映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

クロエ・ジャオ監督「ノマドランド3212本目

やっと原作が読めたので、VODで再見。

映画は現実より美しく撮ってある、と言った人がいた。その通りだなと言わざるを得ない原作でした。アマゾンもキャンプサイトも仕事は相当苛酷で、かなり頑健なおばあちゃんたちでも音を上げるような重労働。時間を短縮するとか…なんかないもんかと思うけど、アメリカは何にしろ甘くないようだ。

映画の美しい部分にばかり目を奪われてたのかな、私は。今見返してみてもやっぱり美しくはあるんだけど。それに、フランシス・マクドーマンドとデヴィッド・ストラザーンが完全に溶け込んでいて、おかげで見てる者もその場にいさせてもらってるような気になる。やっぱり、この連帯感はすごい。これはアメリカというものなんだろうな。後ろを向いて泣いてるひまがあったら、ずんずん突き進む。おばちゃん達のたくましさといったら。

原作を書いたのはコロンビア大で教鞭をとっているバリバリ現役でうまくいっている若い女性なので、原作者より映画をプロデュースした60代のマクドーマンドの方がシンパシーを持ててるのでは?と思う部分もあります。映画ではもっと達観した、諦念がある。音楽もいい。アジアの映画の音楽みたいに静かでしんみりする。ノマドの最大のサポーターであるフランシス・マクドーマンドのアバターが企画して、クロエ・ジャオがアメリカの大地と開拓の民の美しさを形にした。ジェシカ・ブルーダーには見えていなかった部分にも光が差してきた。

というわけで、結論としては、原作と映画はわりと別物で、この映画はマクドーマンドがアメリカの大地とひとつになる映画だったのでした。それで良いのです。

ノマドランド (字幕版)

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ホセ・ルイス・ロペス=リナレス 監督「謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス」3211本目

太陽の塔の内側みたいな絵ばかり一生描き続けた謎の異才、天才というより異端、だと思っていたので、あまりに正統派的な取り上げ方がちょっと意外です。冒頭にタルコフスキーの引用があったり…。

ボスの名字の表記はドイツのボッシュ社と同じで、オランダ人(当時はネーデルランド)。ヨーロッパ一円でキリスト教関連の絵画を描いたが、フェリペ二世が特にひいきにしたおかげで、最も知られた大作の多くはマドリッドにある、そうだ。特にプラド美術館。

こんなに面白いのに、名だたる芸術家の人たちが大真面目に見入ってるんだな。ちょっと嬉しい気もする。芸術は子どもの気持ちになって見ると一番よくわかる、と私は思ってるから。

結局ボスがどんな人物だったのかは全く謎だった。それはそれでよいけど、実物をじっくり見入ってみたいですね。プラド美術館にいつか行って、丸一日かけて、彼の作品の隅々まで、気持ち悪くなるまで見つめてみたい。(でも美術館ではあんまり近くに寄れないから、図版を買って家で見るのかな)

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アーロン・ソーキン 監督「モリーズ・ゲーム」3210本目

ジェシカ・チャスティンの出てる映画も、面白いものが多いなぁ。監督ノアーロン・ソーキンは「ソーシャル・ネットワーク」だの「マネーボール」、「ソーシャル・ネットワーク」の脚本を書き「シカゴ7裁判」は脚本+監督をした人だ。つまらないわけはない。最初から、たたみかけるようなジェシカ・チャスティンのナレーションがリズミカルで、あっという間に引き込まれていきます。

実話を模した面白い脚本家と思ったら、本当に実話なんだ。大胆な人がいるんだなぁ。お金を手にした途端、こんなカジノに通う人も相当の中毒者じゃないかと思うけど…。ネットに日本語字幕つきの本人のインタビュー映像が載っていて、ジェシカと見た目は違うけど、まさに実業家タイプのエリートという雰囲気でした。

モリーをオリンピックに出場させようと鍛え続けた頑迷な父をケビン・コスナーが演じてて、すごく良いですね。頑迷にふるまってきたけど彼なりに娘を愛してる、ということを娘に伝えにくる場面。

やっぱり、ジェシカ・チャスティンが出ている映画は面白い、というジンクス?は今回も真実となったのでした。

モリーズ・ゲーム(字幕版)

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ロン・ハワード 監督「パヴァロッティ 太陽のテノール」3209本目

これもずっと見たかったやつ。1991年7月にハイドバークで行われたハリケーンチャリティコンサートのことを、当時ロンドンに駐在していた同僚が感激してレポートに書いてきた(公園なんでどこからでも聞けたらしい)。こんな土砂降りで、ダイアナ妃がこんな風に関わってたんだなぁ。

私は普段クラシック音楽を聴かないけど、本当に良いものは多分、誰の心にも響くのだ。こんな声を出せる人間が存在したことがすごい。人を信じて女性たちを愛して、なんだかんだあったけど、残された女性たちは明るく彼を思い出している。なんともアッパレな人生だったのだ。

日本の映画なら「彼は誰からも愛された」っていうフレーズを使うところだけど、「彼は人を信じた」としか言わないんだな。文化の違いなのかな…。

 

 

佐藤肇 監督「黄金バット」3208本目

「濫読(乱読)」に匹敵する「どんな種類の映画でも見る」という言葉が欲しい。この作品もU-NEXTにあったので見てみました。アニメもあるようだけど、これは実写版。テレビドラマだけだと今VODで見られるものは少ないけど、映画化されてたおかげで見る機会があって嬉しいです。

私の子ども時代より前の作品なので、「黄金バット」と言われると「金属バット」?と思ってしまうのはさておき、黄金バット役の役者の名前が「ミスター黄金バット」って…リアル版のタイガーマスクのような…?

登場人物のキャラがみんなしっかりしていて、まるでハリウッド映画みたいに絵になります。若くて熱いサニー千葉(R.I.P 合掌)、お人形みたいに可愛いエミリーちゃん、アイドルっぽい風貌の風早アキラ、いつも怒ってるみたいで怖いけど美しい秋山ナオミ。幼児番組に出てくる怪人みたいな「ナゾ―」の造形も素敵。

そして、一番のヒーローがなぜか全く華のない、地方まわりの売れない演歌歌手みたいなギラギラの衣装を着た、アバラ骨の浮いたガリガリの「ミイラ」…。乾燥してるのでゾンビ化をまぬがれているとはいえ、高笑いの声も悪役感バリバリ。敵でさえイカ焼きみたいな可愛い形なのに、このギャップ感。アンチヒーローの元になったのは当然「バットマン」だろうな、と思ってwikipediaを見たら、黄金バットの登場した原作は昭和初期の紙芝居らしい。こっちが元ネタか!?

最後に達筆な文字で格言を置いて去っていく黄金バット。バットって英語だから、第二次大戦中は「黄金こうもり」とか呼んでたのかな。。。

ああ面白かった!

黄金バット

黄金バット

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アンリ・ジョルジュ・クルーゾー 監督「悪魔のような女」3207本目

<ネタバレあります>

あの「恐怖の報酬」のクルーゾー監督。追い詰めるようなスリルを演出させたら、右に出るものはありません。

この作品ではシモーヌ・シニョレvsヴェラ・クルーゾー(まだ監督と結婚する前だけど)という構図があって、ヴェラの悪い夫は虚弱体質の妻の目の前で、シモーヌとの不倫を隠そうともしません。舞台が小学校であるにもかかわらず!

殺人事件があったのに死体がスルっと消えている、ということが何度もあって、さすがに騙されてるって気づけよ、この人このまま不幸になるのかなーと心配してたら、怪しいけど真実を掘り当てそうな探偵が現れます。でも結局、この探偵にも何度も驚かされ、妻は哀れにも‥‥。

二転三転する系の映画を見すぎて、結末は想定内でしたが、ちょっとこの妻、いじめすぎですね。監督が自分の妻を出演させるときにありがち…。

結局、悪魔のようなのはシモーヌだけじゃなくて夫もグルだったわけですが(だって金持ちなのは妻だけだから、結託したらその結末になることは明らか)、何より一番怖いのは、ヴェラがこの映画の5年後に実際に風呂場で変死していたという事実…。

 

フレデリック・ワイズマン監督「パリ・オペラ座のすべて」3206本目

これも「クレイジーホース」と同じワイズマン監督作品。という流れもあって、同様にダンスを演じるシアターものとして延長線上に見てしまいそうだけど、パリの人たちから見たら、ヌードで踊るスタジオとオペラ座を同列に語るなんて!って怒られちゃうのかな。順番としては、こっちが2年早く作られたようですね。

「クレイジーホース」には、人間のわりと原始的な欲求に訴えるものが多いからか、カラフルで楽しめたのですが、オペラ座で演じられるバレエは思いのほか現代的で難解なものも多く、秘められたものをじっくり読み解かなければならないような緊張を強いられます。

演目や衣装についてのマネージャーと演者との交渉は、逆にとても共通していて、どうやったらこんなに内輪のもめごとにまで入り込んで撮れたんだろう?どの作品もこの点は同じだけど、不思議だなぁ…。

パリ・オペラ座のすべて (字幕版)