映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

フランソワ・トリュフォー監督「家庭」2790本目

タイトルだけ見るとシリアスな日本映画かと思うけど、軽薄なアントワーヌ・ドワネルのやつでした。だいぶ間が空いてしまったけど、彼の3作目で女性たちの間をふらふらして、結局結婚した、というところからこの映画は始まります。

急に改心して良い夫になどなるわけもなく、相変わらずインチキな仕事についたり、息子ができてもカブキみたいな目張りの日本女性と浮気したり。この浮気のエピソードは、もはやギャグ!

このシリーズって、フランスの日常的な風景を描いてるのかな。面白いといえば面白いけど、トリュフォー監督の気持ちはまだ全然わかってない気もするな‥。 

 

ルイス・サイラー 監督「男性都市」2789本目

原題「ピッツバーグ」が邦題「男性都市」。工業都市ピッツバーグは、主役の名前でもある。彼=町の名前、ということで「男性都市」になったのかな。無理やりっぽい~~

タイトルバックはドキュメンタリーみたいな工場の稼働風景。会社のお偉方たちが役員室で過去の自分たちとひとりの女のことを懐かしく思い返している…。ルイス・サイラー監督の作品は日本ではあまり公開されなかったみたいですね。舞台みたいにやたらと言葉が聞き取りやすいし、役者たちの性格も明確。わかりやすい娯楽映画をたくさん作った監督なんじゃないだろうか。クリアな白黒映像。

前に見た「妖花」同様、この映画でもディートリッヒ様はジョン・ウェインと共演してますが、どうもベルリンのキャバレーと西部劇が浮かんでしまって違和感をおぼえてしまう。

ジョン・ウェインとランドルフ・スコットがパートナーとして会社を興したあとジョン・ウェインの横暴で絶縁。その後ランドルフ・スコットの方も専制君主のようになりかかっていたところをジョン・ウェインが戻ってきて会社が軌道に乗る。 重要なポイントで2人の間を取り持つのがディートリッヒ様。彼らの事業が持ち直すのは第二次大戦のための軍需産業で、「そこでは女性も力を合わせて一弾となって工場などで活躍しました」という戦時映画の色もついていて(1942年だもんな)、ディートリッヒ様ったら反戦の士じゃなかったっけ??

この映画の彼女は、まだ痩せすぎていなくて可愛らしいんだけど、場末のキャバレーっぽいゴテゴテ、ピカピカしたドレスや髪型がちょっと微妙。

でもわかりやすくて面白い映画でした。ある意味貴重なものを見たという気がします。。。

ルネ・クレール監督「そして誰もいなくなった」2788本目

<ネタバレあり>

アガサ・クリスティの名作のひとつと数えられる原作を、出版(1933年)の12年後の1945年にアメリカで映画化したもの。クリスティはかなり読んだけど、書かれたのと近い時代の映像は初めてだし、「テン・リトル・インディアンズ」のメロディを聴くのも初めて。こういう映画は、冬休みの夜長にゆっくりと見るものですよね。

孤島を舞台とした密室もの、犯人不明のまま全員が殺されてしまうという設定。ミステリーの類型のいくつかがここで作られたという、歴史的名作です。

全員が殺されるべき人物であるという点で、全員が一人の人を殺す動機を持っている「オリエント急行」と真逆。映画化したのはフランス人のルネ・クレールだけど、彼もまた第二次大戦終結を待たずしてハリウッドに移ってたんですね。

今見られるのはAmazonプライムだけだけど、画質が悪いですね~。これでなければYouTubeで字幕なしの動画を探すしかなさそうなので、しょうがないか。

演出がきわめてシンプルで、人がどんどん死んでるのに「ええっ!」とか「きゃあ!」とか「おおっ!」といった感嘆詞を上げる人もおらず、ひたすら淡々と日常を過ごしてるのが不自然なくらいです。今はどんな国で作ってもこういう、事務的といっていいような演出は、ないな。死に対する根源的な恐怖をもたないかのような出演者たち。。。

するすると映画は進行し、犯人は…ていうか3人が2人になったところで幕切れ。あれ、原作と違う。…戯曲版がベースなのかぁ。小説の方がスリリングなんだけどな。

ちょっとがっかりしたけど、そういうもんか…。 

 

マルコ・クロイツパイントナー 監督「コリーニ事件」2787本目

<ネタバレあり>

とても丁寧に作られた質の高い映画だし、作品として面白い上、戦争犯罪と法治国家の落とし穴に鋭く切り込む感動的な映画でした。この小説を書いた弁護士でもある作家の問題意識と、これほどしっかりした映画を作り上げたスタッフに敬意を表したいと思います。

フィクションとして成立させるための”小細工”、トルコ系の若手弁護士カスパー・ライネンが被害者である実業家ハンス・マイヤーの援助で弁護士になり、孫娘とつきあっているという設定とか、弁護士自身の父親との確執とかは、いちゃもんのつけようはあるけど私は気になりませんでした。

それより、晩年のハンス・マイヤーの温厚さが気になります。老実業家が、孫のトルコ人差別をたしなめるときの愛情あふれる視線は作り物に見えなかったし、最後に明かされた、ファブリツィオ・コリーニに殺害される場面で自分から身を乗り出して弾丸を受けた態度は、戦後あやまちに気づいて善行を積んできてもそそげなかった自分の悪行がやっと裁かれるという安堵を感じさせました。その彼を撃ち抜き、踏みしだいたコリーニはもう思い残すことはなく、墓場まで持っていこうと思っていた思いまで法廷ですべて明らかにされた時点で、「死者は裁けない」と弁護士にヒントを与えて独居房で死を選ぶことを決めていたんだと思います。彼もまた、ある意味清々しい気持ちで逝ったのでしょう。ライネン弁護士は翌日それを聞かされて、あの一言の意味を思い、「自分がすべてを法廷で暴かなければコリーニは生きて刑罰を受けられたのか、でもその方が良かったんだろうか」という戸惑いの表情を見せます。

ナチス・ドイツの個別の軍人について「悪の凡庸さ」に注目されることが多い昨今ですが、ハンス・マイヤーもまた、戦後は偽善者になったとか戦時中は命令に従うしかなかったとかいう必要もない、悪にも善にも転びうる存在だったんだと思います。…とこの事件を総括しようがしまいが、戦犯を審議しないという1968年の法律はどこかのタイミングで見直されるべきですね。

もう一つ気になったのは、これが、ドイツにとって”悪の枢軸国”同盟イタリアの一般市民に対する虐殺だという事実。自国内でも暴虐を尽くしたナチスだけど、対象になったのは別の国からの移民や同性愛者であって一般市民は反抗者とみなされない限り守られていたはず。戦時下の現場では理屈で理解しづらい判断が行われていたってことなんでしょうかね。モンテカティーニって有名な温泉町で昔行ったことがあるのですが、タクシーに乗っても運転手が英語をしゃべれないという、のどかな田舎町でした。日独伊同盟の独から伊への蹂躙。日本は遠くにいたのでナチスから直接痛い目にはあわなかったけど、ナチスと組んでいたことを反省するでもなく被害者意識を強く持ってるのってどうしてだろう?私が大学に行った頃でもまだ、医学部に行く人はドイツ語を学ぶと言われてたくらい強い影響を受けてたのに。世界史苦手だから、まだまだ知らないことがたくさんあるんだろうけど…。

 

こういう映画が作られたことで、あまたのハンス・マイヤーもファブリツィオ・コリーニも救われる部分があると思う。日本で同様に戦争犯罪を暴く映画が、このように冷静に作られる日は、多分私が生きてるうちは来ないと思う。全部をつまびらかにして机の上に広げてみんなで共有しない限り、先には進めないけど…。 

コリーニ事件(字幕版)

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溝口健二監督「西鶴一代女」2786本目

1952年の作品、主演は田中絹代。

教科書にも出て来た「好色一代女」の映画化。好色といっても片っ端から手を出すんじゃなくて「恋多き」という意味でしょうか。この映画では「男運が悪い」という意味しかなさそうです。田中絹代は真面目でひたむきな薄幸女性が板につきすぎていると思うんだけど、京マチ子とか若尾文子みたいな、「触れなば落ちん」という、とろんとした魔性を感じさせる女優さんはいなかったのかな。このとき実年齢43歳だし。。。1944年の「陸軍」の8年後ですから。

それにしてもこのお春の生涯は「もの」ですね。気の毒だけど、主体性がなく、与えられた場所に強く根を張るでもなく、ひたすら不運に甘んじる魂のない人形みたいに描かれています。西鶴の原作にはもっと、輝くばかりの美しさとか、愛し合う幸せとかもあったんじゃないのかな?映画「曽根崎心中」では若い二人が情熱的に愛し合う時間も描かれてたのに。挙句の果てに「化け猫」だなんて。ここまで大女優を汚すのは、まるで新藤兼人が乙羽信子に鬼婆をやらせるみたいだ。

うーむ、美しくて立派な映画だったのに、こんな感想しか書けなくて…。 

西鶴一代女

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デイヴィッド・クローネンバーグ監督「クラッシュ」2786本目

自動車事故だろうが何だろうが、性的なことに命をかけるほど没頭できるのって不思議だし、大人~って思う。戦場に慰安所が必要だったり、カラヤンやプリンスがステージ後に何人も女性を部屋に手配させたって話があったり。そういう指向が人間にあるなら、富士急ハイランド(ジェットコースターの名所)の隣にホテルを作るといいと思ったり。(すでにあるのかな)

性的ファンタジーって男女問わず、人それぞれだろう。私は映画はわりと、没頭するよりググりまくりながら見るほうなので、そもそも違ってたかもな…。

クラッシュ 《ヘア解禁ニューマスター版》 [DVD]
 

 

ジル・パケ=ブレネール 監督「アガサ・クリスティ ねじれた家」2785本目

子どもの頃、ハヤカワ文庫と創元文庫を買いあさったミステリー少女というかクリスティ少女だった私としては、映画化作品は全部見なければなりません。でも実はあんまりまだチェックしきれてないので、順番に見ていかなければ。

この本も40年くらい太古の昔に読んだはず。いい具合に個別の筋を覚えてないので初見みたいなつもりで見て、見終わると既視感をおぼえる、というのがクリスティ原作映画のパターンなのですが、そういうわけでこの映画の犯人にも驚きは全然ありませんでした。クリスティの特徴は、いやらしいくらい微に入り細に入った人物造形にあって、澄ましかえったイギリスの人々の心の底にあるどろっどろの愛憎利害がマグマのように噴出して血を見るという筋書き。トリックも大変練られているけど、クリスティを読み込んでいくと人物造形から犯人はだいたい途中でわかるようになります。

そういう観点で思い返してみると、「ねじれた家」において誰からも憎まれていた家長の次にねじれた人格の持ち主は、まさにこの犯人しかいなかったという気がしてきますね。人格が見えやすいか、それともいろんな要素で隠されているかにかかわらず、クリスティの人物造形は本当に一貫しているので、目を凝らしてよくよく読み込むことで作者が隠そうとしている真実が見えてきます。

(この推理方法はクリスティ作品にしか通用しないんだけどね…) 

アガサ・クリスティー ねじれた家(字幕版)

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