映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

エヴァ・ウッソン 監督「バハールの涙」3049本目

「パターソン」のあの可愛い女性を演じたゴルシフテ・ファラハニが、怒りをエネルギーに戦線に立つ兵士の役をやっている作品。平和な場所に生まれれば、あんなに屈託なくおっちょこちょいで可愛い女性が、内戦地域で生まれると戦士になることがある…生き延びられて幸運に見えるかもしれないけど、拉致監禁強姦を繰り返されたあと、死ななかったおかげで生きているってことなんだ。つまり彼女たち、わずかな女性戦闘員以外の兵士はみんな男なのだ。少なくともISは全員男性。この宗教の人たちに深く根付いた男女の厳しい区別。

自分だったらどうするだろう。私は人を攻撃することができない人間なので後方支援も多分無理だ。片目のジャーナリストの気持ちがわかる。でもあの場所にいたら怒りや恨みが自分を変えることもあるんだろうか。こんな腰砕けの私にもライフルが撃てるだろうか…。

映画自体について、戦士が女性であるということの驚きはなかったな。いてもおかしくない、驚くことのほうが不思議に感じる。アメリカ映画には女性兵士が登場するものも結構あるからかな。ストーリーにもヒネリがあるわけじゃないし、女性のひとりが国境ぎりぎりで出産するというエピソードはちょっとあざとすぎる気もする。評点がすごく高いのは、戦士が女性であることを高く評価した人たちによるものなんだろうな…なんで私ぜんぜん驚かないんだろう…。

バハールの涙(字幕版)

バハールの涙(字幕版)

  • ゴルシフテ・ファラハニ
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スパイク・ジョーンズ監督「マルコヴィッチの穴」3048本目

今見ても、実に面白かった。前はいつ見たんだっけな、変な映画って思ったことは覚えてる。その後「エターナル・サンシャイン」のようなチャーリー・カウフマンが脚本を書いた映画を何本か見て、この「変さ」は監督というより脚本家が原因だと気付いた。スパイク・ジョーンズ監督はSF的世界が好きだけど、これほど「変」ではない。だって穴に入ったらジョン・マルコヴィッチになるんだよ??

71/2階はハリポタの93/4番線に似てる(どっちも変)。(私がいつもバスに乗る〇〇駅のスクランブル交差点の途中から仮設してある〇〇駅行乗り場も同じくらい唐突で気に入ってる)

人形遣いが操る、自分と妻にそっくりな人形は「アノマリサ」にも通じる。真面目にいうとマルコヴィッチの穴も人形遣いが人形になるようなもので、自分が自分でなかったらもっと仕事ができて女にもてたりして…という「if」のお話なんだよね。カウフマンって人は自我がばらばらになったりしないのか心配になるくらい、いろんな可能性をいつも考えてるのだ。(実は彼の映画は全部見ている)

でもなぜマルコヴィッチ?ジョージ・クルーニーでもブラピでもロバート・デニーロでもだめだ。有名過ぎず、こんな変な設定にあてはめても違和感がない俳優か。‥‥って前に見たときも思ったっけな。

穴に入るほうの人形遣いをジョン・キューザックがやるのはとってもハマリ役だと思うし、意外と何にでも出るキャメロン・ディアスも良いと思う。 

…改めて、この設定って高尚な未来SFを作ることもできたと思うけど、めちゃくちゃ卑近で安っぽい感じに(リアリティのない怪しいビルの片隅で、闇でお金をとってマルコビッチ体験をさせるっていう)発展させて、同性愛の女性同士だけがハッピーになるっていうデタラメな(っぽい、ということです、ほめてます)結末なんかにしたりして、やっぱり面白いのはチャーリー・カウフマンだな。「アノマリサ」以来もう6年も映画化されてないみたいだけど、その後どんな脚本を書いているのやら…。

マルコヴィッチの穴 (字幕版)

マルコヴィッチの穴 (字幕版)

  • ジョン・キューザック
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P・B・シェムラン 監督「博士と狂人」3048本目

OEDといえば、英文科にいた者にとっては、教授たちがときどき口にするけど、ほとんど手に取ってみたことのない”生きている古文書”、”大層なお宝”、”権威そのもの”のようなものでした。SukiyakiやKaraokeも載っているという…。世界中のすべての英単語を1巻の書物に集めるなんて、大英帝国的な壮大な世界支配観ですよね。日本より狭い島国のこの発想の大きさ、アカデミック偏重でありながら必要とあれば学歴のない実力派の男を採用するパンクさが、UKの魅力。

カードに単語と用例を書いて送ってもらうという”民主的な”手法は、インターネットが世界じゅう津々浦々まで行き渡った今でいえば、まさにWikipediaそのものです。しかもWikipediaは英語だけじゃなくあらゆる言語版があります。博士はWikipediaを見たら自分の今までの努力を嘆くか?いや多分狂喜して、執筆者になるに違いありません。

ショーン・ペンはちょっとエキセントリックな役が実にうまい。一方メル・ギブソンにそんな多面性はないので、真面目一本の博士的な草の根学者は合ってるんじゃないでしょうか。それにしても冒頭の姿は、あんな小さい子どもたちがいるにしては老けすぎてないか?

看守役の見覚えのある彼は、「おみおくりの作法」とかで印象的だったエディ・マーサン。私でも彼を当てるだろう、というくらい順当、かつ意識に残る配役。

しかし実際、これほど博学な「歩くOED」みたいな人(博士のほう)がよく存在したもんだ。 ことばの世界のレオナルド・ダ・ヴィンチか、魚介類の世界のさかなクンか。多分世界はあまたのオタク中のオタクに支えられてるんだろうな。こういう単調で細かい仕事は、ある種の障害がある人の中に得意な人がいると思う。すごく適切な作業配分だったと思うけど、”治療”のあと、アメリカに戻ってからも貢献したという話がなかったのは残念です。

しかし、誤って命を奪ってしまった人の妻との関わりは、あまり本筋じゃないような気もします。タイトルに「OED」も入れちゃって70年間の編纂の歴史とか描いてもらったほうが、私としては好みだったかも…。

博士と狂人(字幕版)

博士と狂人(字幕版)

  • メル・ギブソン
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ウェス・クレイヴン監督「エルム街の悪夢」 3047本目

これも初見。公開された頃はホラーとか絶対見なかったからな~。。。でも今は冷静に評価できるようになったのだ。とても面白かったです。ホラーはSFみたいに純粋に、仕掛けや工夫に興味があって、この映画の場合は夢から覚めてまた覚めて、昔死んだはずの殺人鬼がよみがえったけど夢だったり、振り切るための方法があったり効いてなかったり、という(理屈は通らないけど)小どんでん返しが連なるメタ構造が楽しかった。それに、窓から現れたり、シーツの下やお風呂の中にいたり、天井に叩きつけられたり、お化け屋敷なら高評価になりそうな驚かせる仕組みの数々に工夫が見られて面白かった。

続編が「5」まで作られてて、リメイクもされてるようだけど、教養のため(笑)に見たので続編はけっこうです~ 面白かったけど。

エルム街の悪夢(1984) (字幕版)

エルム街の悪夢(1984) (字幕版)

  • ヘザー・ランゲンカンプ
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レオス・カラックス監督「ホーリーモーターズ」3046本目

映画ばっかり見るようになった頃に映画館で見て「なんじゃこれ?」と思った作品。VOD無料枠に降りてきてたので、再び見てみる。久々の次作「Annette」の公開も始まってるらしいし(日本以外では。いつみられるんだろう私は)。ドニ・ラヴァンは出てるんだろうか。

やっぱり変な映画だけど、めちゃくちゃじゃなくてキレイな映画だな。(メルドはちょっとアレだけど) なんというか…ファンタジーなんだろうな。夜みる夢みたいだ。どの世界も派手じゃないけどプロフェッショナルな大人の世界。

素顔のこの男が偶然20年ぶりに再会する女性、カイリー・ミノーグが唐突に歌い出すのも、この世界では特別な時間だからこれでいいのだ。なんか、”巨匠の晩年の作品”感まで漂っている(cf.「海辺の映画館」)けど、新作はドニ・ラヴァンでなくアダム・ドライバーにカラックス監督が憑依してミュージカルを歌うらしい。トレイラーを見てもどういう映画だかわからない。…そんなことを思いながら、今この映画を見なおしてるのなんて、日本では私くらいなのかな~~。

 

マリオ・バーヴァ 監督「血ぬられた墓標」3045本目

アメリカ映画と書いてあるけど、どこから見てもイタリアン・ホラーだなぁ。「サスペリア」を思わせる大げさではっきりした表情や、ドロドロなのにちっとも暗くなくて、なぜかさっぱりした感じさえするところも。ジャケットが往年の東宝怪獣映画みたいなのがまたいい。なんだろう、このカラッとした感じ。子どもたちが「おまえ悪魔な!追っかけるから逃げてよ」とか言って遊んでるみたいな雰囲気。で、画面構成がなかなか決まっていて美しいです。切り取って一部だけ見たら最初の頃のベルイマン作品みたいなところもあるよ。

ヒロインのバーバラ・スティールはちょっとコメディエンヌっぽいくらい目が大きくて、ライザ・ミネリに似てる?この人の気の強い美女っぷりが、とても素敵です。口パクだなと思ったらイギリス人なんですね。その後もB級(失礼)ホラーにいくつも出たあとはKINENOTEには記述なし。でもどうやら80代にしてご健在らしい。

うむ、この映画は怖すぎないし独特の美しさがあって、語り継がれるのもなるほど、という気がしました。

血ぬられた墓標(字幕版)

血ぬられた墓標(字幕版)

  • バーバラ・スティール
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崔洋一監督「月はどっちに出ている」3044本目

この映画、好きだったな。方向音痴のタクシー運転手に「月はどっちに出ている?月の方に走ってこい!」って、事務所の人が指示を出すの。ちょいちょい、場面切り替えにこの運転手が出てきては、アサヒビールの金のオブジェやら、富士山やら、迷いようのない場所から電話をかけてくる。

「俺ぁ、朝鮮人は嫌いだけど忠さんは好きだ。」っていつも言ってるパンチドランカーの同僚から、何を言われても受け留めてやる忠さん=岸谷五朗の友情みたいなものも、好きだった。馴れ馴れしく話しかけといて、料金を踏み倒そうとする小心なサラリーマンと、豪速で追いかけてお金を出させておいて、ちゃんとお釣りを払う忠さん。

ルビー・モレノってスリムで可愛いな、こんな風に明るくてストレートな性格だったらなーと当時思ってた。今見ると関西弁は棒読みだけど、勢いがあってやっぱりいいです。この頃は、日本にいる半島や大陸の人たちと、出稼ぎにきた東南アジアの人たちの、こんな物語がもっと普通に増えていくのかなと楽しみにしてたけど、30年たってもそれほど増えないのはちょっと残念。

女好きで楽天的な忠さんの人柄がいいんだよな。経営者も含めてみんな金もないしロクなことがないけど。

「xx人は嫌いだけど〇〇さんは好きだ」…この頃の外国人観はこんな感じだったんだ。今はもし友達がいたとしても「〇〇さん以外のxx人は嫌いだ」みたいになってしまって、こんなことを口にすることもなくなった。

やっぱり好きだな、この映画。いろんな国から来た人たちがごちゃごちゃ暮らしてる町で暮らせたらな…。

エンディングテーマは、これも好きな憂歌団。この頃はまだ憂歌団が活動してたんだな。その後活動停止、再結成。そのうちもう一度ライブが見られるかな…。