映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

オダギリジョー監督「ある船頭の語」2670本目

ちょっとびっくりするくらい美しい画面。と思ったら撮影監督はウォン・カーウァイの一連の作品の撮影監督だったクリストファー・ドイルですって。オダギリジョーってどんな映画を志向する人なんだろうと思ったけど、まずこういう美しさをとても重視する人なんだな。まるで葛飾北斎の浮世絵みたいに、惑星ソラリスの最後に出てくる水みたいに、重い質感のある水の風景。

公式サイトにロケ地のこととかちゃんと載ってますね。新潟かぁ。行ってみたいな。

映画好きならおなじみの個性派俳優めじろ押しなのは、監督がまっさらな役者たちに演技を付ける自信がなかったんだろうか?これほどイメージ通りなキャスティングってなんか「借景」って感じがします。

冒頭のタイトル画面の左に、真っ赤な椿の花から大きな血の染みが広がっていく。椿の花を少女になぞらえると、これがストーリーをそのまま表してるとも言えます。謎めいているけどテーマは「ボルベール(ペドロ・アルモドバル監督)」と同じともいえる。あっちは開き直って底抜けに明るいけど、日本ではそれはひたすら悲しいこと、不幸なこと、として描かれるのが、監督がせっかく若いのにちょっぴりステレオタイプな気がします。夢とうつつを行ったり来たりする場面が中盤以降にたくさんありますが、少年に説明をさせようとしてかえってわかりにくくなってるような。いろいろ、生煮えな部分があるけど、次の作品も楽しみにしたいと思います。

美しい風景の中に一人で座ってるのって、私から見ればすごいことだけど、あの風景の中で生まれ育った人にとってはどんな感じなんだろう。都会の喧騒を夢見たりすることもあるんだろうか…

ある船頭の話

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ジャン・ガブリエル・アルビコッコ 監督「金色の眼の女」2669本目

1961年のフランス映画。

独特の美意識の横溢する世界。日常の生活の泥臭さが存在しなくて、登場するのはすべて美男美女でお金持ちで、ミステリアスで少し病んでいるけど純粋。ちょっと大人向けの少女マンガみたいな世界です。

だいいち、主人公の男が登場する場面でウサギみたいな頭を被ってるんですよ。演じるのはポール・ゲール。この役ジャン・ルイ・トランティニャンでもいけそうです。アフター5にやってるスポーツがフェンシングってカッコよすぎです。

彼が出会う謎の「金色の眼の女」はマリー・ラフォレ。彼女の要望が少女マンガを思い出させるのかもしれません。大きすぎてとろけそうでちょっとだけ離れた目、眉から鼻へすっと通るすっきりした鼻筋、少女みたいな唇。彼女の瞳の色が白黒映画ではわからないのでカラー写真をたくさんググってみたら、実際金色っぽいです。すごく薄い茶色。綺麗だなぁ。スタイリッシュなファッショングラビアみたいなマンガがたくさん出て来た頃、ヒロインとして描かれたタイプのなかにこんな女の子もいました。

彼女を「囲っている」デキる女性実業家を演じてるのはフランソワーズ・プレヴォ―。彼女もまた、目を離せないくらい強くて美しい大人の女です。

フランソワーズ・ドルレアックは新進モデル、カティア役として、主役に待たされて空港まで走らされるだけの役でした。

 いちいちライトが十字に輝くようにフィルターか何かかけてある映像が、少女マンガの背景の花みたい。羽枕を割って散った白いふわふわの中で詩をつぶやきながら部屋の中をさまよう金色の眼の女。なんて美しい映画なんでしょう。これカラーだったら「シェルブールの雨傘」みたいに今でも女子に人気の美しい映画リストに入ったんじゃないかな。感想書いた人なんて一人しかいないし平均評点50点だけど、これはなかなかの美麗ロマンス大作ですよ。

それに、この映画って詰まるところ女性どうしの同性愛の話だし、原作は19世紀のバルザックとあるけど、他にどんな小説を書いたんだろう。気になる。…おっと「美しき諍い女」も彼の原作か。やっぱり貴族的な美麗世界の人だなぁ。Amazonで検索したら、なんと去年、少女マンガ家が彼の作品を美麗絵本化した本が出てますね。少女マンガを連想した私の感覚は一般的だったようです。

この映画、誰も見てないけど、画面が常に名画みたいに完璧で本当に美しいしロマンチックなので、見てほしいです。2回目、3回目のほうが魅力が増してきます。

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マイケル・アンダーソン 監督「80日間世界一周」2668本目

コロナのせいで世界一周に出かけられなかった腹いせじゃないですが、見てみることにしました。186分もあります。

「イントロダクション」という最初の章ではメリエスの「月世界旅行」やロケット打ち上げがゆっくりと収録されていて、なんとなくディズニーランドのアトラクションの中に入る前の長ーい列の途中で見せられる紹介映像みたいな感じ。

最近の現実的な世界一周の最短期間はだいたい2週間だそうです(※世界一周チケットを買って元が取れるくらい乗りまわる、という前提で)。この映画は気球という、どこにでも行けそうでどれくらい時間がかかるかわからない便利なものを使って飛んでいくんですね。最初から最後まで賑やかで楽しくて…有名な俳優が入れ代わり立ち代わり、ヨコハマには大仏があるしインドのお姫様は青い目だし、いろいろアレだけど全体的にディズニー映画みたいに健全。お正月特番みたいな映画ですね。楽しいけどあまり印象が残らない…。

この映画に限って言えば、マレーネ・ディートリッヒよりピーター・ローレが見られたことのほうが嬉しかったな…。彼ってハンガリー生まれでヨーロッパ一円の舞台廻りをした後でドイツ、フランス、イギリスで映画に出てからハリウッドで活躍して、「ミスター・モト」っていう日本人探偵の役が当たったという、いわば一人世界一周でした。

コロナが明けたら行くつもりの世界一周旅行の参考には、全然ならなかったかな(笑)。 

80日間世界一周 (字幕版)

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渡辺歩監督「海獣の子供」2667本目

宇宙創生の壮大なスペクタクルを描いた美しい子どもたちの映画だった。

原作のマンガを描いた五十嵐大介がこのあいだインタビュー映画に出ていて、私がなぜか韓国版を見てしまった「リトル・フォレスト」も彼の作品だと知ったので、この映画も見たくなりました。
CGと手描きのマジックだなぁ。今って本当に美しい映像が作れるんですね。100年前の活動写真の頃の人たちに見せたら、異世界を覗き込んだような気分なんじゃないだろうか。
ストーリーは、ジュゴンがどうやって子供を育てるんだろうとか、人間とジュゴンの間の子供ならエラ呼吸もできるんだろうかとか、不思議に思うけど、そもそもこの映画では一切説明をするつもりはない。だからうっとりしながら感じるべきなんだと思う。
海って怖いと思うし、身をゆだねるには荒々しすぎるけど、海の中から地球上のすべての生命が生まれてきたんだろう。ここまで海に対して相思相愛になれたらいいな、とうらやましいような気持ちになりました。

海獣の子供

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ジョン・チェスター 監督「ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方」2666本目

これもまた真実の記録。www.apricotlanefarms.comを夫婦で作った夫のほうがもともと映像の世界の人だったので、撮り溜めたものを映画化したもの。亡くなってしまった、シャーマンめいたアランという自然農業家の考えに従って、「シムシティ」みたいに、あるいは神のような視点で、農園というひとつの世界を作り上げていきます。

ひとつの世界の中に生まれるものがいれば死ぬものもある。肉食をする限りどんなに可愛くても養豚の目的は食肉だ。コヨーテを銃殺してしまう場面もあった。そんな世界は完全なのだと彼は言います。あっちで果物が被害にあっていると、荒らしていた鳥を狩る猛禽類がやってくる。カタツムリが増えすぎたら鴨が食べる。どこかでまた少しバランスが崩れると、そこをうまく補おうとする。どうにもならないのは大風、大雨、山火事…。完全な世界に近づいていくと持ちこたえる力が強くなるけど、それでも人知の及ばない災害は起こりうる。農場主夫婦の顔は風雨とトラブルで険しく鍛えられていく。

この映画を見てなかったら、いつかロサンゼルス周辺を旅行して近郊のオーガニックファーム見学に行こう!というような流れで訪問したりしてたんだろうな…(タスマニアでは近い雰囲気の農場見学に行ったわ)それより深い彼らの歴史を垣間見られてよかった。

ワアド・アルカティーブ 監督「娘は戦場で生まれた」2665本目

ドキュメンタリーのdocumentっていう英単語は動詞だと記録するという意味だ。ただ撮るのが本来のドキュメンタリーだと思うけど、この映画ほどひたすら事実を記録したドキュメンタリーって見たことないです。記録した事実を監督の考えに従って並べ替えたドキュメンタリー映画に感情も考え方も持っていかれることが多いなかで、事実だけの力の強さを思い知らされた気がします。

強大な他国がサポートすることで内戦がどれほど苛烈なものになるか。(ワアドさんは常に「ロシアの飛行機が来た」というけど、ロシアに武器や軍用機の提供を受けたアサド政権)まったく何の意図も反抗心もない子供たちまでほんとうに虐殺して都市を壊滅させるというのがどういうことか、ワアドとハムザの前向きな決意や周囲の人たちの温かさだけに引っ張られて、なんとか最後まで見たのでした。

ワアドが、夫婦で娘サマを連れてトルコの親に会いに行った後、国境が封鎖されて戻れないかもしれないときに「なぜかわからないけど、サマを連れて戻るしかなかった」映画を編集しているその数年後においても「あの時に戻れたとしても同じことをしたと思う」というのは、それが彼女であり、それが人間だと思う。嘘のない気持ちを話してくれてよかった。そしてその行動の理由は「サマのため(原題も「For Sama」)、未来のため」といいます。その意味は、今自分が置かれている苛烈な状況を次の世代にひきずらないこと、という意味だと思います。私がワアドだったらそう信じられる行動を取れたら尊敬する、でも私がサマだったら。あなたのためよ、と言って両親とその仲間たちが傷ついたり命を落としたりするのを見ていられるだろうか。結局のところ人はみんな自分のために行動するんだと思います。サマはロンドンで大人になった後、両親の意志を継ぐんだろうか。全然関係ない道を進んでもいいと思います、私は。

で、シリア難民のことをいうと、日本に逃れてきた人も数百人はいるらしいけど、認定された人はわずか数名だそうです。日本にいつづけるために必要な住む場所と仕事をお世話する団体に少しずつサポートをしてるのですが、日本では外国で取った資格や経験が生かせる仕事は少ないみたいで、どんなにがんばっても目覚ましい成果を上げるのは難しそう。今までに日本にいる難民のことを知らなくても、この映画を見たことで興味をもつ人もいるかもしれないですね…。

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中原俊 監督「12人の優しい日本人」2664本目

この映画見るのは2回目。1991年って29年も前の映画なんですね。この頃の舞台ってきっと熱気があって面白かっただろうなぁ。今回もとても面白く見ましたが、優しいというより「12人のめんどくさい日本人」ですよね。それでもこれだけ徹底的に本音をぶつけ合って、全員一致の結論に到達できるってすばらしい民主主義だ…。忖度とか遠慮とか本音と建て前とかって言葉は、口にすればするほど気になっちゃって話しづらくなる気がします。

この時代は陪審員制度は日本にはまだなかったんだな。ということや、真実がどこにあるかは所詮誰にもわからないということを踏まえて、日本人が12人いたらどうやって合意に至るのかというお話として生々しく面白かったです。本当にいい人も本当に悪い人もいなくて、みんなちょっと嘘つきか意固地で、それでも最後はまあまあ人間って悪くないなと思える。今この映画を1から作ろうとしたら、もうちょっと後味の悪いものになりそうな気がするのは何故だろう…。 

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