映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ポール・マルシャン 監督「JACO」3589本目

ジャコ・パストリアスが亡くなったのは1987年だから、36年も前だ。彼のことを知らない人も多いだろうな。でも彼はギターでいうところのジミ・ヘンドリックスに匹敵する天才中の天才ベーシストだったのだ。(だってみんなジミヘンみたいにジャコパスって呼んでたし)

このドキュメンタリー内で流れる彼の尖りまくった楽曲も、聞き覚えがあるものがある。当時パンク少女だった私は、レゲエとフュージョンは大人の聴く難しい音楽だと思って敬遠してたけど、練習スタジオでギターを教えたがる大人のギタリストの誰かから借りて聞いたんだろう。

それにしてもウェザー・リポートはすごいな。スライ&ロビーと真逆の意味で難しい、成熟した大人の音楽だ。オーストリア、ペルー、アフリカンアメリカン、ネイティブアメリカン、いろいろな出自の尖ったミュージシャンたちが集まって、他のどこにもない音楽を創り出してた。

それにしても、こういうロック史に残る重要なミュージシャンのドキュメンタリー映画って、音楽好きな人たちのところにちゃんと届いてるんだろうか?映画として大ヒットになることは少ないと思うので、公開期間は短いし上映館も少ない。だから気づかないまま終わってしまうことも多いし、こうやってVODで提供されてても、わざわざ探しにいかないと気づかない。SpotifyやiTunesはみんな使ってるだろうから、そういうところに宣伝を出したりしたらいいんじゃないかしら・・・

なんて余計なことを考えてしまうくらい、こういうドキュメンタリーは優れているし、音楽好きな人たちがずっと長年知りたかったことを教えてくれるのです。

(ところで「パストリアス」ってギリシャ系の名前だろうか・・・ソクラテス、アリストテレス、ジョン・カサヴェテス、ザック・ガリフィアナキス・・・)

Jaco(字幕版)

Jaco(字幕版)

  • ジョニ・ミッチェル
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アルフレッド・ヒッチコック監督「バルカン超特急」3588本目

大好きな映画なのでまた見ました。1938年のヒッチコック英国時代の作品。

サスペンス色は強いんだけど、胃を締め付けるような死の恐怖、という感じではなくて、家族で見に行けそう。全体的にすごく見事に計画され、まとめられた、とても完成度の高い作品だと思います。

最初はたまたま同じ列車を待つだけの群衆のように見えた人々が、少しずつバラバラになって、それぞれの素性が語られていく流れとか、見事ですよね。当時の列車で旅行することは、今なら飛行機で出かけるのと同じくらい、非日常の場だったんだろうな。集う人々がみんなどこか高揚していて、見ている私たちもこれから何が起こるんだろうとドキドキしてきます。ツカミを大事に作り上げる、なんとなく舞台っぽい演出です。

マイケル・レッドグレイヴはヴァネッサ・レッドグライヴのパパなのか。一見軽妙だけど洞察力が深く、いざというときの判断力、行動力も高い、頼れる男。

最初はにぎやかな女子旅グループとしか思わなかった中に、これから結婚するマーガレット・ロックウッドがいて、彼女の強気な性格がだんだん大きな意味を持っていきます。

冒頭すぐに登場する「中年の婦人」、なんとなく浪速栄子を思い出す・・・。昔の中年女性は出産や育児や家事で疲れていたのだ。というか今はいろんな手法で若さや元気をキープしてるけど、これが本来の姿か。でもこの英国婦人、ひ弱に見えるけど実は映画では見せなかっただけで、武術やさまざまなトリックを駆使できるスーパーな女性だったのに違いない。「あの人がまさか!」という驚きがあると楽しい。

「The Lady Vanishes」を「消えた乗客」みたいな邦題にしなくて良かったんじゃないかな。「消えた乗客」もスリリングだけどなんとなく小粒で地味な感じがする一方、「バルカン超特急」というと、どこかエキゾチックな地域でのすごい列車、というワクワク感があります。今みると別に超特急ではないけど、タイトル大事・・・。

今回また見て気づいたことはほかに、「敵」として描かれてる人たちはイタリア語かドイツ語を話してるってこと。第二次大戦直前の、悪い予感の立ち込めるヨーロッパだ。英米は勝利し、日本は独伊側について負けたわけだけど、万が一これが逆だったらその後どんな世の中になってただろう・・・と思うと、決していい感じではなくて、ちょっとぞっとしますね。

バルカン超特急(字幕版)

バルカン超特急(字幕版)

  • マーガレット・ロックウッド
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リーアム・ファーメイジャー 監督「スージーQ」3587本目

(「ワイルド・ワン」を頭の中で思い出してると、途中から榊原郁恵の「夏のお嬢さん」になってしまう人、私以外にもいませんか?)

ランナウェイズより前にヘビーな女性ロッカーといえばスージー・クアトロしかいませんでした。なんてカッコいいんだろう、しかもあの小さい体に大きなベースだよ?なんてキュートでクールなんでしょう。

すぐ前に見たリンダ・ロンシュタットのドキュメンタリーと途中からごっちゃになりそうになるけど、スージーのほうは他のジャンルの音楽というよりテレビドラマや舞台に挑戦したんだな。クールな部分も含めて、確かに彼女には愛されるスター性があるので、向いてたと思うな。姉妹バンドの中で彼女一人がスカウトされてデビューというのは、禍根を残した一方、スターっていう幸うすい仕事の辛さを理解してくれる人がいなくて、そうとう孤独だったんだな。

彼女はロッカーだったけど、今みたいにすでに女性ロッカーがこんなにたくさんいる時代に生まれていたら、逆に女性初のプロスポーツ選手とか、何か別のものになったかも?今までにいないから強烈に憧れるのかもしれない。

私が1960年代に15歳だったら、真剣に彼女になりたいと思い詰めたかな・・・。スターの不幸なんて何も知らなかった時代に戻りたいような、戻りたくないような、不思議な気持ちです。

 

ロブ・エプスタイン 監督「リンダ・ロンシュタット サウンド・オブ・マイ・ボイス」3586本目

ボブ・ディランのバックバンドがザ・バンドで、リンダ・ロンシュタットのバックバンドがイーグルスか・・・。アメリカ音楽の黄金時代だなぁ。

リンダ・ロンシュタット、小さい頃すごく好きでした。「お願いだから(How Do I Make You)」のドラムロールからいきなり始まる強いボーカルがめちゃくちゃカッコよかったし、「ブルー・バイユー」ではあまりに感情がこもっていたので彼女が貧しい沼地の出身だろうかと思ってニッケルとダイムという単語を覚えたし、「イッツ・ソー・イージー」「ジャスト・ワン・ルック」等々、買えなかったけどアルバムジャケットの彼女は綺麗で可愛いかった。その後いろいろな音楽活動をして、その後病気で引退したことはうっすら聴いてたけど、あんなに立派にオペラやジャズを歌ったり、一生メキシコで活動してきた人みたいにスペイン語の歌を堂々と歌ったりもしてたんだな。なんて力強い、確固とした人なんだろう。

でも自分の歌に自信がなかった、というのは、彼女がエミルー・ハリスやドリー・パートンみたいな個性的な美声ではなかったからかな。声量や表現力が卓越しているだけでは自信が持てないものなのか。

「悪いあなた」って曲は当時は知らなかったけど、いい歌詞だな・・・「あなたはダメな男、ダメな男、」って連呼するの。これ覚えてカラオケで歌ったら、ストレスたまってるときにスカッとしそう(笑)

ロンシュタットっていう姓がドイツっぽいということは、この映画を見ようと思ったときに初めて気づいたけど、そこまでわかってもまだ彼女がスペイン語の歌が歌えることは想像できなかった。本当に心底、歌が好きで歌いたかった人なんだな。若い頃にいろんな挑戦をして本当に良かったと思う。

こういうドキュメンタリーを見ると、人間ってすごいなというか、この世界にはこんなすごい才能が存在して、私も彼女の歌に胸を打たれた、ということに感謝したくなる。

音楽っていいなぁ。最近私のまわりでバンドやってる人がけっこういるんだけど、私も何か・・・(あ、またいつになるかわからない計画を立てそうになってる)

常盤司郎 監督「最初の晩餐」3585本目

このタイトル、最初に使ったもの勝ち。この引きの強さ。

でもこの映画のなかのどれが「最初」の晩餐だっけ?と思ってしまった。(わかるようになってたのに見逃したのかも)

永瀬正敏側は染谷将太と戸田恵梨香の姉弟、斉藤由貴側は窪塚洋介という子持ちどうしが再婚するけど、ある日窪塚洋介が家を出てしまう。その後何年も経ってから、父・永瀬正敏が病死し、集まった兄弟と母が家族の過去を静かに振り返る・・・という作品でした。

染谷将太と戸田恵梨香はいつものようにうまい。斉藤由貴はさらにうまい。戸田恵梨香の少女時代を演じた森七菜は忘れがたい印象があった。と、見ごたえのある作品だったのですが、ストーリーの重さは、理解できるけど、じわじわ入ってくる感じではなかった。なんとなくまだ、この作品は「語りつくしてない」ように私は感じてしまいました。

勝手に副題を付けるとしたら<以下ネタバレかも>「略奪婚、その後」かなぁ。どんな人にも、好きになってはいけない人に恋をして、大切な人をとんでもなく傷つけてしまう可能性はある。その痛みをそれほど極端に描かなかったのは、むしろ、監督がその状況をよく理解してるからだろうか、とも思う。でもやっぱり、あと半歩踏み込んでみせてほしかった気がします。あくまでも私個人としては。

最初の晩餐

最初の晩餐

  • 染谷将太
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李相日監督「流浪の月」3584本目

重そうなので元気なときに見てみた。思ったほど重くなかったかな。

この監督の作品は「悪人」が最高に好きで、あの中の深津絵里と妻夫木聡の、ふだんから遠く離れた”きたない”姿が素晴らしく美しかったのを思い出すと、この映画は、私の眼には、ちょっとキレイすぎた気がします。こまかくいうと、横浜流星は十分きたなくてすばらしかった一方、広瀬すずと松坂桃李は、虐げられていてもきれいで、あまり欠落とか空虚とかを抱えているように見えなかったなぁ。実際の空虚な人たちは、意外と彼らのように美しいのかもしれなくて、私の先入観や偏見なのかもしれないけど。

広瀬すずはエリザベス・テイラーだと私は思ってて、どこか立派すぎるのかな。不幸な境遇には十分しっくりくるんだけど、重力がありすぎて、”かわいそう”と思えるほど弱さを感じないのかもしれない。

平安時代には大人が幼い少女をめとってもよくて、今は手を触れなくても有罪だとか、人間たちのルールってほんとに勝手なもんだ。性的な関係があろうとなかろうと、一番大事に思える人どうしがやさしくいたわりあって暮らせることが一番なのだ。だけど、表面的にルールを守りながら、被害者意識を強くもって、ルールを外れる人たちを糾弾しつづける人たちが、これからもずっとマジョリティでい続けるんだろう。私はそれでも愛し合う人たちの居場所を探し続けたいと思うけどね・・・。

流浪の月

流浪の月

  • 広瀬すず
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ジョーダン・ピール監督「NOPE」3583本目

<結末にふれています>

ジョーダン・ピール的異世界にまた足を踏み入れます。

最近よく(※仕事で)見ている”超常現象”だの”UFO目撃”だのといった世界をアフリカン・アメリカンの兄妹を中心に描く、という設定がまずもって新鮮。ドリー・パートン的ブロンド女優や馬の調教といった、典型的な白人のカントリー・ランチを仕切っているのが彼らやアジア系の人たちで、そこに白人たちが撮影に来る、という状況も可笑しい。この「なにこれ?」感がいいんだ、ジョーダン・ピールの作品は。

みなさんのレビューを読むと、それぞれいろんなことを受け留めていて興味深いです。作品に監督が隠した意味って、意図したものというより、監督の暗黙の意識がにじみ出てると考えて観察すると面白いんじゃないかなぁ。たとえば・・・主人公が監督の価値観を一番表しやすいのは当然として、主人公の味方は誰で、敵は誰なのか。チンパンジーのゴーディのエピソードは本編と関係ないかと思ったけど、アメリカ的なホームドラマで、可愛がられつつおもちゃにされるチンパンジーが、白人にとって都合のいい「アンクル・トム」のように見えてしまったりする。大人にいいように使われる子役もそうだし、撮影に使われる馬も同じ。それでも、子役でありアジア系のジュープは最後やられちゃう。言葉は悪いけど”ホワイト・トラッシュ”的なエンジェルやホルストに、主人公たちは仲間意識をもつけど、最後はやっぱりやられる。残るのは「僕」と「妹」だけだ。それは、やられた人たちに対する敵意や憎しみではなくて、家族しか信じられないという孤独感が無意識のうちに出てるんじゃないか、とかね。

キレまくった後のチンパンジーが少年に「やったぜ」みたいなポーズをする場面があったので(あの子まで襲うかとヒヤヒヤしたけど)、少年は生き延びるのかなと思ったけど、やっぱりやられちゃった。

最後の最後に大食いUFOが爆発していろんな欠片が降ってくるのは、そのまま映画の冒頭につながる。生物の本体だけじゃなくて、着衣や荷物まで消化しちゃうUFO。あいつだけじゃなくて、他にもいるはずから気を付けろよ・・・。

NOPE/ノープ(字幕版)

NOPE/ノープ(字幕版)

  • ダニエル・カルーヤ
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