映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

小栗康平監督「死の棘」3035本目

これもずっと見たかった。島尾ミホ原作「海辺の生と死」の映画を見たときからかな?この作品にしろ「智恵子抄」も、本当に純真に生きてきた女性が夫に裏切られて(必ずしも女性関係とは限らない)深く傷つくと、狂おしくなっていくのかもしれない。こんな言い方をすると身もふたもないけど、今とは違うから。夫の裏切りって、バラエティやドラマで日常茶飯事だから、「死ぬほどの衝撃を受けて打ちのめされる」のではなく「うちの夫までそんなこと!と激怒する」ことができる。怒れるのは健全なことだと思う。

これって男性が見るとホラー映画なのかな。私は自分の母を見てるようだな(父が浮気をしたかどうかは知らない、怒り方がこんな感じだった)。演じているのは松坂慶子だけど、妻は誰が演じても良かった、と思う。面を姫から般若にひっくり返して、どんな女にもある隠れた部分を出して見せただけだ。一緒に死のうとまで思いつめた二人だ。愛情が純粋なほどこの反転が激しい。今ならどんな女性も、年がら年中スキャンダルばかり見ているから、怒ってもいいんだと知っているけど、サイレント映画の頃は女性たちはすぐに卒倒してたのだ。

「喜劇・愛妻物語」は新藤兼人の「愛妻物語」からタイトルを借りてるけど、内容はこの映画のリメイクじゃないかと思うくらい、夫婦のあり方は似通ってる。

夫のほうは、もともと無表情な岸部一徳が能面みたいに演じる。たまにブチ切れるけど、彼がなんとか家族をつなぎとめようとしているから家の形が保たれている。

ミホの生涯は復讐だったんだろうな。子どもには最大限の愛情を注いで育てないと自己肯定感が育たないというけど、愛されて幸せに育って、大人になってから初めて大きな挫折を経験した人は、自己を肯定してる分、その後不公平感を持ちすぎて、自分の不運を他人に転嫁して平気で責め続けたりするのだ。私は、大人になるまでにちゃんと絶望を味わった人のほうが健全だと思ってる。

「死の棘」に書かれなかった夫婦のことを書いた「狂うひと」も読まなきゃいかんな、という気がしています。