映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

フリッツ・ラング監督「暗黒街の弾痕」2534本目

1937年の作品。サイレントの「メトロポリス」が1927年、「M」が1931年(1934年にフランスへ亡命、その後ハリウッドへ)、その後10年もたっていないのに、音楽も演技もすっかり洗練された、ハリウッド的な作品になっています。

内容的には、一度悪役を押し付けられてしまったら、心がやられてしまって二度と笑顔で立ち直れない…という、古今東西何度も映画化されたテーマですが、何度見ても切ない。この映画は、かなり「はしり」のほうなのでしょうが。

こんなコワイ邦題なのにオープニングタイトルの音楽がロマンチックなストリングスでちょっと拍子抜けしましたが、これは哀しい幕切れを予想させるものだったのかもしれません。

主役の出所したての男は、誰だろう見たことあるなと思ったらヘンリー・フォンダだ。最近ジェーン・フォンダの「バーバレラ」とか「世にも奇妙な物語」とかを見て毒気にあてられてたので、改めて「黄昏」とか思い出しつつ、この映画の頃のヘンリーパパの気持ちを想像したりしています。しかしよく似てるなぁ。

「なんで牧師のいうことを信じなかったんだ?」あらすじを読んだとき、彼は自分の無実が証明されたことを誰からも知らされないままだったのかと思いました。そうじゃなくて、みんなが口々に本当のことを言うのに信じることができなかった。矯正が必要な不良少年のような状態です。終始一貫して彼を守りつづける、弁護士秘書をしている妻。弁護士も彼に同情します。そんなふうに、味方がいないわけじゃなくても、明日死刑になると思っていたら、常識を保つのは難しいよな…。

最後は引っ張って引っ張って、国境まであと一歩というところで無残に打たれて二人とも死んでしまう…フリッツラングってこういう映画撮る人だっけ。若干、観客を意識しすぎたこの結末に、彼の一面を見たような気もしました。

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Bob Smeaton監督「Classic Albums: Lou Reed ~Transformer~」2533本目(KINENOTE未掲載)

ミュージシャンのドキュメンタリーもけっこうKINENOTEに登録されてるのに、これだけは見つからなかったので、ここでだけ感想を書きます。

デヴィッド・ボウイの相棒だったミック・ロンソンのドキュメンタリーがすごく良くて(彼が初期のボウイのきらびやかな音楽をこれほどリードしてたとは!)、彼らが二人でプロデュースしたルー・リードの「トランスフォーマー(クラシックな名盤!)」を改めてもっと知りたいと思って借りました。このドキュメンタリーも素晴らしかった。

「ワイルド・サイドを歩け」のウッドベース+エレクトリック・ベースの重なりをベーシスト自身が語ったり、デヴィッドのコーラスのファルセットの素晴らしさを聞きなおしてみたり。鳥肌立ちますね。ルー・リードってセンスのかたまりで(ニューヨークのミュージシャンってそういう人多いけど、トム・ヴァ―ラインとかパティ・スミスとか)、今までのどんな音楽にも似ていない、いままで刺激されたことのない心のどこかにピシッと届く。このアルバムは、ルーがヴェルヴェットをやめて一人で活動を再開したときの作品なので、録音に携わったのはスタジオ・ミュージシャンたち。さすがのプロというか、このドキュメンタリーが作られたときにも当時の音を再現してキレッキレの演奏を聞かせてくれます。

大学生くらいのときかな。パンクからパブロック、そのあたりからこういうアートを思わせる音楽を仲間たちと聞くようになって、柔らかい神経に直接ピキピキ感じながらうっとりと世界に浸ってた。

私はその時間を持て余してなかっただろうか?そんな恍惚の時間なんてもう体験できないのに、ちゃんと味わい尽くしてただろうか。

ルー・リード、デヴィッド・ボウイ、ミック・ロンソン、みな故人だしもうその時間に戻ることはないと思うと、あまりに素晴らしくて、なんとも切ない気持ちになるのでした。

 

ジョージ・マーシャル 監督「青い戦慄」2532本目

アラン・ラッド、見たことがあると思ったら「シェーン」だ!ヴェロニカ・レイクは「サリヴァンの旅」のデキる美女だ。(あの映画大好き)そして豪華なのはキャストだけじゃなくて、脚本欄に書いてあるのはレイモンド・チャンドラー!書下ろしなんですね。どうりで甘さのないハードボイルド、クールなやりとり。この映画は1946年制作、チャンドラーは1959年没。この時代にはこんな贅沢な脚本があったんですね。

ヴェロニカ・レイクの細眉と、クールな悪女っぽいわりに人がよくてどこか親しみやすいこの感じ。彼女は1922年生まれ。細眉といえばマレーネ・ディートリッヒ1901年生まれ、 グレタ・ガルボ1905年生まれだから、ヴェロニカ・レイクは彼女たちを意識してたのかもね。

犯人がちょっとわかりにくいけど、それまでの経緯を見れば最後は納得。地味だけどつじつまの合った構成でした。

アラン・ラッドもヴェロニカ・レイクも50過ぎで亡くなったってのは残念だったなぁ…。

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クリストファー・ノーラン監督「プレステージ」2531本目

<ネタバレだらけ>

事前知識なしで見たので、(あれ?「グレーテスト・ショーマン」の前日譚?)などと思って見ていたら、そんなハッピーな映画ではまったくありませんでした。クリスチャン・ベールが出てきた時点で疑うべきだった。

トリックの部分は荒唐無稽だけど、この映画内でみる限りは破綻してるわけじゃない。鳥がいっぱい殺されてたり、テスラ氏という名のデヴィッド・ボウイ(似てると思ったら本物だった)のとんでもない発明で帽子だけじゃなくて猫もドカドカ生まれたりすることを考えると、荒唐無稽系のミステリーとしてアリかもしれません。

でも、まるでエヴァンゲリオンの綾波のように命の軽い世界なので、「じゃあ死体か死ぬ直前の体にテスラ電波かけて増やしちゃえばいいんじゃない?」と安易に言ってしまいたくなります。

あまりに荒唐無稽な設定なので、笑える要素は少ないのについ笑ってしまう作品でした。

プレステージ (字幕版)

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マイク・リー監督「秘密と嘘」2530本目

冒頭の出演者名が左から右に流れるのがふしぎ。日本語の縦書きの文庫本みたいで。 最後はふつうに下から上に流れるのにね。

この映画は、主演女優賞をいくつも取ったらしいブレンダ・ブレッシン、お母さんの演技がやっぱり最大のポイントだなぁ。普通ですごく心が優しいのに、生きるのが下手でいいことのない人生を送ってきたから、ひがみっぽくなってる。「最初はショックだけど、だんだん嬉しくなってくる」という素直な心の動きを見ていると、こっちも素直な気持ちになってくるんですよね。母親シンシアもだし、肌の黒い娘ホーテンスも、肌の白い娘ロクサンヌも。

映画はじつに地味なんだけど、台本を作らず口張りで役者さんたちに趣旨だけ伝えるという監督のやり方のおかげで、それぞれ自分の言葉を話していて、自然。

びっくりしたけど、なんか、良かったな。と思えるいい映画でした。142分もあるけど全然長く感じませんでした。 

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ジョン・ブルーワー 監督「ビサイド・ボウイ ミック・ロンソンの軌跡」2529本目

ジギー・スターダストの頃までのボウイを「スパイダーズ・フロム・マーズ」として強力にサポートして、1993年に亡くなったミック・ロンソンについてのドキュメンタリー。

デヴィッド・ボウイはすごく素晴らしいアーティストだし長く第一線にいつづけた人だけど、グラムロックの中ではT.レックスに激しく入れ込んでた私なので、昔の映像を見ると懐かしい隣のクラスを見てるみたいな感じがしますね。

「イエス」のリック・ウェイクマンが、ミック・ロンソンによる編曲の妙について語ってる場面ですごく共感してしまった。A→B→C→ここでAに戻りそうなところなのに全く違うコードへ!…といった、ウェイクマン言うところの”Cinematic”なドラマチックな展開がボウイの魅力ですよね。こういうのはボウイの独特な世界だと思ってたけど、思い返してみるとジギー以降のボウイの音楽にはこのロマンチックなマジックはない。プロレスラーみたいに頑強に見えるギタリストの繊細さを垣間見ました。

…みたいなちょっとマニアックな話が続く、ファンが聴くラジオ番組みたいなドキュメンタリーなので、ファンじゃない人が「映画」だと思って見るとガッカリするかもしれません。

「モット・ザ・フープル」のイアン・ハンターの今の姿が痩せてて若くて驚いた!セックスピストルズにいたグレン・マトロックが、ハリウッド映画で会社社長役でもやりそうな上品なロマンス・グレーになってるのは笑ってしまった。でもボウイもミック・ロンソンもルー・リードも鬼籍だ。 

昔の音楽ってロマンチックだな。

自分が多感だった少女のころにときめいた音楽や映画を、年を取ってからも聴きたがったり見たがったりするのは、飽きかけたものを見て感傷に浸りたいんじゃなくて、そのときの感動がそのままよみがえるからだな。新しいものってだんだん入ってこなくなってくるし、良いものも少女時代みたいには大きく感動できなくなってる。音楽は可聴領域が明らかに狭くなるっていう問題もあるし、私の場合音楽はぱったり聞かなくなってブランクが長いからかもしれない。映画はがっつり見始めたのがわりと最近なのが私としてはラッキーで、今、新しいものでも古いものでも感動できる。子どもの頃からずっと映画館に入り浸ってた人たちより出遅れてると思ってたけど、それぞれのスピードで楽しめばいいのかも。

ビサイド・ボウイ ミック・ロンソンの軌跡(字幕版)

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フレッド・グリヴォワ 監督「15ミニッツ・ウォー」2528本目

フランス語圏がアフリカにある。アフリカのヨーロッパ地勢図って頭に入ってないから難しいけど、ジブチはアラビア半島に一番近いアフリカだ。

この映画を見たあとで「アヴリルと奇妙な世界」を見たら、アヴリルの声はオルガ・キュリレンコがぴったりだと思えます。もっとフェミニンなイメージを持ってたけど、この映画の彼女は、見た目はフェミニンなのに、子どもたちを守る心の強さは最前線の軍人並みに男前です。

1976年に起きた事件って。そんなに最近まで植民地があったんだな、今考えてみると。

しかしスナイパーの腕ってすっごいけど、テロリストたちもすごい。人を殺す技術だから、怖い。子どもたちの命はすごく大事。でもテロリストなら全滅させていいと思うのも難しい…。

外人部隊というやつも、なにを大義名分として戦闘に参加するのかって考えると難しい。今はもうアフリカにフランス植民地はないので、イタリア沖のコルシカ島(フランス領)に駐屯しているらしい。(今もマルティニークやニューカレドニアはフランス領なんだな。)

オルガ・キュリレンコはウクライナ生まれだけど、フランスに帰化していて何か国語も話せる。でもアメリカ人って役だけはちょっと違う気がするな~。この映画では多分彼女の存在や行動が一番フィクションだろうと思うけど、襲撃のようすがやけにリアルで、スナイパーの一撃で頭が吹っ飛んだりするのが怖かったです。

15ミニッツ・ウォー(字幕版)

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