。(それが結論) 

 

ビリー・ワイルダー監督「熱砂の秘密」3123本目

こんな昔の作品にもレビューが14個もついてるのが、日本の映画愛好家層の厚さじゃないかなぁ。レビュアーの先輩のみなさまに感謝です。

さてビリー・ワイルダー、このタイトルは監督っぽくない気がしてしまう。原題は「Five Graves to Cairo」、カイロへの5つの墓?アガサ・クリスティ原作か何か?ではなくてラヨス・ビロ、またはラホス・ビヨという人の戯曲でした。かなり映画化されてるけど見た人の数は全部合わせて100人もいないかも…Wikipediaにちゃんと項目があって、この人もビリー・ワイルダーも、この作品では俳優として出演してるエリッヒ・フォン・シュトロハイムもみんなオーストリア=ハンガリー帝国の出身だ。ラホスさんは第二次大戦前後のスパイ映画の原作多数なので、リアリティを期待します。

で作品ですが、風紋も美しい砂漠をキャタピラー転がして戦車が進んでいく…が、上半身を出している男は意識がない。中の男たちもみんな死んでいるかのようだ。戦車が傾いて、1人が意識を取り戻した…排気が逆流して一酸化炭素中毒になったみたい。早くもかなり墓が作れそうな気配ですが、生き残りは戦車から振り落とされて、自力で辛くも石造りの英国ホテルにたどり着きます。なんかモロッコっぽいけど、エジプトに入国したところらしい。イギリス残兵の彼は熱に浮かされてうわごとつぶやくばかり…彼をホテルの支配人と女性使用人(これがアン・バクスター)が助けようとするところに、ドイツ軍がやってきてそこに駐留を始めてしまう。アン・バクスター、普通のアメリカ人なのにフランス人ふうのたどたどしい英語うまいな。主役のフランチョット・トーンというイギリスの俳優は「戦艦バウンティ号の叛乱」に出てたのか。

そしてエリッヒ・フォン・シュトラウム登場。強面中の強面だけど、わざと怖い顔をしてるような表情豊かなところが、なんともじわじわ来ます。彼に限らず、俳優たちの圧というか存在感すごい…。フランチョット・トーンも目力がすごいんだよな。モロッコ風いでたちの支配人を演じたエイキム・タミロフはロシアの人らしい。…そういわれてみれば「キンザザ」に出てたような風貌。

墓は4つで彼が生き残ったという状態のところ、タイトルは「5つの墓」。最後の墓に入るのは誰か?

正体を察知したドイツ中尉との暗闇での駆け引き、すごいスリル。地図のトリックもシンプルだけど利いてます。そして最後の墓に入るのは、まさかの…。

最後に切なさも残る、大変よくできた作品でした。こういうのに出会えるから、昔の映画をあさるのはやめられません!

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クリスチャン・ナイビー 監督「遊星よりの物体X」3122本目

1982年のジョン・カーペンター監督「遊星<から>の物体X」では「完成度高い」って感想を書いてました。原題が「The Thing」ってシンプルで、期待が高まりますね。

こちらはプロデュースがハワード・ホークス。珍しくリメイクのほうが相当平均評点が高いけど、期待して見てみます。リメイクの舞台は南極、こちらはアラスカ。だいぶ人里に近い感じ。しかし内容はほとんどラジオドラマのようにセリフの嵐(昔の白黒映画には多い)で構成される群像劇で、「The thing」はなんだかよくわからなかった。原作は面白いのに、当時の映画制作方法や技術では表現しきれなかったのか、その後リメイクされたやつは「すごく良く出来てる」という感想を書いたくらい面白かった。

でもこれ、ラジオドラマとして当時聞いたら、なかなかスリリングだったかもな。(RKO Radio Picturesという会社が作ってたくらいで?)

 

 

新藤兼人監督「さくら隊散る」3121本目

これもずっと見そびれてたやつ。桜隊というキュートな名前の演劇団が、まさに原爆投下の日の広島に公演に来ていて、被災してみなさんお亡くなりになった…と聞いただけで切なくてたまらないですね。

彼らを直接知る人たちは証言者として実名で登場し、亡くなった方々は他の人たちがリアリスティックに、ときにちょっと露悪的な感じに、演じています。

亡くなった方々は、終戦より前の映画などがあまり残っていないこともあって、私は知らなかったけど、彼らのことを語る俳優さんたちも故人が多い。

葦原邦子って懐かしいなぁ。私が小さい頃やさしいお母さん役をよくやってた。小沢栄太郎も、杉村春子も、殿山泰司も、宇野重吉も、長門裕之も、監督の新藤兼人ももういないしな…。たまに、懐かしい俳優さんたちや歌手が出てるテレビ番組がまだ続いていて、家に帰ってきたら家族で見ている…なんてことを思い浮かべたりする。

改めて、原爆は絶対に使う誘惑に負けてはいけない地獄の攻撃方法だったと思う。だけど、無人ドローンならいいのか、とか、どんなものであっても「良い武器」があるとは思えない。せめて素手で?という問題でもないよな…。なんかもう泣きそうです。 

 

シドニー・ポラック 監督「ハバナ」3120本目

多分、ハバナに旅行したときに感動して、帰ってきてから片っ端から関連する作品を「これから借りる」に突っ込んだものだろう。ロバート・レッドフォードが、革命に巻き込まれるアメリカ人ギャンブラーとして登場するんだけど、彼が惚れた女の夫であるレジスタンス幹部アルトゥーロ役のラウル・ジュリアがクレジットに出てない!彼の出てる作品というだけで見たがる私のような人もたまにはいるので、是非のせてほしいです。

暑くてモヒートとダイキリが美味しくて、素晴らしい音楽とダンスが町中にあふれてる、穏やかな港町といった風情のハバナ。「トロピカーナ」や「ナシオナル・デ・クーバ」の映像とか、現地ロケしたんだろうか?

ストーリーはどうということはないけど、革命が現実に起こったことだということと、現地ロケとしか思えない情緒あふれる情景のおかげで、わりと楽しめました。