映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

リドリー・スコット監督「ブラックホーク・ダウン」2941本目

ソマリアでの米軍の戦闘、そして敗退を描いたシリアスな戦争映画。

高野秀行「謎の独立国家ソマリランド」を読んだらこの映画のことが出てきたので見てみました。あんな抱腹絶倒の本のあとにこれを見るのってどうかしてる気もするけど…。映画のシリアスさに入っていけないけど、ブラックホークに乗った米兵より地上で撃たれる丸腰のソマリ人たちに目が行ってしまうな。(ソマリアはイタリア語でソマリ人の国という意味で、民族としてはソマリ人というらしい、本に書いてあった)

兵士の一人がスパッド(トレインスポッティング)だ。ユアン・マクレガーも出てる。オーランド・ブルーム、トム・ハーディ…米軍の話なのに監督がイングランド人のリドリー・スコットは良く知ってるUKの俳優を使いたいのかな。

この映画は、最初は「たいがい上手くいく作業を済ませよう」みたいなのが、どんどん苦しい立場に追い込まれて、最後は負け戦の苦渋で終わります。(といっても米兵19人が亡くなった一方、ソマリ民兵がそれよりずっと大勢命を落としたことも重要)

…ただ戦って勝ち負けが決まるだけの映画に飽き足りなくなっている自分を発見して、なんだかイヤな映画鑑賞者になっちまったなぁ、と思うのでした。。。

ブラックホーク・ダウン (字幕版)

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  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

スティーヴン・スピルバーグ監督「激突!」2940本目

若くて才気走った監督のデビュー作。1つのシチュエーションだけで押し切る作品。先が見えない道路の上での出来事を、息もつかせないほどの緊張感で一気に見せる。という意味で、ジャンルも国も違うのに村田喜代子のデビュー前の作品「熱愛」を思い出してしまった。(あっちは自転車レースの話)「恐怖の報酬」を思い出す人も多いだろうけど、群像劇ではなく1:1なので緊張感の質が違うかな?

アメリカの(この頃の)ハイウェイって、何もない荒野の一本道で果てしなく続く上、対向車も少ないしカメラもない、自分は携帯持ってないしカーナビもドライブレコーダーもない、その心細さといったら。おまけに自分は妻とはケンカしてるし取引先に急がなきゃならないし、敵は危険物を積んだ巨大なタンクローリーだ。タランティーノの「デス・プルーフ」の方がばんばん人が死ぬけど、自分のことのように思える分、こっちのスリルとサスペンスのほうが怖い。

この作品を見た映画関係者、「すごい才能が出てきたな!」って思っただろうな。その後のスピルバーグは「すごさ」に含まれる「怖さ」より「楽しさ」「面白さ」 を追求しつつ、問題提起もしつづける大監督になっていくわけです…。

緩急のつけかたがすごいですよね。ドライブインでの静けさ、通学バスのエピソードの和やかさ、隠れてやりすごしたときの安心感…の後で、タンクローリーを再び見つけたときの「!」。そのドライバーは最初から最後まで顔を見せない。獰猛で巨大な生きるタンクローリー…。映画をたくさん見ていて、観客(見ていたときの自分)の気持ちがどう動くかをよくわかっている人じゃないと、デビュー作にしてこんな作品は作れないはず。

ドライブインで、話しかけようか迷っているときの男は少し離れたカメラ。路上に降り立って、とうとう直接対決をしようと決意した彼にはカメラがすぐそばに寄って、少し下から見上げる。それだけで彼の心が伝わってきます。

ある意味、監督の意図が手に取るようでわかりやすい。映画製作のお手本になりそうな作品。ここまでシンプルな作品で、最後まで緊張感を持たせるのはかなり工夫が必要。

そして最後の最後には、(低予算作品ながら)2台の大転落で見せ場を作り、満腹感のある結末となりました。

主役のデニス・ウィーバーは「警部マクロード」なのね(年がわかる)。この作品の撮影は「マクロード」と重なってるけど、ここでは別に正義感も普通、妻ともめるし立派でもなんでもない、どこにでもいる男になりきってます。

極悪ドライバーはクレジットにちゃんと名前が出てて、ドライブインでビールを飲んでた一見人が良さそうな兄さんでした。一人だけ背中に汗をかいてたし、人が良さそうなあたり怪しい、というヒントがちゃんとあった、のかな。

それにしても、この先、自動車を運転するときは、赤だとすぐ覚えられてしまうから、なるべく目立たない色のにしよう…。くわばらくわばら。

激突! (字幕版)

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  • 発売日: 2015/06/29
  • メディア: Prime Video
 

 

アラン・J・パクラ 監督「大統領の陰謀」2939本目

原題の「All the President’s Men」って「オールザキングスメン」の応用だな。みんな揃って口をつぐんでる。ウォーターゲート事件は発生が1972年、ニクソンの辞任が1974年8月なので、この映画が作られた1976年はまだ興奮冷めやらぬ時期ですね。何というか、社会勉強のためにこの映画は見たほうがいい。新聞を購読するくらい社会に関心のある人ならみんな。

なんでかというと、選挙ってこういう情報合戦で、この頃はまだ牧歌的に電話やら家の訪問やらで取材したり情報収集をしてたということは、今はほとんどの調査も取材もネット上で行われてるんだろうな、と類推できたりするから。

ダスティン・ホフマンがいいですね。粘り強く好奇心と正義感が強くて。彼も狡猾なんだけど、ロバート・レッドフォードがさらにうまくやる。現実のボブ&カールはこんな凸凹コンビではなく、似た雰囲気の事務員っぽい外見だったみたいだけど。

アメリカのいいところは、大統領のスパイ行為は「ある」、告発されなかったものも含めてあるんだけど、告発に市民がちゃんとそれに意識を向ける。意義があるから報道される。自浄作用が、十分かどうかは別にして働いているということが重要。日本が国として自浄作用を持てないなら、欧米式民主主義社会は日本には早かったんじゃないか…。なんとなく、やくざとかの悪に対する親近感があったり、その一方で政府高官の懐に入る機会があったら喜んで入るみたいな不公正に対する無関心とかも。あるいは、宗教観の違いか…キリスト教でも仏教でも地獄に落ちないよう善行を積む人はいるか。何が違うんだろう。正義が勝たなければならないと信じてる人の割合??

いろいろ考えてしまいましたが、生々しくて見ごたえのある良い映画でした。 

大統領の陰謀 (字幕版)

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  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

ポール・ハギス監督「告発のとき」2938本目

戦争って…。

ここまでひどい米軍の戦地はベトナム以降はないのかと思ってた。第二次大戦中の日本軍はもっとひどかったのかもしれないけど。同じ軍人でも、理性のある戦地しか経験してない人は、「甘えるな」なんてことを口にしてしまうのだ。軍隊は正義だと信じ続けられた時代の人は。

勝って帰ってくることで得るものなんてないのに。

と、トミーリー・ジョーンズ父の肩を落とした姿としんみりとした音楽で、見ている私も気持ちが落ちていったのでした。。。

この邦題、いい具合にミスリーディングですね。息子が軍の組織悪を見つけて消されてしまい、それに一人で立ち向かう…というアメリカの正義の映画かと思って見始めると、”告発のとき”は来ないまま終わってしまった。このがっかり感を味わうことが大事。あるいは息子は、身をもって戦争の狂気を告発したともいえるか。

トミー・リー・ジョーンズはいつ見ても(CMで見ても)いいけど、シャーリーズ・セロンは最初全然わからなかった。途中から彼女の芯の強さがだんだん立ち上がってきて、ああこの人はブルネットだけどシャーリーズ・セロンだ、と気づく。

自分が戦争に行かされることなく、若い時代を過ごして中年になることができたのは、本当に本当に幸せで幸運なことだったんだなぁと思う。

告発のとき (字幕版)

告発のとき (字幕版)

  • 発売日: 2016/11/06
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黒沢清監督「スパイの妻(TV版)」2937本目

やっとBSプレミアムで放送されたので、録画して再見。といってもこれは「NHK番組」なのでプレミアムシネマの枠ではありません。

一度(劇場版を)見たあとで見ると、高橋一生の虚々実々とした感じと、蒼井優のまっすぐに、切実に、正直な感じがこの映画には必要だったんだな。海外との貿易に携わり、家には舶来品が詰め込まれたこの夫婦の家。「優作さんはいつも先の先を見ていらっしゃるから、私は自分がばかのように思えます」、などなど、何もかもが伏線で、最後の帰結に向けて着々と用意されているのがよくわかります。

東出昌大の、憲兵の立場となると冷酷無比に責め立てる感じも、今まで通りの”借景”のキャラクターなんだけど、正しいキャスティングと思います。わかりやすすぎるくらい。

今回も、「面白いドラマだったな」という感じが残りましたが、筋を知ってる分、気楽に楽しめました。

劇場版が115分、テレビ版が114分。怖い記録映画風の映像も、最後の最期の「3行だけのテロップ」も同じでした。いったいどこが違うのだ。

映画もTVドラマも、制作著作は「NHK・NHKエンタープライズ・Incline・C&Iエンタテインメント」。製作委員会名義じゃないので「国内共同制作」なのかなぁ?NHKエンタープライズ、「チコちゃんに叱られる」のキャラクターに続いてでかした!って感じなのかな。

スパイの妻<劇場版>

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  • 発売日: 2021/03/03
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ビリー・ワイルダー監督「お熱いのがお好き」2936本目

タイトルがいいですよね。Some like it hot、ホットを好む人もいる(コーヒーか?)、を「お熱いのがお好き」と変えるだけで、マリリン・モンローの色っぽい表情まで浮かんできます。実際は「86度のコーヒーを出したそうだな」っていうところから、熱いコーヒーはお酒って意味なのかなぁ?

禁酒法時代を描いた映画ってたくさんあるし好きでよく見てますが、これはまだその時代の記憶もなまなましい人たちが制作や出演をしてますから、きっとかなりリアルなはず。多分小さい頃に見たっきりだったのを、やっと見直そうと思います。

 マリリン・モンローは「可愛いくてちょっとユルい美女」ですが、一人で男性の目を集める、マレーネ・ディートリッヒが演じてたような絶対的な存在ではなく楽団に花を添える歌手で、主役はジャック・レモンとトニー・カーティスですね。大富豪を演じたジョー・E・ブラウンの「カ~ッ」と口をあけて笑うのが好きだ…。しまいに自分の正体をばらすジャック・レモンに「あなたとは結婚できない…なぜなら男だから」と言われて「人間は誰も完全じゃないよ」で済ますあたり。バイセクシュアルだったのか…?まいっか、という感じで終わります。

面白いし楽しいけど、「名画」って感じはしない。この映画がずっと高く評価されてるのは、とろけるようにセクシーなマリリンの姿が堪能できるから…じゃないかなぁ。

お熱いのがお好き(特別編) [DVD]

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  • 発売日: 2012/08/03
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ルキノ・ヴィスコンティ監督「郵便配達は二度ベルを鳴らす」2935本目

リメイクを2本ともだいぶ前に見たあとなので、楽しめるか不安だったけど、イタリアの野性味あふれるジーノと彫りの深いジョヴァンナ、小太りの夫、というキャラクターがわかりやすくチャーミングで、すぐに物語に入り込んでいけます。

家庭でくすぶってる主婦がはじける作品って、欧米には第二次大戦前~戦後にたくさんあったけど、日本では戦後に少しあっただけでその前もその後もあまり見ない気がします。いまは世界中の女性たちがガラスの天井の存在に気づかずに、はじけられないのは自分のせいだと思ってくすぶってるのかな。スマホのゲームや手軽な浮気でもしてつまらない憂さ晴らしをしてんだろうか。

というのも、この映画を見てると野村芳太郎監督の「張込み」とか思い出しちゃうわけですよ。あの映画で高峰秀子が演じた地味な妻の倦怠感は忘れられません。男についていく以外に生きていく方法がなかった時代と今は違うので、はじけるにしろ地味に生きるにしろ、一人でいるという選択肢ができたんだな。

映画に戻ると、この作品ではジョヴァンナは駆け落ち未遂ですぐに家に戻ってしまい、ジーノは無賃乗車した列車に乗り合わせて料金を立て替えてくれえた旅芸人と同行するとか、ジーノが他の女性に目移りするとか、これ以外の映画化作品にないエピソードが追加されています。起訴されて弁護士が保険会社と手を打って無罪、というくだりは原作にあるらしいので、このバージョンはその辺をごっそり削除してかなりアレンジを加えてるんですね。ジョヴァンナとジーノの情熱的な愛の物語になっています。(郵便配達も、郵便配達について話す場面も出てきません)だから「張込み」思い出しちゃうんだな。自分が女性だからか、危険な男に惹かれる生活に倦んだ女の熱情というのが怖いし、だからこそ目が離せません。

これがデビュー作というヴィスコンティ、さすがの説得力、このあとの活躍の片鱗がうかがえますね。特に倦んだ人間の感情の高ぶりっていう複雑で難しいテーマを描くのはかなりのもので、この間見た「家族の肖像」といった作品にもずっと連なっていくものだなぁと思いました。