映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

リナ・プライオプライト 監督「アドバンスト・スタイル そのファッションが、人生」2680本目

信じられないくらいお洒落で美しい高齢女性たちがじゃんじゃん出てきます。

「お金があるからできる」って感想に書いてる人が多いけど、彼女たちは多分、若い頃に買い集めたものを使いまわす知恵とセンスを持ってる。ストリートスナップを撮られる人の中には、お金持ちではない人もいると思う。ファッションを愛する人は、高いものももちろん好きだけど、自分が持っているお財布で最高のパフォーマンスができる。

「ニューヨークだからできる」というのは、カラフルでど派手なスタイルに関して言えばその通り。でも私がボランティアでおばあちゃんたちのお話を聞くカフェに行って会った人たちも、見れば見るほどオシャレだった。よくよく聞いてみると、若い子が買う安い服(レギンズとか)と昔から持ってるブローチを組み合わせたりして。カラフルだけがオシャレってわけでもない。よく似合ってて可愛くて素敵なおばあちゃんたち。

体にも頭にも痛いところや悪いところがたくさんあるけど、美しくなって外に出て人に会うこと、街を歩くことが彼女たちを生かしてる。

すごく語弊があるのを覚悟でいうと、男性の体に生まれて女性になろうとする人たちって、元からの女性とはどこか全然違うといつも感じてます。女性はあんなに女性であろうと努力したりしないから、出来上がったものの印象が違うんだ。だけどこの映画に出てる人たちは、全員がんばって女性であろうとしていて、その努力のけなげさが美をもたらしているという意味で、元は男性だった人たちと似てる、と思う。

彼女たちのセンスやメンタリティを称賛しつつも、醜悪だと書いてる人もいた。そういわれてみたら、正直な人だなと思う。しわやシミだらけの顔や腕は、スベスベの10代の肌がピークだとすればその人の人生の一番底に近い。年を取ってしわやシミができることを醜いというなら、装っても装わなくても醜いのだ。彼女たちが自分の内面を表現する個性的な装いをすることで醜くなってるってことは、ないんじゃないかと思うな~。

こんな風になりたい、と思える年配の女性が周囲にいたら、年を取ることを楽しみにできそう。コロナがおさまって、年配の人でも安心してオシャレして出かけられるようになるのを心待ちにしています。 

 

スタンリー・クレイマー監督「おかしな、おかしな、おかしな世界」2679本目

「おかしな」は「mad」なんだ。笑える!というんじゃなくて、どうかしてる、金の亡者になっちゃってる、というニュアンスかな。

CGもない時代なのに危険をかえりみないアクションの連続、バラエティに富んだ登場人物…と楽しいけど、あまりに人間ドラマがなくて人物設定が平板なので、2時間半はちょっと疲れるな~。

宝探しがテーマの映画で、期待した額の現金が見つかって手に入るのはマレだし、警察に没収もされずに人民の手に渡ったので、ちょっとすっきりしました。

この映画を最初から最後まで笑って楽しめる人って血圧とかエネルギーレベルとか高いんだろうなぁ…。

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グザヴィエ・ドラン監督「マティアス&マキシム」2678本目

この監督の作品はずっと公開すぐに劇場に見に来てるな。

前作の「ジョン・F・ドノヴァン」がなんとなく監督の初期の集大成というか一区切りのように思えていたので、今回は次の時代の始まりのつもりで気楽に見ることができました。

主人公たちは30歳。女は知ってるけど男に対してはシャイな初恋です。幼なじみの大好きなマットとマックスが友達の妹が撮影する短編映画に出るはめになってしまったんだけど、それは男同士でディープキスをするというもの。肝心のキスシーンは映されないけど、その後の彼らの怪しい挙動を見ているだけでどれほど動揺したかがわかります。

マックス(グザヴィエ・ドラン自身)は間もなくオーストラリアに移住してバーテンダーをやろうとしている。マットはエリートサラリーマンで美人の婚約者もいる。この二人が恋愛関係を始める気配はまだないけど、彼ら自身は気づいているし友人たちも、ひょっとすると母親たちも気づいている。

「恋のはじまり・気づき・ときめき」の映画なんだよな。彼らは知ってしまった思いを胸に、これからどんな風に生きて行くんだろうな。…という痛みの少な目な映画でした。

今回も母親はとんでもないジャンキーでした。あと、マットに赤いシャツを着せて「アルモドバル監督みたい」っていう場面が印象的でした。

今村昌平監督「赤い殺意」2677本目

今村昌平の作品を見るのは久しぶり。集中して映画を見始めた頃に衝撃を受けた作品がいくつもありました。この作品は「山さん」(太陽にほえろ!での役名)が悪者なんだ。冷静沈着なあの山さんが…。このとき32歳、まだいい人にも悪い人にも見えない。

今村昌平もまだ30代。若い監督特有の尖り方がいいです。 なぜかピカピカで汚れひとつないアイロンや強姦のあとの散らかった部屋。春川ますみのボリューム感は、私がロシアや北欧の映画で大きい女優さんたちのアップを見せつけられたときの息が詰まりそうな感じに通じる気がします。なんとも言いようのない、むせかえるような窒息させられそうな肉感。

主婦が犯罪者と逃亡しようとする設定は野村芳太郎、高峰秀子と田村高廣の「張込み」を思い出します。あっちは女性の年齢?精神年齢?がずっと上で、この先を見切った賢い女の計算も感じさせましたが、こっちは幼い印象の素朴な女性。それでも結末が同じようになって結局家に帰るんだよな。主婦をやっている女性たちから見れば「テルマ&ルイーズみたいに飛べなかった」という苦い思いがあるのかもしれないけど、一人暮らしの私から見れば、冷たくもあるけど人の気配と暖かい食事や風呂のある家に戻れた、という安心感も感じます。

今村昌平の映画は怖い!というイメージがありましたが(「復讐するは我にあり」とか)、この映画は怖くはなかったです。山さんの悪かった過去はちょっとショックだったけど…。(違うか)

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ロイ・アンダーソン監督「散歩する惑星」2676本目

変な映画だったなぁ。知らずに見たらアキ・カウリスマキ監督の作品だと思っただろうな。

登場人物が全員、顔が白塗りになってる。中盤で登場する、処刑された若者(首からずっと縄を下げてる。ずっと話しかけてくるけど言葉が通じない)も同じ白い顔をしてるので、もしかしたらこの映画の中の人たちはみんな既に死んでるのかも?現代にあってどういうわけか「人身御供」にされてしまう少女も、最後の「売れなかったイエスキリストの磔像」を捨てに行く場所で目隠しをされたまま再登場するし。

景気が悪すぎて、店は焼けるし大量解雇だし誰も性の興味を失ってれうし、キリスト教ももう人気がないし、どうしようもない、という、うすら寒い白っぽい世界。これが北欧…。豊穣や情熱の時代を過ぎて世界が成熟から老成だか老醜だかへ向かっていく、古いヨーロッパらしい人生観があふれています。

メイキングを見ると、スタッフはちゃんと血が流れてる顔色をしてるし映像もクリアで、作ってる人たちは病んでませんでした(当たり前)。ほんと不思議な世界だな…この監督がCFで賞を取りまくってるヨーロッパというところがとても面白い。東アジアはどう老成してもこのような境地にはならない。

一番驚いたのは、ほとんどスタジオ内で撮影してること。背景はほとんどカキワリで、渋滞してる自動車も手描きだし、ごみの中からさーっと走り去るネズミはハリボテだった。ここまで手をかけてなんでこんな映画を撮らなければならないか、というスウェーデン人にほんと興味を惹かれますね。(セットに手をかけて完成まで4年かかったとのこと)

キャスト紹介(写真とテキストだけ)のところで、誰も彼も「レストランで食事をしていたら監督に役者にならないかと声をかけられた」と言ってるのがまた可笑しい。

監督のインタビューで「普通の人たちへの賛歌」って言葉を使ったり、支配者への反発について語ったりするのがまた不思議。日本の私から見ると、普通のちょっとしょぼい人たちをおちょくってるように見える。でも彼らをみんなに見てほしい、ということが監督の想いなのかな。

 ハンマースホイの絵の中で、年取った小人たちがあくせく暮らしているような映像。北欧はまだまだ未知の世界だ…と思い知ってワクワクしてきました。

 

ジェイ・ローチ 監督「スキャンダル」2675本目

原題は「爆弾」。タイトルが「スキャンダル」でポスタービジュアルが3人の美人キャスター、これじゃまるで彼女たちの社内不倫の映画みたいだ。この映画のテーマはセクハラなのでスキャンダルって言葉とはニュアンスが違う。日本で上映したところでセクハラがなくなるわけでもないので、いっそのこと「お色気爆弾」みたいな邦題にでもすればよかったのに(←皮肉きつすぎ)

日本のテレビ業界に依然として蔓延してるのはセクハラよりパワハラじゃないだろうか。ほかの業界のほうがセクハラすごい気がしています。でも問題は、すけべおやじの程度と数ではなくて、自浄作用がまったく働かずに頭も内蔵も手足もみんなちょこちょこ腐ったままという実態で(以下略)

この映画はポスターや予告編を見て、3人の女優が「がっぷりと組んだ演技」だと思った人が多いんじゃないかな。実際には予告編で使われていたエレベーターの場面以外、3人が同じ画面に映る箇所は一つもありません!ここが一番残念かな。男でも女でも、同じ相手に嫌な目にあったからって、元々仲良くない者同士が集まって悪口を言うわけないんだけど、元々仲間だった3人が力を合わせて巨悪を討つ映画かと期待してしまった。まったく一人で戦うのってかなりきつい。アンカーウーマンとしてアメリカ中の視線や揚げ足に長年耐え続けた人でもなければ、難しい。

日本には詩織さんという不幸な例があって、訴えても守られないという不文律ができてしまってさらに声を上げづらくなってしまったんじゃないだろうか。

それにしても、金髪で脚のきれいな美人を見たがる保守が相当数いるからFOX TVが存続してきたんだろう。ライバルのMSNBCはヒスパニック系やベトナム系やアフリカ系のキャスターが人口比と同じ割合で登場するチャンネルなんだろうか。(サイトを見たらアフリカ系のキャスターが日系人にインタビューしてた)

セクハラやパワハラって、相手をいたぶるのが快感で、かつ、相手がぜったい自分に反撃してこないと思うときにやらかすもんです。どんなに無垢な少女も、無邪気でいられない世の中なので、自衛のためのチュートリアルとしてこの映画を見ておきましょう。(好きな男以外と密室で話すときは、録音しとけ!か?)

スキャンダル (字幕版)

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クリストファー・ノーラン監督「TENET テネット」2674本目

<ネタバレもちろんあり注意!>

早速見てきましたよ。まっさらな状態で予約したのでIMAXじゃなくてMX4Dで見てしまいました。IMAXいいけど私は目があまり良くないので、テーマパークみたいにドカン!とかぷしゅー!とか楽しませてもらえて良かった、のではないかと思うことにします。高かったけど!

感想:今度はこう来たか。ほんと面白いこと考えるよなぁノーラン監督。ずっと「時間」を命題のように映画を作り続けているけど、「メメント」では気まぐれな時間に翻弄されるだけ、「インセプション」では夢の中の決まった条件で次元を移動することである程度時間のコントロールをつかみ、「インターステラー」では仕組みは明かされないけど自分が望むピンポイントのタイミングで過去にアクセスできるようになった。今度は次元も時空も超えないけど、なんと時間を手でつかむかのようにこの地上でコントロールできるようになった。そして今の映像技術があるから、時間を逆回ししている未来軍と今の自分の軍の戦いっていう場面も作れるようになった。あの辺、MX4Dで見るのが楽しかったですよ。(あれ、車は逆行するのに自分との取っ組み合いは逆じゃない感じもしたなぁ)この映画ってほんと、「うわぁ~何これ面白い!」と楽しむのが一番です。細かいことは後でDVDで見ながら突っ込めばよし。

そして今回も、キャスティング絶妙。ジョン・デイヴィッド・ワシントンは「ブラック・クランズマン」でも勢いがあって無鉄砲で愛されるヒーロー役に見事にはまってたけど、この映画もそのいい流れに乗っています。ロバート・パティソンは二枚目然とした暗いバンパイアのイメージが好きじゃなかったんだけど、この映画ではひときわ安っぽいスーツ(大金持ちから見れば)でふにゃっと笑う感じが、バンパイア時代の端正さを崩してくれていて親しみが持てます。エリザベス・デビッキはちょっとムカつくくらいの勝手さが素敵。大した恋愛もないのに救われて振り回す、まさにボンド・ガール。ケネス・ブラナーは悲壮感伴う老人がうまい!(まだ50代だけど!)そしてやっぱりマイケル・ケイン。この人見るたびに、(今は落ち着いた老人だけど若い頃はめちゃくちゃイケてたんだよ…みんな「アルフィー」見た?)と言いたくなります。マッドネスのアルバムに「マイケル・ケイン」っというまんまなタイトルの歌もあります。「イエスタデイ」のひとりビートルズ、ヒメーシュ・パテルもいい愛嬌があります。

さて。ストーリーについては、最後の最後のオチもいいし、だんだんわかってくる”自分との闘い”や”倒れていた相棒”もいい。ラスボスの正体を知った後で思うに、彼が冒頭で飲まされた自殺カプセルをすり替えたのは誰?→思い出した、あれはそう思わせておいてテストだったから、すり替える必要はなかった。でも誰がテストしたんだろうね(笑)。ラスボスであった彼が世界存続作戦の全貌を計画した頃、どれくらい年を取っていただろう。セイト―(インセプションはサイトーが出て来たな)はいつどうやって時間の仕組みを知ったんだろう。彼がいた未来はどんな未来だったんだろう。自分対自分の殺し合いで、過去が未来を殺すことはありうるけど、未来が過去を殺してしまったら自分はその瞬間、消滅するんだろうか。

いろんなことを自分の頭で考えるのが一番の楽しみ。解説を見たり聞いたりする機会もあると思うけど、先送りしてしばらくは余韻に浸りたいと思います。