映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

松木創 監督「映画 中村勘三郎」1382本目

本当に素敵な役者でした。
あまりにも急に亡くなってしまった、と思っていたのですが、この記録映画を見て、実際、直前まで当然のように仕事をされていたことがよくわかりました。
もともとはこまごまと、いろいろな番組のために撮られた舞台やインタビューの映像をかき集めたものなので、細切れに、しかし毎回勘三郎は、未来を語ります。なんの不安も陰もそこにはありません、

この映画の魅力は、歌舞伎の演目の区別がつかなくても、勘三郎の歌舞伎以外での活躍に興味がなくても、それぞれの舞台でいつでも特徴的な衣装とメイクでユニークな役どころを演じ続けた彼を、カメラを通して見ているだけで、役者としての成熟や、役に取り組む姿勢を追っかけることができる点。1人の大役者の一生が、この映画に詰め込まれています。

この人の演じた役で一番印象に残っているのは、阪本順二監督「顔」で、藤原直美演じる女を通りすがりに強姦して自転車で去っていく男、なんです。いきなり押し倒してことに及んだあと、周囲を見回しながらズボンを上げて、何事もなかったような顔をして自転車に乗りこむ。…こんな歌舞伎の名優がこんなちょい役、しかも汚れ役をやってるというのが驚愕でした。またこれが、すごくはまっていて良かったんだ。何でもできる人だなぁ!と心底驚いたものです。

この記録映画の中に、兄弟弟子の中村源左衞門という比較的名もない役者が、やせ細って死んでいくのに寄りそう勘三郎の映像が残っています。これが何とも哀しい。大舞台で主役を演じることのなかった中年の役者も哀しいが、その男を看取ったわずか数年後に、まさかの早逝を遂げた大役者も、同じくらい哀しい。

諸行無常とか色即是空とか、立派なことばで何を言おうとしても表現しきれないくらい、大きなものを失うことはやっぱり切ないのです。