映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

クラレンス・G・バッジャー 監督「あれ(IT)」3605本目

ITといってもピエロの恰好をした怖いやつではありません。「バビロン」を見たので、探してこれも見てみました。今から100年近く前に作られたなんて信じられないくらい、ストーリーもカメラワークも洗練されていて、とっても面白かったです。

クララ・ボウ演じるベティは、ひたすら元気で無邪気で勢いのあるデパートガール。今見てもすごくチャーミングで、その魅力を「あれ(IT)」と呼ぶなら、現代でも完全に通用します。比べるものでもないだろうけど、若い頃の高峰秀子とかドイツ時代のマレーネ・ディートリッヒみたいな、アイドル的な魅力。

キャラクター「ベティちゃん」のモデルが彼女だと言われても「つばさ」ではあまりピンとこなかったけど、この映画のクララ・ボウは役名がそもそもベティだし、見た目も「ベティちゃん」そっくり。くりんくりんとした短い髪、とろんとした大きなタレ目、すねたようにとがらせた真っ赤な唇。セクシーというより無邪気に見えるけど、セットの外では酒池肉林を繰り広げてたんだろうか、もはや確かめようがないなぁ・・・。彼女が酒場のカウンターの上で踊ったり涙を流したりする場面は、デビュー作とかに本当にあるんだろうか。YouTubeで何本か流して見てみたけど、見つけられませんでした。

ベティ・ブープのモデルとしてはヘレン・ケインという歌手のほうが知られていることもネットで知りました。ベティ・ブープは歌手という設定だし、ヘレン・ケインの歌を当ててたらしいので関連は確実にあったみたいですね。いろんな女性のいいとこどりで作ったのかも・・・これももはや、調べようがなさそうです。

しかし、源流をたどってみても、この頃のハリウッド映画ってほんとうに清潔で耽美的当時のハリウッドの「影」の部分なんてひとかけらも見つからなくて、不思議な気持ちです。影があるから光の部分はこれほど輝くのかな。でも見てみて満足しました。

デイミアン・チャゼル 監督「バビロン」3604本目

〈若干、結末にもふれています〉

映画館で見ておくべき!という声をちらほら見て行ってきました。20:30開始、終わったら午前0時の歌舞伎町・・・席もけっこう埋まってたし、そんな時間でも街に人があふれてて、コロナ心配だけどその活気が嬉しく思えてしまいました。

で、「バビロン」。下品だという人もいたけど、汚いものを扱いながら品のある作品だなと思いました。荒唐無稽を愛する品性高い人たちが作った作品。アジア系やアフリカ系の役者さんが比較的自然な形で出てたりするあたりが、現代の良識あるハリウッドってかんじ。1915年の「国民の創生」よりクララ・ボウが活躍した1920年代は少し後だけど、ミュージシャンの顏に墨を塗る以上の差別的扱いが当時はもっとあったんじゃないのかな?でも人種差別だけがポイントではないので、そこだけにフォーカスしないで、制作現場のさまざまな苦労や死をからめて総合的に当時の現場のひどさを描いたのかな。

この映画を作ったチャゼル監督の気持ちを想像してみる。「セッション」「ラ・ラ・ランド」「ファーストマン」ときて今回も、世界の頂点に立つスターの目が覚めるような輝きと、泥にまみれるような裏側、という、極端な光と影を描いたことは理解しました。

監督の映画に対する思いが強いことはわかるけど、闇にかなりフォーカスしてるところが「ニューシネマパラダイス」や「フェリーニのアマルコルド」と違う。酒池肉林を描いてもバズ・ラーマンとは違う。栄光の影に大混乱があって踏みつけられた人たちがいて、恐ろしいところだハリウッドは、だから気が狂いそうなくらい強烈に惹かれる、ということを見せてくれた。蜜と毒。

それにしても「イントレランス」みたいに膨大な出演者の数。ブラッド・ピットはだんだんマーロン・ブランドみたいになってきた。マーゴット・ロビーは何にでもなりきるので大好きなんだけど、この作品でも期待を裏切りません。それよりマニーことマヌエルを演じたディエゴ・カルヴァがすごく良かった。若い頃のアントニオ・バンデラスみたいな、見開いた黒目がちな瞳と、呆けたように開けた口。彼の表情で魅了、恐怖、感慨、などさまざまな場面が語られた作品になりました。

結末はアンチクライマックスではあるけど、収まるところに収まったという気もします。ネリーは彼女を型にはめようとする男とは、いくら愛されていてもやっていけないだろうなと思ったけど、実際のクララ・ボウは結婚して静かに郊外で暮らしたらしい。(性に合わなかったかもしれないけど)

以下、役者さんたちについて。

トビー・マグワイアは「サイダーハウス・ルール」や「華麗なるギャツビー」では傍観者の役だったので、この作品でもそうなるかと思ったらとんでもない怪演でしたね。こんなイカレた奴が出てきたらもう八つ裂きにされても仕方ない、みたいな、カタストロフィを予感というより期待させる役どころを嬉々として演じてて、怖いけど楽しかった。

中国系のミステリアスな女性を演じたリー・ジュン・リーのモデルはアメリカ初の中国系スターとなったアンナ・メイ・ウォンという女優さんなんだな。一方で、レッチリのフリーに似た演技のうまい中年の俳優がいると思ったらまさかの本物じゃないですか!ステージでいつもネリーより弾ける満身タトゥーの彼が、破天荒な役者たちをいさめる重役を演じるなんて思ってなかったので、歯並びで確認するまでずっと半信半疑でした。なかなかやるなぁ。

クララ・ボウの映画は「つばさ」しか見たことないので、YouTubeで「It」も探して見てみよう(著作権切れてるので大丈夫)。この映画を見ないと、「バビロン」の映画体験は完成しないような気がする・・・。

ジャック・オディアール 監督「パリ13区」3603本目

「ディーパンの闘い」「ゴールデンリバー(見たのになぜか感想書いてなかった)」の監督なら、タッチは軽めでもかなりシリアスな問題を取り上げてるんじゃないかな?と思ってしまうけど、ちょっぴりクセのある群像劇としてサラっと見てしまいました。

舞台はパリだけど、中心となるエミリーは台湾系で、彼女のルームメイトになるカミーユは女性みたいな名前だけどアフリカ系の男性。カミーユと不動産会社で同僚となる女性ノラは、ちょっとはじけたつもりで挑発的な服装と金髪ボブのかつらで踊りに行ったら、セクシー・ユーチューバーと間違えられて大学にいづらくなってしまう。けっこうみんないろいろ抱えています。でも、自分自身に忠実に生きようとしていて、そこに惹かれてしまいます。

この映画をどう捉えるかは、よくわからない。でも見終わると、彼らのことがちょっと好きになっている。そんな作品です。

不思議だけど、「早春」って昔の映画を思い出してました。岸恵子が”ズベ公のキンギョ”って呼ばれてる群像劇。「パリ13区」のエミリーは自分勝手でかなりユニークだけど、1956年の日本は今よりよっぽど自由で、今のパリに通じそうな人間関係があったようになんとなく感じています。

はじけた金髪のカツラで人生を棒に振った女性を演じたノエミ・メルランは「燃ゆる女の肖像」の画家だ。この映画で見るとちょっとクリステン・スチュワートに似てる?

パリ13区って移民が多く住む、活気のある再開発エリアらしい。東京でいえばどの辺だろう。移民が多くて活気があっても再開発されてない大久保とは多分違う。ニューヨークならブルックリンとかだろうけど、日本にはないんだろうな、きっと、もう。

パリ13区 R-18版(字幕版)

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  • ルーシー・チャン
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ジャノー・シュワーク 監督「ある日どこかで」3602本目

「ゴースト」とかのちょっと切ないラブストーリーよりも前、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」でタイムリープものの形が世界的に固定されるよりも前。ファンタジーにテクニカルな整合性をやたら求めるようになる前なので、時間は一方向に流れるというより行ったり来たりする。逆に「メッセージ」とか「インターステラー」みたいな時空のねじれありきの最先端SFに近い時空観になってるのが面白い。人間はガチガチな枠を与えられないほうが自由に発想できるのだ。想像は科学を超え、やがて科学が追い付く。

クリストファー・リーヴは私が子どもの頃に見たスーパーマン。大きくて強くてカッコいいアイドル的なヒーローで、この映画の中でも輝くような若さがあふれています。そしてジェーン・シーモアの気品ある美しさ。一枚の白黒写真だけで人を好きになることって、あってもおかしくないんじゃないかな?この映画は、この二人の間の思いを本物に見せることができれば、もう9割は完成してたと思います。突っ込みどころがたくさんあると言う人もいるし、収拾しきれないまま終わる気もするけど、このときの二人の輝きだけで十分、今も見る価値のある作品だと思いました。

ある日どこかで (字幕版)

ある日どこかで (字幕版)

  • クリストファー・リーブ
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ホセ・ルイス・ロペス・リナーレ監督「エキストラ・バージン 世界一のオリーブオイル」3601本目

「エキストラ・バージン」(未精製)のオリーブオイルが正式に出荷されるようになってから実は歴史が浅いとか、オイルにするオリーブにいくつも種類があるとか、知らなかったことばかりでした。以前はフランス料理の影響を受けて、スペイン料理にはバターを多用していたけど、原点回帰・地産地消ブームでオリーブオイルは国内でも大人気。日本人は健康的な食生活への関心が高く、今はパンにこれでもかとオリーブオイルをたっぷりつけて食べる人が多い(私だ、とくに外食したとき)。

ツマミとして出るオリーブが美味しい店は、料理もおいしいと思う。でも「おいしい」以上のオリーブオイルの違いはちょっと私には難しい。説明はできないけど、でも確かに、私が買ってきたやつと、いただきもののオイルは風味がだいぶ違う。これを私は今日もパンでたっぷり拭って食べるのだ。

一時期、揚げ物ばかりしてたことがあった・・・。オリーブオイルで葉物を揚げるとすごく美味しいのだ。血中コレステロール値がアウトになってから油脂の摂取量を控えてるけど、いつかまた食べたい、いいオリーブオイルで揚げた長命草・・。

エキストラ・バージン -世界一のオリーブオイル-(字幕版)

エキストラ・バージン -世界一のオリーブオイル-(字幕版)

  • スペイン・アンダルシアのオリーブ農家たち
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石川梵監督「世界でいちばん美しい村」3600本目

マグニチュード7の地震のあと、まだ復興していないネパールの震源地近くの村の状況を撮った、報道写真みたいなドキュメンタリー映画でした。

最近、ネパールのことが身近でよく話題になる。ときどき大久保のネパール料理店で600円の「ダルバート」(豆のスープ、カレー、漬物、ご飯の簡単な定食)を食べる。日本語教師仲間から、ネパールから親に連れてこられた子どもに日本語を教えるのに苦労している話を聞く。数家族で狭いアパート一室で暮らしていると聞いて心配になる。

一方で「日本の中のインド・ネパール料理店」という本を読んだら、ネパールから日本に働きに来て定住し、自分の店を開き、親類をたくさん呼んで北海道でも沖縄でも商売を拡大していくたくましいネパールの人たちの話も知った。

日本に来た彼らを、この大地震と結びつけて考えたことはなかった。断片的な知識を自力で結び付けるのって難しい。ウクライナから日本に来た人なら、みんな戦争から逃げてきたと連想するのに。テレビ局や新聞社の人たちも、インドネパール料理店で流行のスパイスカレーを食べるのに、日本で暮らす彼らに本気で興味を持って調べる人がすごく少ないってことじゃないかと思う。大きな災害は報道されるけど、そのあとの復興のことを知ることは少ない。「誰も見ないから取材しない」と思ってるかもしれないけど、もうちょっとがんばってみてくれたらいいのに。

数家族で暮らすことは、もしかしたら、別にすごく嫌なことじゃないのかもしれない。「幸せって何?」「豊かさって何?」と根源から考えてみると、欧米の高級食材を食べることが豊かなわけじゃないし、家族で仲良く暮らす幸せは世界中、人間でも動物でも共通の大いなる幸せだと思う。

・・・ということを踏まえても、この村だけが世界で「いちばん」美しいのかどうかはわからないなぁ。ブータンの子どもたちもマレーシアの子どもたちも、とても美しかった。石川さんは本当にそこが「世界でいちばん美しい」ことをタイトルにする必要があったんだろうか。その土地に住む人にとっては、そこが世界でいちばん美しいってことかな・・・。

 

高橋伴明監督「夜明けまでバス停で」3599本目

「PLAN75」と同様、これも誰かが作らなければいけなかった映画なんだろうな。最初に聞いたときは、おおげさだったり感傷的だったりしないといいなとちょっと心配になったけど、いい映画でした。実際に起こったシャロン・テート事件に対してタランティーノが「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」を作ったように、この製作者たちは、問題提起をしながら「こうあるべきだった姿」を作って見せてくれました。おかげで少し救われたような気がします。

実際の事件が起こったバス停は私の家から徒歩20分くらいのよく知っている場所。コロナで中止になるまで区の福祉施設にボランティアで通っていて、区の人たちが野外で暮らす人たちのことにも気を配っていると思ってたけど、あの時期はみんな屋内にこもっていて誰にも助けられなかった。気づいてあげられなかった。何もしてあげられなかった。・・・私がちょこちょこボランティア活動に参加したりしているのは、贖罪みたいな気持ちからかもしれません。

映画で撮影してるバス停は実際のバス停ではないし、被害者は60代だったし、「明日こそ目が覚めませんように」という言葉はある本に書かれたホームレスの人の言葉だし、いろんな事実やフィクションを組み合わせて映画は作られています。でも本当に、コロナで住み込みの飲食店の職を失った人って、私が会った人は、私たちと同じ、なんなら私よりよっぽど真面目そうな方でした。都庁下で食糧の列に並んでいる人たちは、ボランティアと一見、見分けがつかない人も多いです。(今は毎週700人も並んでます)この作品では、誰かを逆恨みするのでなく、自己責任?で爆弾テロを試みるのが痛快ですね。(「腹腹時計」という怪しく昔なつかしいタイトルの手作り冊子が、アナログというより”アナクロ”で素敵)

板谷由夏、片岡礼子、柄本明、根岸季衣もだけど、おばちゃんになったルビー・モレノも、嫌ったらしい上司になりきった三浦貴大も、覚悟した演技を見せてくれてとても良かったです。真面目な店長を演じた大西礼芳もいい。

目触りだといって殴打した人も、公判前に自分で命を絶ったんですよね、実際の事件では。そこまで周囲の変化を受容できない状態に病名をつけようとすればついたかもしれない。

怒りは強いけど、誰か特定の人たちに対する憎しみではなくて、むしろなんとなく大きな人間愛の感じられる作品でした。